17話 百合たっぷり月見バーガー
「私を呼びつけるなんていいゴ身分ね、ナナシ」
図書委員の仕事もあるので図書室から離れられなかった俺は、スマホで紅を呼び出した。
「まあたしかに最近のあなたの働きは評価しているわ。紅茶の瓶もナナシのくせにセンスがあって、高級品として申し分ないと販売部が言っていたわ。それに切り抜きもなかなかにいい仕事してるじゃない。ま、まさかあなたが、あそこまで私を見ていてくれるなんて……」
妙につんけんしているところが、照れ隠しなのか判断しかねる。
ちなみに瓶の仕入れ料金も、動画編集代もしっかり紅から別途いただいている。
「けれど私を呼びつけるのは越権行為ではなくて?」
とか言いながら自らの足を運んでくれた紅さん。
「もしかしたら俺の仕事評価がまた上がるかもしれないぞー」
「ふぅん……なるほど、VTuber絡みの話なのね?」
「えーっと、一緒に活動できるグループメンバーを探してたろ? 隣にいる銀条さんはどうかなーって」
「は、初めまして。銀条といいます」
「私は夕姫よ。で、どうしてこの子が新メンバーの候補になりえるとナナシは思ったわけ?」
「えーっと、この通り銀条さんは美少女かなと思いまして」
「ひゃっ、ひゃい」
俺が銀条さんの前髪をあげて紅におでこまで見せると、彼女の美少女っぷりが顔を出す。
「っち」
「え、紅……どうして舌打ちを?」
「銀条さんがメス顔になっていたからよ」
「メス顔……? あ、ああ」
確かに銀条さんはすぐに発情……というかむっつりエロ? だからなあ。
初見でその辺を見抜くあたりさすがは紅だ。
それから俺は彼女が魔法少女であり、裏垢女子としてもフォロワーが多いことを明かす。
すると紅から不機嫌な雰囲気は霧散し、真剣に彼女を吟味し始めた。
「確認なのだけど、銀条さんは援交やパパ活は一切してないのよね?」
「は、はい」
「魔法少女の時点でそこは疑いようないわね」
あの慎重な紅がすぐに銀条さんを信じたので疑問に思う。
「え、どうしてだ?」
「魔法少女は処女じゃないとできないのよ」
今サラッとすごいこと聞いたぞ俺。
あれ、じゃあ処女じゃなくなったら魔法少女って魔女とかになるのか?
「銀条さんは逸材かもしれないわね。下半身脳のリスナーを取り込めるのは大きいわ」
俺は今、推しが発してはいけない言葉の数々を耳にしているように思える。
「あの人たちは、性欲を満たすためならお金をパコパコ落としてくれるもの」
ひどい言い草だな。
性欲も立派な三大欲求の一つだぞ?
紅だって眠るために旅館に泊まるだろ?
食べるためにご飯だって買うだろ?
性欲のためにお金を払う。
何が悪いんじゃぼけええええええええ!
なに?
ピュアなの?
あの毒舌な紅さまはピュアなのかなー?
あっ、魔法少女だったから正真正銘のピュアだったああああ!
「なに? 文句あるのかしら? 踏まれたいの?」
「えっ、やっ、えっ?」
「キモいわね、ナナシ」
そう言ってなぜか上履きをお脱ぎになさった紅さん。黒ストッキングに包まれたおみ足が俺の胸をぐりぐりぐり————
このままの体勢だと紅さんのスカートからこぼれる純白さんが丸見えなので、俺は自然と床に膝をついて押し込まれてゆく。
えっ、なにこの絵面。
図書室で図書委員に見られながら、きるるんに踏みつけられてる?
「うん、銀条さん、いいかもしれないわ!」
しかもそのまま話進めるんかーい。
ご褒美ですけど、はい!
「しかもなかなかの美少女で巨乳! わ、私より、少し大きいわね」
なぜか胸と胸をくっつけて張り合い始める紅さん。
おおおおう、俺はなんてシーンを目撃してしまっているのだろうか。
仮にも推しであるきるるんとぎんにゅうが、いや、今は紅と銀条さんの乳合わせを……推しと推しが合わさって推し合わせ————
うむうむ、紅もなかなかの物を持ってはいるが、爆乳に近いボリューミィな銀条さんには及ばない……いや、乳は大きさだけでなくその感触や形も重要だから、一概に勝負がついたとは言い切れな————
やばい、思考を仕事モードに戻せ。
踏まれているとはいえ、俺は紅に雇われているんだ。
戻って来い、俺の理性!
「じゃあ銀条さん、最後の質問よ。あなた、女友達はいて?」
「え? えっと……女友達しかいなくて……男子と話すのは緊張しちゃうから。でも、そういうのには興味があって、だから裏垢でしか表現できなくって……」
「なるほどね。男子が苦手とか、同性といる方が楽とか言ってる子ほど、好みの男性を目の前にしたらメス顔になるのよね。その辺は把握しているから許容範囲よ」
紅が色々と辛辣なのはいつも通りだな。
「あの……でも……僕はまだ魔法少女VTuberとして活動するなんて了承してないっていうか……」
「うちの契約ライバーになったら、ナナシの料理を食べ放題よ」
「契約します」
即答だった。
しかも紅は契約書をいつも持ち歩いているのか、すぐに銀条さんへ書かせ始めた。
「なあ……メンバー募集って難航してるのか?」
正直ここまで紅がすんなり銀条さんを受け入れるのは予想外だった。
それだけメンバーが集まり辛いのだろうかと不安になる。
「そうね……なかなか……私のお眼鏡に叶う女子はいないわ」
「うーん。それなら強い冒険者にオファーしてみるとかいいんじゃないか? 元々、ダンジョン配信のリスクを減らすのが目的でグループメンバーを募集するんだからさ」
「冒険者のほとんどが男性だから却下よ」
確かに紅の言う通り、ステータスに目覚めたほとんどの人間は男性だった。
というのも死にゲーとして名高い【転生オンライン:パンドラ】には、そもそも女性プレイヤーの数が極小だったのだ。そのダークな世界観、そしてごつくてムサいキャラデザばかりだったので、自然とプレイヤーのほとんどが男性になっていた。
そして地球に【異世界アップデート】が起きた時、ステータスに目覚めたのは元プレイヤーたちであり、今の冒険者たちである。
「えーっと、どうして男性じゃダメなんだ? 男女差別か……?」
「あのねえ……例えばあなたにガチ恋するほど夢中になる推しがいたとして」
「お、おう……」
「異性と仲良さそうに配信してたり、イチャイチャしてたらどう思うかしら?」
「血涙案件だな」
「そうよ。だから異性とのコラボは基本的にご法度なの。ガチ恋勢は金銭面での支援がすごいのよ? ガチ恋離れのリスクを負ってまで異性とコラボするなんて、それなりの理由がなければダメなの。それこそ男性Vの規模が自分より10倍以上あるとかなら、広告してもらえるチャンスと思ってやるとかね?」
な、なるほど……。
よく考えておられる。
「それに……ガチ恋さんを傷つけたくないわ。私たちは、誰かを元気にする、魔法少女だから」
ガチ恋勢を金としか見てないムーブからの、ポソッと本音をつぶやくところが何とも推ます、きるるん。
「あとは大手事務所内のメンバー同士がするなら、男性相手のコラボでも【仕事感】が出たり、事務所内の企画とかでリスナーたちも納得できる理由があるから見ていられるの」
「な、なるほど……確かに伸びてるVって基本的に同性とコラボしてるかも」
「当たり前でしょ。女性Vには男性リスナーがつきやすいの。だからコラボする相手も男性リスナーをたくさん持ってる女性V一択よ。だってコラボすれば、私に興味を持ってくれるリスナーが多くなるもの」
「じゃあ、逆に男性Vとコラボすると……?」
「メリットが薄いのにデメリットは高いわ。ガチ恋離れのリスクもあるし、相手は女性リスナー率が高いから嫉妬を買いやすい。接し方にも注意が必要になるし、配信の難易度が一気に上がるわ。そもそもコラボしても、あっちのリスナーがチャンネル登録してくれる確率が低いの」
「でも、個人勢の女性Vとかで男性とガンガン絡んでる人もいるよな?」
「だから伸びないのよ。でも、まあ趣味で楽しむ範囲ならいいんじゃないかしら? 私たちはそんな遊び半分でやってないってだけよ」
「……コラボ相手が女性Vに限るのはわかったが、グループ内も女性陣で固めたい理由は何だ?」
「コスパよ」
「コスパ?」
「グループの強みは、定期的に一緒に活動する点でしょ? 普段はそれぞれ違うことをしてリスナーを増やす。そしてコラボして互いのリスナーたちに、互いの存在を宣伝するの」
「ふむ?」
「はあ……男性Vとコラボするより?」
「ああ、女性Vとコラボした方が興味を持ってもらえる、か……」
なるほど。
これはつまりコンテンツやジャンルを絞っている、というわけだ。
大人気のFPSゲームが好きな連中に、MMORPGのゲーム実況をしても刺さりにくい。しかしFPSの実況ならプレイ人口が多い分、興味を持ってくれる確率が高くなるのと同じ。
男性Vと10回コラボして登録者が10人しか増えない、それより女性Vとのコラボ1回で100人増えるなら、女性Vで固めた方がいいに決まっている。
「だから、男性からみの多い姫ちゃんなんて遠慮したいわ。でも同性と仲良くできて、女友達のいる銀条さんは勝ち組なのよ! もうそれだけで最大の武器になるの!」
「やった~です!」
まあ何はともあれ2人が嬉しそうなら万々歳ってことなのかなあ。
「ってことでナナシちゃん。銀条さんの契約祝いに何か料理を作りなさい」
「えっ、ここで?」
図書室で調理はさすがにまずくないか?
そんな懸念を秒で吹き飛ばす意見を出したのは銀条さんだ。
「あの、七々白路くん……後ろの資料室なら、備え付けの古いガスコンロもあります……?」
図書委員が座る受付机の背後には、一つの扉があった。
それを指し示す銀条さん。
「でも図書委員しか入っちゃいけないやつ」
「ご主人様は……ボクの加入を望んでない……? じゃあ、ご主人様はぼくのご主人様じゃない? じゃあ好き勝手しても——————」
銀条さんの雰囲気が一気に泡立つ。まるで発情期のゾンビみたいに口がゆるみ、頬を上気させながら迫ってくる。
彼女の中で、どういう理屈で俺を襲っていいと結論付けたのかは不明だが……俺の胸を踏み続ける紅のおみあしに力が込められたので、ここは緊急回避だ。
あと、銀条さんが俺をご主人様と呼ぶときは危険だとメモしておこう。
「あー……はい、作ります。銀条の参加はもちろん大歓迎だ。でも持ち合わせの食材になっちゃうけど、それでもいいか?」
「もちろんよ!」
「は、はい、お願いします」
「んんー……今回のメニューはハンバーガーがいいか」
そんなわけで俺と紅、そして銀条さんは資料室に入る。
お、備え付けのコンロにヤカンとかもあるのか。
ちょっと設備は古いけど十分かな?
「まずは洗面所で手洗いをしてっと」
それから【宝物殿の守護者】によるアイテムボックスから、それぞれ食材や調理器具を次々と出してゆく。
まずは先日、紅が仕留めたミノタウロスの肩ロースを包丁で叩きながら粗挽きにする。そしてきゅーが狩ったミノタウロスキングの肩ロースも同じ手順で粗挽く。
ボウルへ薄力粉と塩胡椒をまぶし、粗挽き牛肉を投下。
そして食材を……嵐神の祝福によって究極のバランスで混ぜることができる技術を発動。
「————【嵐神の暴風】!」
それからこねくりこねくり、こねこねこねくる。
俺の両手が嵐を起こすぜええええ!
だが風を、食材を、精密に制御する!
こねっ、こねっこねこね!
いわゆる合挽きってやつの完成だ。
さらにそれらを細かく包丁で刻み、叩き、細挽きにしてこねくるこねくる。
ふふふふ、もっちもちの肉塊の出来上がりだ。
まるでマシュマロだな。
「————【神竜の火遊び】」
さて、料理の基本中の基本、火加減を操る技術も発動しておく。
お次はフライパンに卵を入れて目玉焼きを作る。
少ししたら水を入れてフタをし、白みがぷりんとするぐらいの硬さになるよう目を光らせる。
その隙にオリジナルソースの作成にも取り掛かる。
イメージは目玉焼きのぷるんとした食感と、牛肉の旨味が絡み合うのに最適な照り焼きソース。この三大ジューシーがコラボすれば、まさに敵なしの美味が生まれるはず。
「【舌で神々が踊る】————【極上ソース:照り焼き】」
この技術は、直近で手にした食材にマッチするソースを生成してくれる。
かなりの信仰を消費するものの、調味料なしで無から有を生み出せるのだから軽い代償だろう。
それからたっぷりとソースを創造する。
てりやきソース。
コクのある甘みと塩気が際立ち、さらにピリッとした辛みの余韻を残す。
その香りは異常に食欲をそそるものだった。
よし、目玉焼きの方は完成したので一旦はお皿に移す。
さてさて、次はフライパンにオリーブオイルを垂らし、形を整えた細挽き牛肉を中火で焼く。もちろんフタも忘れない。
あとはバンズを軽くトースターであぶる。
っとここにはトースターなんかないので……。
「【手のひらの夕焼け】」
表面の一部はカリっとこんがり焼き目がつくも、内部はやわい食感が広がるバンズの出来上がりだ。
香ばしい香りが鼻先で遊んでいるな。
おっと、ちょうど牛肉ハンバーグが焼き上がったようだ。
うんうん、程よい食感の焼き加減だ。
ふふっ、バンズの上にまずリーフレタスを敷く。
それからぎっしりと旨味が詰まったあつあつの牛肉ハンバーグを、次にチェダーチーズを1枚、2枚、3枚とたっぷり置く。
おお、ハンバーグの熱さでとろけるとろける、とろけるなあ。
さらにその上にぷりぷりの目玉焼きをそっと添える。
仕上げに照り焼きソースをたっぷりとかける。
そしてバンズで全ての食材を挟み込む。
これにて分厚すぎる【照り焼き牛々月見バーガー】が完成した。
2種のミノタウロスが織りなすは、コク旨の極み。
「食べる前に、紅。俺の眼に記録魔法を頼む。あと、変身してくれ。衣装はうちの制服姿風で頼む」
「どうしてかしら?」
「お前らのオフシーン撮影だ。銀条さんがデビューした時に使えるだろ? 仲良く学校でハンバーガーを頬張る。ファンにとって必見だ」
何より俺がきる民として拝んでおきたいワンシーンだ。
百合シチュかと思いきや、女子2人が豪快にハンバーガーをパクつく。ギャップを兼ね備えたリアルな温度感。ハンバーガーという共通の『美味しい』を分かち合う表情は、きっとリアルな距離感がリスナーに伝わる……エモシーンではないだろうか?
いや、そうであってほしい。
無論、俺の作ったハンバーガーが美味しくなければ、この思惑の全ては御破算だろうが……。
「……あなたもすっかり私の執事ね。いい執事っぷりよ」
紅が俺をナナシと言わないのはわりと新鮮だ。
「じゃあ、いただくわ」
「い、いただきます!」
美少女2人が……肉汁したたるハンバーガーへ、はむっとかじりつく。
一気にほうばったせいで、バンズの間からじゅわっと具材がはみ出る。
もぐもぐもぐ、と頬を膨らます2人の表情は————
非常に良いものだった。
目を輝かしながら、2人そろってハンバーガーと互いを何度も見返している。そしてまたすぐにパクつくのだ。
2人の間にもはや言葉はいらなかった。
だって彼女たちの舌に広がるであろう美味しさは同種のもの。
彼女たちが極上の旨味に満たされてるであろうことは、誰よりも2人だけが知っている。
2人で分かち合う幸せだ。
そして互いの唇にはソースやら具材がちょこんとついていたりする。
2人は恥ずかしそうに照れながら、ちょこちょこ指をさしては『ここについてるわよ』、『そこについてます』と無言で指摘し合う。
ん、これは天使の晩餐会かな?
とにかく、そんな光景が妙に微笑ましいのだ。
そう、ハンバーガーとはどんなに綺麗に食べようとしても、具材が肉厚であればあるほど、絶対に口につくのだ。
ハンバーガーは至高であればあるほど、かぶりつきたくなる。そして食べ方は汚くなるというもの。
それこそが真のハンバーガーなのだ!
これこそが俺の最大の狙い。
そう、いつもお嬢さまで綺麗に食べてしまうきるるんが晒すことのない姿!
同級生と過ごす時だけ、同級生にだけ見せる!
隠された可愛らしさをとくと見よ!
さらにあどけさなが残るぎんにゅうが、はむはむと一生懸命に食べる。
妙に艶めかしかったり、幼かったり、そのミスマッチの融合がゾクゾクさせるのだ。
ぁぁぁぁぁああああぁぁあああああああああ!
やばい、想像以上にてぇてぇ絵面だ!
あと月見チーズバーガーめっちゃ美味そう。
◇
—————————————
【照り焼き牛々月見バーガー】★★☆
強靭なミノタウロス種のロース肉を丹精込めて練り上げられたハンバーガー。肉のもちもちさは無論、目玉焼きのとろみとチーズ、そこに濃厚な照り焼きソースが絡めば、王族ですらその気品さをかなぐり捨ててかぶりつくだろう。
基本効果……1時間、ステータス力+2を得る
★……1時間、ステータス防御+1を得る
★★……永久的にステータス力+1を得る
★★★……技術【怪力】を習得する
【必要な調理力:90以上】
—————————————
ブクマ、評価★★★★★、いいね、コメント、
誤字報告、応援ありがとうございます!
いつも更新の励みになっております。