125話 放課後のお付き合い
「ま、まじで【エルフ姫みどり】じゃん!」
「エルフってあのエルフ? どおりでこの世の者とは思えないぐらい、綺麗な顔立ちしてるなあ……」
「ハァーイ! あなた方がクラスメイトってやつでーっすね!」
エルフ姫さんは朝の教室を大いに賑わせ、特に男子生徒からは熱い視線を向けられている。
昼休みも彼女の席に、たくさんの生徒が群がるのも無理はない。
それはもちろん彼女の美貌もさることながら、異世界からの留学生というのはかなり珍しく、みなが興味津々なのだ。
学校中がもはや彼女の話題で持ち切りだが、俺は冷静にさりげなく距離を空けている。
紅の計らいで【エルフ姫みどり】が転校して来たとなれば、【にじらいぶ】関係の思惑が働いているに違いない。
そうなると、推したちを支える執事として、俺が余計な動きを見せない方がいいと判断したのだ。
とはいえ社長の権謀術数なんて俺にはわかりかねるので、スマホで連絡を取り、どうにかこうにか人気のない外階段に呼び出した。
「ナナシの分際で私を呼び出すなんて、いいゴ身分ね」
「やっほーしろくん」
紅だけかと思いきや、蒼も一緒についてきたようだ。
「お、おう……いや、さすがに【エルフ姫みどり】の転校は訳がわからないって……何か思惑があるならハッキリ共有してくれ」
俺の困惑に二人は少しだけ頭を傾げて、それから見つめ合った。
そしてなぜかビシッと戦隊モノのヒーローポーズを決めてくる。
「赤マントマン、参上!」
「青マントマン、参上!」
「うっ」
これはもうアレだ。
二人してイジりにきてるだろ。
「白マントメェン! 貴方の方が、訳がわからないわ!」
「白マントマン! キミこそ幼馴染とエルフ姫と私たち、何を一番に優先するんだね!? ハッキリしてほしいな!」
「えっやっ……」
「プークスクスッ……ナナシ、あれは傑作だったわよ」
「あはははッ……なんというか、しろくん楽しそうだったね?」
我らが赤担当と青担当の推したちは、息ぴったりに笑い合う。
きっと【エルフ姫みどり】の配信中に登場した、白マントマンを思い出しているのだろう。
はああああ……恥ずか死ぬ。
今すぐ穴があったら入りたい。過去に戻ってあの痴態を回避したい。
そんな思いはあるけども、また別の気持ちがふつふつと湧き出てしまうものだから、やっぱり推したちはずるいと思う。
「ぷっくすくす……最強最高♪ 白マントメェ~ン♪」
「アハハッ……とうっ! ホワイトジャスティンパンチ!」
「もうっちょっと、やめなさいっ、笑いがとまらないわっ」
「でもっ、楽しそうっだよね……あたしたちもやっちゃう?」
「勘弁してよ、もうっ」
「えー、いいと思うけどなあ。ねー社長~!」
クラスでは絶対零度の紅も、ここ最近【にじらいぶ】メンバーだけに見せる笑顔が多くなったとか。
クラスで器用に立ち回る蒼だけど、心の底から『楽しい』とか『好き』って感情を表に出して笑っている機会が増えたなとか。
そういうのを目前で見せられると、からかわれた本人としては致し方ない気持ちになってしまうのだ。
彼女たちの笑いの種になれたのなら申し分ないなと。
「二人とも勘弁してくれ」
「白マントメェ~ンの面白さに免じてこの辺にして……ぷっ……あげりゅわ」
「アハハッ、夕姫さんあの日からずっとツボってるんだよ? さすがしろくん、最強のエンターテイナーだね?」
「社長を笑顔にできて執事冥利に尽きます。で、どうして【エルフ姫みどり】を同じ学校に転校なんてさせる手引きをしたんだ?」
ひとしきり笑いを堪えて少しだけ悶えた紅だが、どうにか口元を引き結び社長モードに変貌した。
「あの子が白マントメェ~ンをもっと知りたがっていたから、その助力をしただけよ」
「異世界人をサラっと学校にねじ込めちゃう権力……夕姫財閥のお嬢様の力は伊達じゃないでやんすなあ」
芝居がかった合いの手を入れる蒼に、紅はなぜかプッと噴き出した。
「ちょっ、藍染坂さん……そんな小悪党みたいな変顔はやめてっぷっ」
蒼はちょうど俺に背を向けて、紅にだけ見えるように子芝居を打っていた。
なにそれ、俺も蒼の変顔とか見てみたい。
「とっ、とにかくナナシ。頃合いを見て、ミドリーナさんに自己紹介なさい」
「えっ? それはどういう意味でだ?」
白マントマンとして?
もしくは【にじらいぶ】のナナシとして?
それとも……ただのクラスメイトとして、俺の正体を隠し切るとか?
「そこはナナシに一任するわ」
それは信頼からくる重みのある返答だった。
紅の言葉に含まれるのは、様々な可能性を考慮しての結論だろう。
「責任は全て私が取るから、好きなように接してみなさい」
「い、いいのか?」
「ええ。最近、気付いたのだけれど、特定の人材は変に型にはめるよりも、好きにさせた方が面白い結果をもたらしてくれる時もあるのよ」
それはまさか、白マントマンのことだろうか?
「もちろんそれで失敗したとしても、今の【にじらいぶ】なら余裕でカバーできる自信と信頼があるからよ」
紅はバックアップしてもらうばかりじゃなくて、私たちだって貴方のフォローに回れるから安心なさいと言ってくれている。
「だからナナシ。ミドリーナさんに関しては好きになさい」
「とーはーいーえー」
ここで蒼がむっとした顔で俺に迫ってくるけど、そんなもふくれっ面も可愛らしいのはずるい。
そこに紅も加われば、やはりクラス内で一、二を争う美少女たちの組み合わせは破壊力が抜群だ。
「……私の、私たちのお世話をおろそかにするのは許さないから」
「そうだよーしろくん。これからも一緒にがんばっていこうね?」
「か、かしこまりました!」
ここまで頼られるのは執事冥利に尽きるというものだ。
俺は自然と気合いの入った返事になってしまった。
◇
紅社長から謎の指令を受けて、あっという間に放課後がやってきた。
『自己紹介をしろ』といった指令の真意を推し量れないでいる俺だけど、なんだかんだで平和な一日だった。
「エルフ姫みどりさん! 俺とコラボしてくれえええ!」
「エルフィンロードさんはこの後予定あったりするの?」
パンドラ配信者になりたての刀坂くんは、ひっきりなしにエルフ姫さんを誘っているし、古守もあわよくば放課後デートのお誘いをかけている。
ん~これぞ青春。
普通の高校生活って感じで、ここ最近ファンタジーの連続だった俺にとっては安心できる空間だった。
しかし、そんな俺の普通は突如として幕が下りた。
「きゃああああああああああああ!?」
廊下に響き渡る女子生徒の悲鳴。
「ぎゃああああああああああああああ!」
そして渡り廊下からも男子生徒の絶叫が走る。
当然、何事かとクラスメイトはざわついて廊下へと顔を出す。
「ととととっ、トイレにッは、は、は、花子さんが出たの! 嘘じゃないから! み、みんなも見に行ってよ!」
「理科室の人体模型が急に動き出したんだ! マジで途中まで追いかけてきたんだって!」
なんだ、七不思議の類かあ。
うんうん、今日も平和……だよな?
やはり興奮気味の生徒が大声で語る内容に、周囲の生徒たちはやっかみ半分、失笑半分だった。
しかし、その恐怖体験を真剣に語る二人の様子を見て、一部の生徒たちは少しだけ怖がっているようだ。
そこへ矢の如く自分の存在をアピールすように登場したのは刀坂くんだ。
「モンスターの出現ってわけではなさそうだけど! 万が一ってこともあるよな! よっし、冒険者の俺と! エルフ姫みどりさんで緊急放課後生配信しようぜ!」
「そんなことよりエルフィンロードさんには日本の食文化を味わってほしいから、牛丼屋なんてどうだろう?」
「ハァーイ! これが放課後の部活動ってやつでーっすか!? 資料で勉強しまっした! トウサカもコーモリも【超常現象研究会】でっすね?」
どうやら刀坂くんを筆頭にエルフ姫さんや古守は、放課後のオカルト探検に出るらしい。
実に高校生らしく健全だ。
なんて我関せずでいると、なぜか古守が俺の方に話題を振ってきた。
「なあ、七々白路! お前も一緒に来ないか!?」
「えっ?」
そこで古守はダッシュで俺の耳元に近づいて囁いてくる。
男にされても何も嬉しくないイベントだけど、古守はいい奴なので不快ではない。
「なんかエルフィンロードさんって、やけにお前のことを聞いてくるんだよ」
「そう、なのか……?」
「さっきもぶつぶつと『あのお声は……聞き間違いかーっしら? いえ、でも妾があの御方のお声を聞き間違えるはずがあーっりません!』とか言っててさ。二人って以前、どっかで会ってたりするの?」
「やっ、えーっと……」
「まあ話したくない事情があるなら詮索はしないけどよ、ここは友達のためにひと肌脱いでくれないか?」
「というと?」
「刀坂の配信なんてちゃっちゃと終わらせて、お前っていうエサでエルフィンロードさんと放課後の親睦会を開きたいのさ」
んんん、この話。
俺は乗るべきなのだろうか?