19話 寒空の下、おでんと……夢の国?
『君の手首もきるるーんるーん☆ 魔法少女VTuberの手首きるるだよー♪』
『にゅ……にゅにゅーっと登場、魔法少女VTuberの、ぎんにゅうです』
異例のコラボにV界隈と裏垢界隈は沸騰した。
ダンジョン配信で勢いのある手首きるると、裏垢女子として根強いファンを持つぎんにゅう。その二人が、まさか突然コラボするとは誰も予想できなかったのである。
しかも見事に意表を突かれたのは、ぎんにゅうが魔法少女であるといったカミングアウトだ。
:え、ぎんにゅうちゃんって魔法少女だったのか!?
:しかも今日の衣装、お揃いの制服姿とかあああ
:眼福すぎる
:なになに2人はもしかして同じ学校だったとか?
:ぎんにゅうの黒タイツがシコい
:いやいや、きるるんのニーソの上にほどよく乗った太もも肉もシコい
一部気持ち悪いコメントもあるが概ね盛り上がっていた。
『今日はね! なんとうちの執事が未発見のダンジョンを見つけちゃったのよ』
『えっと、はい。ナナシさんときゅーちゃんが見つけてくれました』
『きゅきゅっ?』
『だから、さっそくダンジョンの初攻略配信をしてゆくわ! ここでしか見れないわよ』
『が、がんばります』
:まじかよ
:未発見のダンジョンとかマジか
:しかもそこにコラボをぶつけるとか、どんだけきるるんはダンジョン配信に本気なんだ?
:ぎんにゅうも初の配信で命賭けるとかエグい
:ナナシちゃん2人をたのむでー
:おい、あの掌サイズのもふもふキツネって……
:もしかしなくてもナナシちゃんがテイムした九尾じゃね?
『ダンジョンは学校の図書室にあったの……あの本よ』
『ほ、本に触ると、す、吸い込まれる? みたいです。ちょっとおとぎの国へ行けちゃうみたいで素敵ですよね?』
『わくわくするわね』
『はいっ!』
:Vの先輩として何気なく会話をリードしてるきるるん尊い
:メンヘラなのに先輩風吹かせてるきるるん可愛い
:え、なに、おとぎの国とか……エロくて頭ゆるゆるのぎんにゅういいわあ
:俺たちの地味巨乳はいつでもエロかわいい
:銀髪なのに地味女子の挙動は刺さるかもしれん
『本にそーっと近づいてゆくわ……えっと、背表紙には【夢の雪国ドリームスノウ】って表記されているわ』
『ますますファンシーな雰囲気です』
『じゃあ、みんな……行くわよ!』
『はい! きるる姉さま!』
手首きるるとぎんにゅう、そして執事にしてカメラマンのナナシが手を繋ぐ。
きるるんは空いた手でダンジョンキーとなる本を開く。
すると3人を包み込むように無数のページが浮遊し、その紙吹雪が消え去った後には本物の吹雪が舞っていた。
:転送型のダンジョンっぽいな
:一面が雪景色w
:寒そうだなおい
:転送型のダンジョンって、転移地点にたどり着けば元の場所に戻れるんだろ?
:逆に言えば転移地点まで行けないと、ダンジョン内に閉じ込められて死ぬしかない
:マジかよ……
『きるる様、ぎんにゅう様。よければきゅーのもふもふに乗りますか? さすがに極寒の中で徒歩は厳しそうなので……きゅーの毛があれば、少しは暖も取れて体力も温存できるかと』
『わーい! おっきいきゅーちゃんも可愛いです!』
『いいのかしら!? 私もついにきゅーちゃんのもふもふにありつけ————』
『キシャアアアアアアアアアアアア!』
『きゃあああああああああああああああ!?』
【九尾の金狐ヴァッセル】が巨大化すると、配信画面はもっふもふの背中へと移る。どうやらナナシちゃんが九尾の背に乗せてもらったようだ。
続いてぎんにゅうがもふもふ尻尾にくるまれて背中へと移送される。
しかしきるるんだけは唸り声を上げられ、近づくことすら却下されてしまう。
慌てて九尾をなだめるナナシちゃんの説得もあり、どうにかこうにかきるるんは九尾の背に乗ることができた。
:きるるんめっちゃ嫌われてて草
:ぎんにゅうはそこはかとなく男の扱いもうまければ動物の扱いもうまいと見た
:ナナシちゃんの安定すぎる有能さよ
:おい! あそこに白い狼の群れが見えるぞ!
:新種のモンスターっぽいな
:それなりのサイズっぽくね?
:おいおいおいおい白いトラもいるじゃん!
:つっよそう……
:でも九尾のおかげでモンスターが一切寄ってこないなww
:モンスターたちめっちゃ警戒してそうだもんな
:九尾無双www
:なんか氷の城みたいのが見えてきたぞ
こうしてダンジョン探索ならぬ、ダンジョン散歩は佳境を迎えるはずだった。
しかし、氷の城を目の前に一休憩入れる流れとなり焚火を囲む3人。そしていつの間にか、3人のそばには白い狼や白トラが憩い始めるという…………謎すぎる絵面のおかげで、どこかのほほんとしていた。
『いよいよボスって感じね! あの氷の城には何が待ち構えているのかしら?』
『き、緊張します』
『大丈夫よ、ぎんちゃん! ここでしっかり休んで、準備万端の状態で挑みましょう!』
:全然ボスって感じじゃないwww
:憩いすぎなんだよなww
:モンスターたちがペットになってんのなんでwwwww
:ナナシちゃんのテイム力が無双すぎるw
『あ、きるる様。雪狼も白銀の大虎も大きな音には敏感なので、少しボリュームを下げてください』
『クゥン』
『にゃがおー』
『くきゅー?』
『うんうん、大丈夫だよみんなー。あのお姉さんは怖くないよー。むしろすぐヘラっちゃうからちょっと弱めだよーだから安心してね』
:せっかくのきるるん先輩ムーヴが見事に破壊されたwwww
:これは草
:ぷるぷる怒りに震えてるけど文句を言えないきるるん可愛いw
:ぎんにゅうがフォローしようとあたふたして、でもいい言葉が思い浮かばなくて、口をぱくぱくしてるのも可愛いw
:しれっとご主人を手玉にとってるナナシちゃんはやり手だなw
:きるるんの扱いをわかっていらっしゃるwww
:ありがとうナナシちゃん
:今日もきるるんの可愛い一面を拝めた
『ふ、ふーん。ちょっとナナシちゃん? あの氷の城に入る前に少しでも身体を温めたいわ。何か良い食べ物はなくて?』
せめてもの意趣返しにと、きるるんがナナシちゃんに料理の話題を振る。
するとナナシちゃんは待ってましたと言わんばかりに、手際よく食材や調理道具を出してゆく。
『————【神竜の火遊び】』
まずは焚火の上にお鍋をセットして、火加減を丹念にチェック。
それからたっぷりとダシの効いていそうな飴色の液体を注いでゆく。
さらにタッパーから取り出したのはほろほろに煮崩れた大根と濃い色の煮卵。それからこんにゃくやしらたき、ちくわ、もち巾着をお鍋に投入。
:このラインナップ……明らかにアレだよな?
:めっちゃ金色のつゆwwwやめてくれwwww
:白銀の景色を堪能しつつ、おでんかよおおおおおおおお
:また飯テロ配信になってるやんけえええええええええええええええええ
:くっそ! くっそ! 俺も食べたい!
:ほっかほかやで
:寒空の下で食うあったかいやつって、どうしてあんなに美味いんだろうな?
ほかほかと白い湯気が立つなか、ナナシちゃんが一際注目を集める食材を出す。それは串にささった牛すじだ。
『ミノタウロスキングの牛すじです』
ぷるぷるとした質感は、すでに数時間かけて煮込んできたものだと一目でわかる。タッパーに入ったその出汁ごと鍋へと投入すれば、たちまち牛すじの脂がおでんのおつゆへと馴染んでゆく。
それはまるで、おつゆにキラキラと散らばった星屑のようだ。そこへしっかりと味のしみ込んだ各食材が、色とりどりに華やいでいる。
そして仕上げは、この雪景色に相応しい真っ白なはんぺん。
純白の雪を溶かすかのように、丁寧におつゆと絡ませてゆく。
じっくりと丹念に、はんぺんにおつゆの味が浸透するまで待つ。
ぱちぱちと薪の爆ぜる音が、これまたいい風情を奏でてくれる。
それからしばらくして、極上のおでんが完成した。
『寒いなかで温かな食事をとるのも乙かと存じまして……【牛王煮込みおでん】でございます。柚子胡椒や、からしはお好みでどうぞ』
先ほどまで若干の不機嫌顔だったきるるんは、今やホクホク顔でおでんをつつく。
『はふ、はふっ、んぐ……』
大根を箸で割れば、ほっくりと湯気が立つ。
はんぺんのまふっとした食感から、じゅわーっとつゆの旨味が口内を侵食する。
口どけほろほろの牛すじが、抜け出せない舌の理想郷へと引きずり込む。
『んんー、ふー、ふー、んんっ』
そしてぎんにゅうはつゆまで余すことなく飲み干すほどだった。
ちなみにつゆの奪い合いで2人の間で一悶着があったりもした。
『私の方が少ないから分けなさい』とか『そちらの方が多くよそってもらってたです』とか。
リスナーたちは『完全に餌付けされているwww』と楽しそうに彼女たちの食事を見る。
それからおでんを食した彼女たちは、やたら元気になったようで氷の城へと直進。
【氷の銅像】や【氷の妖精】などの新種モンスターを、破竹の勢いで屠ってゆく魔法少女たち。
『————【銀鏡の盾】』
『————【血戦:紅い魔剣】』
ぎんにゅうがシルバーの鏡を虚空に召喚し、相手の攻撃を反射する。その隙にきるるんが自身の血を魔剣にして切り尽くす。さらに敵の返り血すらも自らの剣にし、攻撃力を増大させてゆく。
初攻略にも拘わらず、阿吽の呼吸にリスナーたちも沸く。
さらに前人未踏の地を突き進むのだから、リスナーたちはどんどん熱を帯びてゆく。いつの間にか大勢の人々が、一丸となって【きるにゅう】のダンジョン攻略を見守っていた。
この時の盛り上がりは魔法少女VTuber史上、間違いなく最高潮であった。
事実、きるるんのチャンネルにおいて過去最高記録の同接視聴者数を叩き出している。その数なんと50万人。
もちろん執事のナナシちゃんが出しゃばり過ぎない程度に、彼女たちをフォローしたからこそ為し遂げられた偉業であったと————
一部のリスナーは理解していた。
そしてついに、魔法少女たちはボスが待つエリアに侵入を果たす。
『ここが……ボス部屋?』
『玉座みたい、です?』
巨人が座っていたのではないか、と思わせるほどの巨大な玉座があった。
周囲は氷の木々で覆われており、まさに極寒の地に眠る氷城の玉座だ。
そんな玉座にいたのは————
青白い毛並みのワンコだった。
:え、犬?
:小さすぎんか?
:玉座とのサイズ感バグw
:ポツンてwww
:かわいいんだが?
そんなリスナーたちを裏切るかのように、そのワンコは瞬時にして巨大化を果たす。
その眼光は数多の戦士たちを恐怖で凍てつかせる。
その前脚は一振りで氷雪を呼びおこす。
その牙は神をも噛み殺す凶器。
その尻尾は——————立派なもふもふであった。
配信越しですら、荘厳すぎる威風に当てられるリスナーたち。
:やばいだろ
:あれ、フェンリルじゃないか……?
:神喰らいの大狼
:あれがこのダンジョンのボス?
:あいつを倒せば、ここに封印された神が解放されるのか?
:さすがに今回は無理くね……?
『いよいよ……ボスね』
『神様を解放するです』
きるるんとぎんにゅうは、すでにここまでの攻略配信でトレンド入りを果たしていた。
#きるるん新ダンジョン発見
#学校の図書館ダンジョン
#きるにゅうコラボ
#夢の雪国ドリームスノウ初見攻略
トレンド1位~4位を独占している。
しかしこの日、きるるんとぎんにゅう、そして全てのリスナーはさらなる伝説を目にする。
後に語られる。
あのダンジョン配信はまさに神だったと。
『グルゥゥゥゥゥゥゥッ、アォォォォォオオオオオオオオオオオオオオン!』
神喰らいの遠吠えがこだまする。
◇
【ぎんにゅう 変身後ステータス】
身分:魔法少女/銀光姫/夢魔姫
Lv :4
記憶:3
金貨:21枚
命値:2(+1)信仰:2 (+2)
力 :2(+1) 色力:2(+2)
防御:2(+1) 俊敏:1(+1)
【スキル】
〈魔法少女Lv1〉
〈銀鏡の反逆Lv2〉
〈夢魔法Lv1〉
【技術】
〈魔女の弟子Lv1〉〈魅了Lv2〉
—————————————
【牛王煮込みおでん】★★★
ミノタウロスキングの肉を丹念に煮込んだおでん。各種おでん具材には、ミノタウロスキングの狂気が沁み込み、知性を吹き飛ばすほどの美味である。至福の果てに狂戦士を生みだす危険なおでん。
基本効果……30分間、ステータス力+1を得る
★……30分間、ステータス防御+1を得る
★★……30分間、『狂戦士化』を得る
狂戦士……全ステータス2倍。状態異常『狂乱』により敵味方関係なく攻撃してしまう
★★★……『狂戦士』化に伴う『狂乱』を無効にする
【必要な調理力:100以上】
—————————————