36話 人形語り
『君の手首もきるるーんるーん☆ 手首きるるだよー♪』
『にゅにゅーっと登場☆ ぎんにゅう、です!』
『みんなの遊び場はどこー? 海斗そらに決まってる!』
平日の夕方。
突如として始まった緊急生配信。
それはコラボウィークが終ったはずの3人による、さらなるコラボ配信だった。
:そらちーが重大発表あるって言うから見に来たー!
:えっ、また3人でコラボしてる?
:仲いいなw
:おいおい、ここ異世界じゃないか?
:この街並み……【枯れ果てた水宮殿】だ
:黄金領域じゃなくなったって所だよな
:めっちゃ危険なところにいて草
『この度、海斗そらは! きるるんやぎんぴが所属する【にじらいぶ】のライバーになります!』
『これで一緒に活動できるわね』
『うれしい、です!』
:おいおいどんだけ仲良しなんだよw
:えっ、でもそらちー【UMUM】に所属してるよね?
:違約金とか発生するんじゃ?
『みんな心配ありがと! 違約金はもちろんあったよ。でも【にじらいぶ】が全額負担してくれたの。それだけあたしの可能性に賭けてくれてるから、だからこれからは【にじらいぶ】で頑張るね!』
『そんなわけで! 今日は学校終わりにみんなで異世界に遊びにきていたのよ。そうしたら、面白そうなことになったのよね』
『なので配信しちゃおっかーってなったです』
:【にじらいぶ】、ライバーへの対応が神
:プライベートまで一緒に異世界行ってるとかマジの仲良しか
:なんかいいなあそういうの
:裏でイケメンライバーと遊びまくってるVとは大違いだな……
:安心して推せる
:オフだったのに、面白そうだからって俺らのために急に配信決定するとこもいいよな
:まじで学校の友達ってノリじゃんw
:そんな自然な百合を俺は望んでいた
:きつねと犬を引き連れて危険地帯を散歩してるのも地味にうける
:のほほんとしてるよなあw
『私たちは今、【枯れ果てた水宮殿】にいるわ。そして、面白いものを発見したのよ』
きるるんの言葉に応じて配信画面は彼女たちから移動し、家屋の影に隠れるようにして顔だけを出すクマのぬいぐるみを映す。
その数は至るところにぴょこぴょこと出現しては、シュッと姿を隠してしまう。
さらに手招きしている個体までいて、どこか可愛らしくも不気味さがつきまとう演出だった。
:おいおい、【手招きクマさん】じゃねーか
:危ないぞ!
:こいつら狭い路地まで誘導して一気に包丁で刺してくるぞ!?
リスナーたちのそんな注意喚起も時すでに遅し。
彼女たちはもう【手招きクマさん】の術中に……いや、【手招きクマさん】を操る者の術中にハマっていた。
そんな事実を彼女たちは知らないまま、手に包丁を持つ大量のクマさんに殺到され、対応に追われてゆく。
『ま、まずいわね————【血戦:紅い大剣】!』
『間に合って、【鏡よ鏡よ鏡さん、目には目を歯には歯を《ミラーボール》】!】』
『いきなりクライマックスだね……【演武:鉄腕の舞い】!』
開幕早々、美少女3人による熱い戦いが始まった。
敵はファンシーなクマのぬいぐるみだが。
◇
めまぐるしい戦闘の中で、俺はどうにか状況を整理しようと試みる。
大量発生したクマのぬいぐるみたちは、もはや冗談では済まされないレベルで厄介な相手になっている。
フェンさんやきゅーも身体のサイズを小型犬レベルから変化させていないものの、若干うっとうしそうにしている。
もちろん、推したち3人はもっと必死だ。
とはいえパーティーが全滅するレベルのピンチではない。
このまま戦い続ければ、かなりの消耗は強いられるが乗り越えられる。
だが、俺は一抹の不安を抱えていた。
それは先程、屠って手にした【手招きクマさん】を【審美眼】でじっくりと視たときに出た説明文だ。
【手招きクマさん】
『可愛いに取り憑かれた【孤独な人形姫】によって、操り人形にされたクマのぬいぐるみ』
誰かに操られている無機物だから技術【万物の語り部】でも、その意思を感じられなかったのだ。
意思さえあれば人形相手でも対話は可能だが……今回はクマのぬいぐるみを操っている存在、それが多分……この都市を支配し、神を封印したボスモンスターかもしれない。
そんな俺の予測は的中した。
「ギィーギギギギギギギィーギィィィィィイイイイー」
推し3人が肩で息をする頃、そいつは現れた。
ゴシック調のロリィタ服に身を包んだ少女が1人、首をゆっくりと傾げながら一歩一歩近づいてくる。
豪奢な金髪に、黄金色の瞳、そして陶磁器のように白い肌は確かに美しかった。
しかし全てに生気が感じられない。
まさに人形姫にふさわしいオーラを放っている。
「ギィッギィィィィィギィィィイッ……アキャッ? アキャキャキャキャキャキャアァァアアアアアアアアアアア!」
うわ、首を傾げたと思ったらそのままぐるぐる回転してるよ。
その人間離れした動きに、推したちも『ヒッ』と怯える。
だが、【孤独な人形姫】の変化はそれだけではない。手足が急激に伸び始め、まるで何かの昆虫のように四つん這いになった。
正直に言えば、かなり気味が悪かった。
可愛らしい外見から一変して、建物の上下を伝って自在に移動する様子はまさに巨大なクモ人間そのものだ。
だからといってこのピンチを無視はできない。
未だに推したちはクマさん人形と激しい攻防の中だ。
俺はとっさに【万物の語り部】の中で【人形語り】をチョイスして、意思疎通を図ってみる。クマさんのぬいぐるみでは感知できなかった語りも、ボス相手ならあるいは————
『や、やっほー』
『ギィッ、ぎぃぃぃぎぃー……かわいいものは全部わたしのものなの』
『か、かわいいものが好き?』
『それ以外のものはいらないの。だから死ねばいいの』
『おぉー……でも、ほらそこのお嬢様3人はけっこう可愛いと思うよ?』
『可愛いものは殺してあたしのものにするの』
自分の好みから外れた者は殺し、可愛い者は殺して操り人形にする。
どのみち殺すのか。
このボスをさらに知るためには、違う角度から話を振った方がいいかもしれない。
『どうしてこの地の神を封印したんだ?』
『かわいい象さんと仲良くしたかったの。でも象さんは私を無視したの』
『象さん……』
『だから、えいってしたの』
象さんか……んー話を吟味すると、ここの神様は象ってことか?
それなら、【神獣住まう花園師】と【放牧神の笛吹人】、それに【万物の語り部】でどうにかできるかなあ……。
試してみるしかないか。
『俺だったら、象さんと仲良くさせられるかも。だからその象さんの封印を解いてくれないか?』
『騙す気なの。信用しないの』
『どうしたら信じてくれる?』
『証拠をもってくるの』
『んんー……きゅー、遊んでやれ』
『くっきゅー!』
『あきゃっ!?』
【孤独な人形姫】と同等のサイズに変化したきゅーが、飛びついてゆく。遊ぶレベルじゃない勢いでじゃれているが、まあ相手はボスだし問題ないだろう。
ん、右腕が捩じり切れたぞ!?
だ、大丈夫か!? マリートワネットさん!?
『わあ、かわいいなの。ぎぃっぎぃぃーっ!』
『どうだ? きゅーもかわいいだろう。かわいいのと仲良くできるぞ?』
『かわいいきつねさんと遊べるのはわかったなの。でも象さんじゃないの』
『象さん……どこにいるんだ?』
『もういないいない、なの……でも、その子供たちならもうすぐ飛ぶなの』
『子供たち?』
『ニンゲンは【虹を呼ぶ天使】って呼んでたなの』
『なるほど。じゃあ【虹を呼ぶ天使】とお前を仲良くさせられたら、俺を信用してくれるな?』
『もちろんなの』
『よし! それじゃあクマさん人形をけしかけるのはやめてほしい。俺が象さんと仲良くさせてやる!』
『アキャッ』
「そのような運びとなりましたので、きるる様! 【孤独な人形姫】と【虹を呼ぶ天使】を探しにいきますよ。ほら、いつまでクマさんのぬいぐるみとお戯れになるおつもりですか?」
「い、一体全体どんな運びなのよ、ナナシちゃん!?」
「ナナシさんのいつものが出たですー」
「ん~執事くんってけっこうやばいよね。助かったけどさ」
推したちがゼェゼェと肩で息をしながら、呆れた様子でなぜかダメ出しのようなものをしてくる。
俺としては全力で穏便に済まそうと尽力したんだけどな、なんて気持ちは胸にしまっておいた。
◇
『ぎぃぃぃぎぃぎぃーあきゃっ、あきゃきゃきゃきゃっ!』
『くきゅん? くっ、きゅーきゅー』
『ばふっわふっ』
関節ぐるぐるバグの人形姫と子狐と子犬。
異色の3コンボを引き連れて、きるるんたちは【枯れ果てた水宮殿】を散策していた。
:いや、もうツッコミどころ満載すぎてwwww
:ボスと散歩なんて前代未聞じゃね?
:相変わらず予想のななめ上をいくよなあw
:これはなんていうペットゲームですか?
:ある意味、これ以上安全なダンジョン配信ってないよな
:ボスの護衛つきだもんなwwwww
そんなこんなで彼女たちが求める【虹を呼ぶ天使】とやらはわりとすぐに見つかった。
『あっ、ふよふよ浮かぶガラス玉の近くに何かいるわ』
『さっき見た時は何もいなかったです』
『時間帯とかで現れるのかな?』
『ジョウロに、羽が生えた……あれは生き物なのかしら?』
『あれが天使です? ううーん、ジョウロです!』
『へえー確かにぞうさんみたいかもね。羽根が耳みたいに見えるし?』
空飛ぶジョウロたちは、ガラス玉の中にある【聖なる綿雲草】を食もうと近づく。するとガラス玉はシャボン玉のように弾けて消え、あとに残った草だけがジョウロの鼻へと吸い込まれてゆく。
:なんか異世界ってほんとに不思議だよな
:あんなんいたら普通にビビるわ
:そうか? 俺はちょっと可愛いと思うけど
『きるる様、ぎんにゅう様、そら様、少々お待ちを……【溶解】……【創世の手】————【虹の聖域】、【吹き雲】、【緑と風の共生者】』
カメラマンのナナシちゃんが宙に浮かぶガラス玉に手袋越しで触れる。そして何かつぶやけば、その形はみるみる間に変貌を遂げた。
今では虹色の美しい煌めきを放つ魔法瓶、いわゆるフラワーベースになっていた。
そこへナナシちゃんが【聖なる綿雲草】を一輪挿しとして飾れば、不思議な現象が起きた。
【聖なる綿雲草】からふわふわと胞子のような物が漂い始める。
まるでシャボン玉やビー玉のような胞子に、【虹を呼ぶ天使】は引き寄せられてゆき、どんどん食む。
:幻想的だな、うん
:なんか子供に戻ってシャボン玉吹きたくなったわー
:きるるんが珍しく惚けてるな
:ぎんにゅうはいつも通り目を輝かせておられる
:そらちーは……【手招きクマさん】をガン見してね?
『こちら、【虹玉アロマティカス】でございます。Lv15以下の虫系モンスターが嫌がる胞子を出します。ただ、その胞子は【虹を呼ぶ天使】にとっての大好物となります』
解説をしてくれたナナシちゃんだったが、せっかくの【虹玉アロマティカス】を推し3人に手渡すのではなくボスモンスターへと譲ってしまった。
『あきゃっ!? あきゃきゃきゃきゃきゃっ! アキャキャキャキャキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
ボスモンスターである【孤独な人形姫】へ群がる【虹を呼ぶ天使】。それらを狂喜乱舞といった様子で、人形姫は見つめる。
それから彼女の口が突然パカっと開けば、超超巨大なくまさんのぬいぐるみがもりもりもり~っと出てきた。そしてクマさんの背中チャックがひび割れ、裂けてゆく。
するとぬいぐるみの中からビルほどの特大ゾウがぬめりと這い出てきたではないか。
『パォォォォォォォオオオォォォオオオオオオォォム!』
:あれ? 【雨を守護する神象】じゃね?
:あ、【ひび割れた水宮殿】で封印された神の?
:いやいやまじかwwww
:あーボスに特定のアイテムを渡すと、戦わずにクリアってやつ?
:なんかゲームのおつかいクエストみたいだなw
:またもや神解放を為し遂げてしまったきるるんたちwww
:まさかの黄金領域、復活wwwwwww
:おめでとおおおおおおお(5万円)
:ナナシちゃんが優秀すぎる件
【雨を守護する神象】はなぜかジーッとナナシちゃんたちを見下ろす。何やら無言のやり取りがあるような空気を見せた後、【孤独な人形姫】がカサカサカサーっとクモのように巨大ゾウの体表を駆け上がってゆく。
そうして【孤独な人形姫】を背中に乗せた【雨を守護する神象】はズシン、ズシンっと地響きを立てながら都市の外へと移動する。
ゾウの神と人形姫は……そのまま【砂の大海】へと潜っていった。
その圧巻のスケールに3人の美少女はポカンとしていたが、事態を呑み込むと一気にテンションが爆発。
『えっ、私たちが黄金領域を解放しちゃったのね!? ナナシちゃん、ナイスなのよ!』
『すっごい迫力でしたね!』
『あれ!? クマさんぬいぐるみ動かなくなっちゃったよ!?』
こうして彼女たちの緊急生配信はまたもやトレンド入りを果たす。
#ボスとお散歩
#ひび割れた水宮殿復活
#にじらいぶ黄金領域解放
#ナナシちゃんが優秀すぎる件
しかし彼女たちの緊急生配信はまだ終わってなどいなかった。
『黄金領域の解放をお祝いして、ここでお食事をするのはどうかしら?』
『えっ、食べたいです! もうお腹ぺっこぺこです!』
『たしかに今日はかなり激しい運動したからなー』
『くきゅううううん!』
『ばふわふっ』
3人と二匹にせがまれ——
ナナシちゃんが苦笑しながら取り出したその食材は————
:また飯テロのターンがきたあああああ
:マジでやめてくれええええええ、いや、幸せなんだけどももおおおおおお
:おっ、なんだ、あの食材
:見たことないな!?
リスナーたちの絶叫が響き、期待が高まってゆく。
◇
【魔法雑貨:虹玉アロマティカス】
『聖なる綿雲草の効能を、最大限に引き出す魔法瓶によって生まれたインテリア。虫たちを寄せ付けない七色の胞子を発生させ、虹の聖域を生み出す。Lv15以下の虫系モンスターを寄せ付けない』




