14話 牛王の霜降りステーキ
『きゅーはきるる様や俺の危機を察知して飛んできてくれたようです』
『きゅ、きゅーって名前なのね?』
『はい。あっ、何かを狩ってきたばかりのようです。獲物を持ってくるなんて、こいつめ。俺の料理を期待してるなー?』
『あら、きゅーの後ろに何か横たわっているるーん☆ どんなモンスターが……』
【手首きるる】とナナシちゃんは【九尾の金狐ヴァッセル】が持ってきた死体に注目する。
リスナーも同じく、ナナシちゃんの視界を通して注目する。
そこにはきるるんが苦戦して、辛くも逃れたミノタウロスの無残な姿があった。しかし、どう見ても先ほどの個体よりも2倍の巨躯を誇っており、装備なども立派な物に身を包んでいた。
:ミノタウロス……?
:にしてはでかすぎるよな
:6メートル級のミノタウロス!?
:もはや巨人やん
:ナナシちゃんってたまにおれっ娘になるよな
:おいおいおいおい、これミノタウロスキングだぞ!?
:なにそれ
:最高位の冒険者たちが束になっても全滅する可能性があるやつ
:遭遇したら逃げろって警告されてるモンスターだよな?
:政府が冒険者に発布してる【冠位級の黙示録】に載ってるぞ
:それを容易く屠る九尾。まじで怖すぎだろ
:でもなんか愛嬌がないか?
:もふもふだしなー
:ナナシちゃんに懐いてるしなー
『きるる様。きゅーがお腹を空かせているそうなので、ひとまず見張りはきゅーに任せて料理をしてもよろしいでしょうか? もちろんきるる様の分も調理いたします』
『か、かまわないわ。み、みんなにもナナシちゃんの料理がすっごく美味しいってことを知ってもらえるるーん☆』
:まさかの異世界クッキング配信が始まったww
:まじかw
:てかミノタウロスの肉ってそこそこお高いって話だよな?
:でも価格は神戸牛ぐらいって話だった気がする
:高級肉じゃん
:味の方はどうなん?
:いやー、味はけっこうキツイらしいぞ? 筋が堅めっていうか
:じゃあ異世界産ブランドってだけでその価格帯なのか
:ミノタウロスキングってなると松坂牛とか、その辺のA5ランクに分類されるんじゃ?
:最高級の牛肉(異世界産)か
:だけどこの巨体をどうやってさばくんだ?
:一人でやるにしたら何十時間もかかっちまうんじゃ……?
リスナーたちのそんな懸念はナナシが包丁をミノタウロスキングの死体に向け、『解体』と一言もらすだけで解決した。
たった数瞬で各種部位や骨などが綺麗に切り解されてしまったのだ。
これにはリスナーやきるるんも驚きを隠せないでいる。
とはいえ、どうにか主人の体裁を保とうときるるんが、どもりながら虚勢を張る。
『み、見たでしょ? う、うちの執事は、か、解体だって簡単にできるるーん☆』
『せっかくですから、腰椎に沿ったヒレ肉の部位にしましょう。ここはダンジョン内ですし、豪快に外飯スタイルでもよろしいですか?』
『異世界牛のシャトーブリアンね。希少部位をダンジョンといった開放的なロケーションで、いただくのも風情があってよいわ』
それからナナシちゃんは焚火や調理などの準備をそつなくこなしてゆく。
しかもきるるんが座れるように木製の椅子とテーブルまで用意していた。
:というか一つ疑問なんだが、ナナシちゃんはどこから料理器具を出してるんだ?
:配信画面がナナシちゃんの視覚だからいまいち把握できない
:背中に巨大なリュックとか背負ってるのか?
:そういえば【世界樹の紅茶】とかもいつの間にか提供してるよな
:もしかしてアイテムボックス持ちなんじゃないのか?
:ミノタウロスキングの大量にあった肉塊がいつの間に消えてる件
:まじかよ……めっちゃレア技術だろそれ
:めっちゃ便利だよな?
:冒険者って、仕留めた魔物の素材を持ち帰るのがかなり大変って聞くもんな
:冒険に必要な武器や道具、食糧も重量を考えないとキツイって【絶剣】さんの配信で見たことある
:冒険者にとって一番の課題とも言えるよな
:アイテムボックス持ちはめっちゃ重宝されるぞ
:ナナシちゃんって、できる執事すぎんか?
:うわああああ、俺もこんな夢のロケーションで最高級和牛食べてええええ
:【地下砂宮ブルーオーシャン】って綺麗だよな
:壁や砂の断層が様々な青に彩られてるからなあ
:白も混じってていい味だしてる
:まるで美しい海底で食事するような雰囲気
:スキューバダイビングと外メシの融合か
:最高の開放感
:しかも九尾の護衛付きで安心安全
:100%絶景を堪能できる
:未だかつてダンジョン内でこんな豪華なシチュエーションで牛肉をいただく者はいるのだろうか?
:いないなww
リスナーたちのコメントが捗る。
同時にナナシちゃんの料理も進んでゆく。
まずは希少部位を贅沢かつ肉厚に切り裂いてゆく。
赤身の中にきめ細かい白の脂身が霜のごとく広がる、霜降り肉だ。
美味そうの一言に尽きる。
そこへ味付けの下地として、シンプルに塩胡椒をふるう。素材の味を活かしたいのか、かなりの薄味仕様だ。
次にサッと油をしいたアツアツのフライパンへ————落とす。
落としてしまった。
すると紅玉と白銀から、ジュワァァァアアッと煙が沸き立つ。
もはやその光景は殺人的なまでに食欲をそそる。
『————【神竜の火遊び】』
そして徐々にこんがりと焼けてゆけば、にんにくチップをうっすらとかける。
ぷりぷりの肉と脂へ十分にからませれば、ジュウジュウと音と匂いのハーモニーが奏でられてしまう。
:なんか、おい……美味そうじゃないか?
:やばい腹減ってきた
:まじかー肉くいてえ肉
:かぶりつきたくなってくる
:飯テロじゃねえかああああああ
リスナーの反応など露知らず、ナナシちゃんはテキパキと料理を進めてゆく。
と言ってもシンプルに焼くだけの作業なのだが。
しかし、その手さばきは妙に繊細かつ大胆なものだった。まるで肉の焼き加減を絶妙に調整しているような……炎すら巧みに操る一級職人の凄みを誰もが感じた。
『できました。【牛王の霜降りステーキ】です』
ナナシはお洒落な真四角の黒い石プレートにほかほか極厚ステーキを置く。
その装丁はまさにアウトドアに相応しい外メシ仕様だ。そしてカトラリーのナイフとフォークをしっかりときるるんに渡してゆく。
『————【舌で神々が踊る】』
さらにナナシちゃんは二つの小皿へソースを注ぐ。
『こちら、【わさび醤油】と【焦がしにんにく醤油】です。お好みでどうぞ』
一つが黒水晶色に艶めく液体にわずかな翠玉色がにじんでいる。
そして二つ目は琥珀金剛石煌めく濃厚なソース。
『次はきゅーの料理だな。待ってろ~大量に作ってやるぞー』
のほほんと次の料理にとりかかろうとするが、ご主人様であるきるるんに静止される。
『待ちなさいナナシちゃん。お肉の説明をきる民が求めているし、私も所望するわ』
『あ、はい。牛王の希少部位は旨味が凝縮されています。他部位と比べて柔らかく、焼き加減によっては口に含んだ瞬間とろけて旨味が花開く、極上の食べ心地を味わえるかと。赤身と脂身のバランスが絶妙ですので、忘れられない至福を舌に植え付けるでしょう』
『……ゴクリ』
きるるんは思わず喉を鳴らす。
リスナーも固唾を飲んでしまう。
それからきるるんは『いただきます』、と牛肉へ向き合う。
『香りは……すぐに食べ始めない自分の理性を褒めてあげたいぐらい素敵よ。芳醇な肉特有の胃を刺激する、あのどうしようもない美味しそうな匂いよ』
こんがりとほどよく焼かれたステーキ。
きるるんはすっとナイフで切り、フォークでいただこうとする。
じゅううっと肉汁が溢れ出る。
暴力的すぎる絵が、きるるんのフォークを動かす手を勇み足にさせる。
そして、待ちに待った旨味の宝石が口へと運ばれる。
もきゅっ、もぐ、もふ、もきゅ…………ふぁぁぁぁぁ……。
溶けた。
きるるんのほっぺたがとろけた。
両目を幸せそうに閉じ、口内の肉を堪能している。
二口目。
またもやきるるんの表情がふやけた。
ほろほろと口の中でほどけゆく肉の旨味に抗いきれない。
三口目。
頬が上気し、そっと朱が差している。
もっと欲しい。もっと食べたい。
パクリ、もきゅっ、もふもふ、パクッ、もきゅうう……。
もはやそこに言葉はいらなかった。
表情が全てを物語っていた。
もはや推しの顔が美味さでとろけにとけ切っている。
惚けきっているのだ。
:間違いなく口の中で肉がとろけてるやん
:やばい、俺、もう無理
:飯テロが限界すぎるwww
:腹減ったあああああ
:俺にも食わせてえええええ
:美味そうすぎて死にそう
:なんか……その、きるるんの表情がエロくないか?
:きるるんの惚け顔いただきましたああああああああ
:ナナシちゃんやりやがったww
:ナナシちゃんグッジョブ!(3000円)
まさに飯テロをくらうリスナーたちだった。
しかも食後のきるるはなぜか元気いっぱいになり、ダンジョンボスのミノタウロスを単独で撃破してしまう。
この偉業により、またもや手首きるるのダンジョン配信は大いに盛り上がった。
#九尾の新種
#ナナシちゃんの飯テロ
#きるるんほっぺたとけるるん
#ミノタウロス単独撃破
つぶやいったーのトレンド1位~4位を席巻してしまったようだ。
◇◇◇◇
【牛王の霜降りステーキ】★☆☆
ミノタウロスキングの最高峰希少部位を使ったステーキ。別名、『天使堕としの肉』と呼ばれ、ほろほろと溶けゆく食感はまさに極上。同時に理性を溶かすほどの旨味と風味が襲い掛かり、どんな聖人であれ天使であれ、狂喜へと誘う。まさに天使すらも堕落させる、悪魔の霜降り肉である。
基本効果……30分間、ステータス力+3、命値+2を得る
★……30分間、ステータス素早さ+2を得る
★★……永久的にステータス力+2を得る
★★★……技術【堕天】を習得する
堕天……何かを代償にして様々な恩恵を得る
【必要な調理力:120以上】
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