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126話 歩く黄昏



 退屈な授業に閉じ込められた生徒たちが解放される瞬間。

 それが放課後である。

 そして解放されるのは何も生徒たちだけではない。


 屋上へと続く階段は、血濡れたような美しい夕日を(こぼ)し、階数が12段から13段に増えるとか。

 女子トイレの個室扉を三回ずつノックして話しかければ、トイレに引きずりこまれてしまうとか。

 春を待つうら寂しい桜の木の下からは、妙な囁き声が聞こえるとか。

 一人として美術室に飾ってある未完の絵に触れていないのに、日に日に完成されてゆく絵画の謎とか。

 誰もいなくなった体育館からボールの跳ねる音が響き渡るとか。

 音楽室のピアノが勝手に鳴るとか。

 夜の学校を徘徊する人体模型とか。

 

 化け物が、妖怪が、怪奇現象もまた解放される。

 うら若き少年少女たちのすぐそばで、その異形たちは密やかに息づいている——らしい。



 以前、技術(パッシブ)【万物語り】で習得した『怪談語り』で、理科室に置いてあった人体模型のジョンに聞いた話だ。

 俺はそんな情報をちょっとばかり知っていたので、きっと今騒がれている『トイレの花子さん』や『人体模型のジョン』も大方その類いのものだろう。

 というかジョン本人じゃないだろうか?



「俺様何様ハヤト様~! 冒険者ハヤトチャンネル! 緊急生配信だオラアア!」


「わくわくするでーっす! 【エルフ姫みどり】でーっす!」


「あ、どうも……えーっとクラスメイトの古守(こもり)です」


 なんて現状を分析しつつも、俺は刀坂くんこと【冒険者ハヤト】チャンネルのカメラマン的な役割に従事していた。

 何はともあれ、エルフ姫さんにどんな(・・・)自己紹介をするかは、一緒に行動してから判断した方がいいと思ったのだ。

 そのためにも古守(こもり)からの誘いに頷き、配信をするならば裏方に徹する運びとなった。


「今日はなんと! あの絶賛大炎上中? の【エルフ姫みどり】とコラボだぜ! 俺も大物になったもんよ!」

「初めてのっ、部活動でーっす!」

「あっ、エルフィンロードさん、これは部活動じゃなくて、ただの学校案内? みたいなもので……あっ、今はみどりさんって呼んだ方がいいのか」


 というか【エルフ姫みどり】って、自分より登録者数が随分少ない相手でもコラボするとか優しいな。

 今や【エルフ姫みどり】は、【にじらいぶ】との連戦(コラボ)により登録者数10万人から22万人にまで急増しているのだ。


:ハヤトくんの配信だ!

:イキリハヤトがんばれ!

:ハヤトくんってバカなんかなww学校特定できちゃうやんwww

:てかマジで【エルフ姫みどり】とコラボしてるし!

:姫殿下ああああそんな奴と一緒に行動しないでくれえええ


 そして今回は刀坂君のスマホで配信してるわけだけども、配信画面に流れるコメントがけっこう荒れている。

 その辺を知ってか知らずか、刀坂くんこと冒険者ハヤトは挑発気味な文言で学校探検を始める。


「パンピーどもが決して届かない高みに俺はたどりつく! その序章が、エルフ姫みどりとの共闘だ! いいかパンピーども! ステータスに目覚めれば、学校の七不思議だって解明できるかもしれないんだぜ!?」



:いつも通りムカツク奴だなww

:ちょっと鼻につくんだけど癖になるよね

:ナチュラルにおバカというかwww少年だw

:可愛らしくなってくるんだよなあ

:本気で七不思議を解明しようとしてるところが何ともなあ

:がんばれハヤテくん

:ハヤトなwwww


 なんだかんだで冒険者ハヤトは愛されているようだ。

 だが配信は平和でも、彼ら彼女らを取り巻く状況は微妙にまずくなってきている。というのも、先ほどから廊下の窓から見える夕空の景色が一向に変化してなかったり、妙に他生徒の気配や声、そして音が遠のいているだとか……教室からこちらを覗いている異形の者だとか……。


「ん? なあ隼人(はやと)。あれ、なんだ……?」


「ちょっ、黙れよ古守(こもり)。これは俺様の配信だぞ!? 勝手に喋ん————え、ひぃぃぃぃッ!? なんだよあれ!」


「ワァオ。日本の学校にもっ、幽鬼が現れるのでーっすね!?」


『テケケケケケッ! テケテケッ、テケテケテケテケッ!』


 半透明の異形は奇妙に長い両手を伸ばし、廊下へと躍り出る。

 そいつは下半身が切断された女子生徒の姿をしており、鬼のような形相でケラケラと笑い、目にも止まらぬ速さで廊下を駆け抜けた。

 この爆発的なスピードに、3人の中で反応できたのはもちろん【エルフ姫みどり】だけだ。


「ワァオッ——【風穴(かざあな)】」


 彼女は反射的に風の矢を放ち、不気味に笑う異形を穿つ。

 しかしエルフ姫みどりによって射貫かれたはずの異形は、全くの無傷だった。正確には、風の矢がすり抜けてしまったのだ。


『テケケケケケケテケッ!?』


 迫りくる異形の名は【切断された断末魔(テケテケ・メニーナ)】。

 踏切事故に遭遇した女生徒たちの無念から生まれた異形であり、精霊(・・)の類でもある。

 人の不幸や痛みを笑う輩の前に現れては、同じ痛みを味わわせるといった特性を持つ。


 3人は【切断された断末魔(テケテケ・メニーナ)】の標的になりえないものの、突然の攻撃に驚いたのか、冒険者ハヤトに向かって精神錯乱の断末魔を近距離で浴びせようとしていた。


「…………」


 俺は仕方ないので、【怪談語り】で【切断された断末魔(テケテケ・メニーナ)】に落ち着くように語り掛けた。

 まあテレパシーのようなもので、実際に口から言葉を放ちはしないけれど、上手く伝わったとは思う。

 すると思いのほか【切断された断末魔(テケテケ・メニーナ)】は話のわかる存在で、穴が開くほど冒険者ハヤトを見つめては、無言でその場を去っていった。

 なんとも不気味な精霊だ。



「はぁっはぁっ……な、な、なんだったんだよ、今のは!?」


「本当に妖怪? っているんだね……びっくりした。でも隼人さあ……パンピーの俺よりビビッて、腰抜かしてるのはさすがに面白過ぎない?」


「ふぅーん? 何が起っきたのでしょうか? 霊体属性による、物理と魔法の両方を無効化って……精霊でーっすか?」


 勘が良い【エルフ姫みどり】だが、彼女を以ってしても状況をしっかりと把握できていないようだ。

 配信中でなければ、すぐに答えを教えてもいいのだけど、やはり影に徹しながら行動した方がいいはず。下手にこの配信で目立ってしまい、【にじらいぶ】のナナシちゃん疑惑とか1ミリでも浮上したら、【にじらいぶ】の身バレに繋がる危険性だってある。


古守(こもり)はマジでうっせえわ! ステータスもないくせに、そんなに冷静でいられるお前の方がおかしいぞ!?」


「いや、まあ一種の諦めみたいものだった。あ、やばーって感じだよ」


「なんか俺より肝が据わってて普通に悔しいわ」


「やっぱモンスターとか妖怪って迫力やばいんだなあ……てかさ、さっきからちょっと変だなって思ってたんだけど、外の景色が全然変わってなくない?」


「外の景色でーっすか?」


 古守(こもり)は妙に鋭い。

 ステータスに目覚めたら索敵系の身分とかと相性抜群じゃないだろうか?


「外が何なんだよ?」

「いや、いつもだったらそろそろ暗くなってない?」

「茜色がうっつくしいでーっすね!」


 3人が西日の漏れる窓際へと目を移せば、古守が指摘した通り夕焼けは静止(・・)している。

 切り取られてしまった景色のように、美しく、静かに、そして不気味に時を止めていたのだ。


 やはり俺の違和感は的中していたのかもしれない。

 前に『人体模型のジョン』から聞いた話では、彼は三カ月に一度しか動き回らないのだとか。しかもその活動時間は深夜帯で、こんな夕方に差し掛かった浅い時間から動き始めるのはおかしい。


 それに加えて『トイレの花子さん』だ。

 彼女の出現場所は三階だとジョンに聞いていたけど、冒険者ハヤテの聞き込みによると一階の女子トイレに出現したらしい。


 極めつけは『切断された断末魔(テケテケ・メニーナ)』の発生で、こんな短時間で多数の七不思議たる精霊たちが出現するのは、何かが狂わされている前触れだろう。



『ユ……』



 そして突如としてソレは、空間そのものが軋むような音と共に発せられた。

 重々しく、静かに、だが確実に何かをヒビ割るような亀裂音。


『ウ……』


 教室に、ベランダに、校庭に、体育館に、渡り廊下に、音楽室に————

 いつもの風景に、ベッタリと夕焼けを塗りたくる。



『ユ……ウ……ヤケ……子……焼ケ……』



 ソレは学校という空間を徘徊する巨神。


彷徨う自然神(ダイダラボッチ)】の一種。

【徘徊する逢魔(おうま)が時】、狂った黄昏時の自然神だった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] ん?自然神? これまたタイミングよく撮れ高になりそうなモンスが...
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