124話 クラスメイト冒険者
早朝。
俺は日の出とともにドラゴン牧場へと向かい、【月語りの大熊】と語らう。
というか背中に乗っている。
「はっはっはー……白マントマンだぞ~前に進むんだ~」
「グオォフッ。人の子というのも可愛いものですのう」
俺と【月語りの大熊】がのっそのっそと進めば、子供たちから歓声が上がる。
それに乗じて【聖剣】がヒーローっぽい口調で解説を加えていく。
「みんなどうだ~!? こんなに大きくておっかない動物も、仲良くなることだってあるんだ! 何もかも殺そうっていうのは、パンドラ冒険者を目指す上でもったいない考えだろ~!?」
「「「は~い!」」」
子供たちは無邪気に、しかし真剣に【聖剣】の言葉に耳を傾けている。
「語れば分かり合える種族もいる! ただし! 油断したらとっても怖いから、何があっても仲間を守れるように、自分の命を守れるように! 俺と一緒に力をつけよう!」
「「「はい!」」」
【聖剣】と俺が何をしているのかと言えば、それは子供向けの冒険者教育だ。
昨今、ステータスを覚醒させる【継承の儀】を行う冒険者が少しずつ増えてきているらしい。
主に自分の子に行う者が多く、その力の使い道を早いうちに教えておきたいというのが親心というもの。
そこで剣技に優れた【聖剣】に白羽の矢が立った。
まあ、これも全て紅の采配で、『白マントマンと一緒に何か活動をしたい!』と言い続ける【聖剣】の要望を汲んだビジネスらしい。
もちろん【聖剣】は不倫騒動でイメージはものすごく下がっているし、親としてもそんな相手に子を預けるなんてしたがらない。
しかし、そこは腐っても【聖剣】だ。
やはり【聖剣】の雄姿に憧れて冒険者になる人もいたし、そういった根強いファン層の中でもさらに自身の子を預けたいといった顧客が僅かだけどいるのも事実。
今も【聖剣&白マント塾】には、5人の子供たちが一生懸命に小さな木剣を振る練習をしている。
「おお、みんなすごいな!? この調子なら俺と一緒に冒険する日はすぐかもな!」
「せいけん先生と、いっしょにモンスターをたおすんだ!」
「ぼくはいっぱいいっぱい冒険したいです!」
【聖剣】の子供たちを指導する姿は、きっと崩れてしまったイメージを復活させるのに役立つだろう。もちろんそういう狙いもあって、この塾を開いたのもあるけど……今の【聖剣】の表情を見るに、心の底から子供たちに教えたい、子供たちの成長を真剣に願う指導者そのものだ。
まるで勇者のように顔が輝いているのだ。
こうやって一歩一歩、再生に向かい頑張る人間を見ていると、気分が晴々しくなる。
「その意気だ! よし! そこはもっと腰を低く、力任せじゃなくて、身体全体を使うと威力がアップするし爽快だぞ!」
【聖剣】が子供たちと朝日を浴びながら、清々しい顔で剣を振る姿はいい光景だと思う。
股間に食い込む不快感さえなければな。
「ぐぉふっ……御使いさまは、ほんにお人がよいですなあ」
「子供たちのあやしはわしらにお任せくださいませ」
「はっはっはー……もう何も考えなくていいんだ~楽ちんだあああ……」
俺はそのまま【月語りの大熊】のもふぼふに、ぽへ~っとうつ伏せになって全身を預ける。
そして時々、子供たちの練習相手として、【月語りの大熊】を軽く戯れさせたりして過ごした。
◇
「うーん……やっぱり早起きすると少し眠いな」
「どうしたよ七々白路。最近はバイトも落ち着いてきたんじゃないのか?」
朝の教室で俺が気だるげにしていると、クラスメイトの古守衛が話しかけてきた。
「古守か。いや、それが週一で新しい業務が増えてなー。勤務時間が早朝なんだよ」
「無理すんなよ? お前、また『オジ』とか言われるようになるぞー」
「あははは。心配してくれてありがとな」
「おうよ。ところで、隼人の奴が冒険者になったの知ってるか?」
「……隼人?」
「七々白路よお、クラスメイトの下の名前ぐらい把握してろよなあ。刀坂隼人だよ」
「あっ……刀坂くんか」
「なんか親父が脱サラして冒険者になったらしくってさ。んで、親父にせっついてステータス継承をしてもらったらしいんだ」
「継承ができるってことは、刀坂くんのお父さんはLv10以上の冒険者なのか」
「いいよなあ、俺もパンドラやってればよかったぜ……冒険者になりたい」
継承は自身のLvを半分にする代わりに、元パンドラプレイヤーでない者にもステータスを覚醒させる代物だ。
これはかなり大きな代償なので、滅多にされることではない。それでもステータス覚醒者が減りづらい理由は、政府が積極的に【継承給付金】をバラまいているからだ。
首相曰く、国民の弱体化は国の弱体化を招く。
ゆえに国民の皆様が強く、そして潤えば、国もまた潤うのです! だそうだ。
まあ冒険者が持ち帰る資源ってかなりの価値を生み出すし、色々な技術革新にも繋がるので、巡り巡って市民の暮らしを良くする。
きっと継承に税金を費やすのは無駄ではないだろう。
「俺の父ちゃんもパンドラやってたらなあ……冒険者としても子になれたのにさあ……」
そして継承は一度されると、互いは親と子に近い関係になる。
というのも力を与える側の強さによって、力を受け取る側も千差万別の結果になるのだ。
特に受け継ぐ【身分】に関しては、親の影響が色濃く出る。
また、最近では親の影響で、子が新たなに獲得できない【身分】なども存在すると判明している。
「まあ肉親じゃなくても、継承してくれる冒険者に出会えるかもしれないぞ?」
「そんな確率1%もないだろおお」
実際のところ、これは古守の言う通りで継承はだいたい血縁内で行われることが多いらしい。
「親戚に冒険者がいたらいいな」
「一人いたけど、『命がけで1年かけて10Lvにしたのに、半分にするとか嫌だ』ってさ」
まあそれもそうか。
そんな風に古守と継承について軽く雑談していると、廊下の方が少しだけ騒がしくなる。
「どいたどいた、一般人どもが!」
視線を向ければ、横柄な物言いで生徒を退けながら教室に入ってくる男子生徒が1人。
おっ、あれは噂の冒険者になりたての刀坂隼人くんだ。
「うわ……隼人のやつ。ステータスに目覚めてから、また一段と態度がでかくなったなあ……」
「あ? なんか言ったか古守?」
「態度でかすぎだって。でも超人の仲間入りはマジで羨ましい」
「ああ? まあ、俺が10Lvになったら古守に継承してやるよ」
「まじ!?」
「うっそおおおおおおお!」
「はあああああ!?」
「ザコは黙っとけって。俺は憧れの【にじらいぶ】に追い付くのに忙しいんだからよ! ダンジョン配信の研究だ!」
そう言って彼はスマホをいじり、何やら動画を見始めた。
んんんー?
刀坂くんはもしかして【にじらいぶ】のリスナーなのかな?
「チッ、なんだよオジ。こっち見んなって」
「あっ、ああ。ごめん」
「てめえ如きが俺に構うなっての。俺はなあ、チャンネル登録者300人のダンジョン配信者【冒険野郎ハヤト】様だぞ!」
「おお、刀坂くんはパンドラ配信を始めたんだ」
「チッ……オジの顔ってちょっとムカツクんだよなあ。俺がこの世の誰よりも敬愛しているナナシちゃんと、お前みたいなオジがそれとなく似てるって思うと、【にじらいぶ】が汚されてるような気がして腹立つわ」
えっ、刀坂くんナナシちゃん推しなの!?
「それは……マジでごめん」
色々な意味で。
「おいおい、隼人はさすがに言い過ぎだって。そういや隼人って【にじらいぶ】以外にもパンドラ配信者の推しっていたりしないのか? 俺もちょっと興味あってさ」
ちょっと険悪なオーラを放つ刀坂くんに対し、サッと古守が割って入って話題を変えてくれた。
古守っていい奴だな。
「ああ? んー……最近じゃ【聖剣】さんかな。あの人って、前までは聖人君子面してていけすかねえって思ってたけど、今はなんだか信じれる強さみたいのがあって憧れるわ」
「他には他には?」
「ああん? あー……配信者じゃねーけど【白マントマン】って奴がめっちゃ笑えてさ。すんげえアホみたいだけど、言ってることとやってることがめっちゃかっこいいんよなあ!」
なんだかんだで古守の質問に、意気揚々と答える刀坂くんは相当パンドラ配信者が好きらしい。
というか『白マントマン』を好きとか言ってくれるのは、ちょっぴり嬉しいかもしれない。あんな痴態をさらした甲斐があったと、少しだけ慰められた気がする。
「白マント様のお話でーっすか!? 妾も大好きでーっす!」
え!?
突如として古守や刀坂の話に混ざってきたのは、つい最近聞いたばかりの声だ。
俺が急いで振り向けば、やはりそこには見覚えのありすぎる可憐なエルフさんがいた。
彼女は若草色の長髪を縦巻ロールに整え、お姫様然とした美しさをこれでもかと極めており、なぜか俺たちと同じ制服に身を包んでいる。
その可憐さは同じ制服を着ていながら、これだけ差がでるのかと驚くほどの美少女っぷりである。さすがエルフの姫。
「えっ……あ、誰……てか、可愛いなおい……」
「はっ? えっ、えっ、えっ、【エルフ姫みどり】ぃぃぃぃい!?」
古守は唖然としていて、刀坂くんはさすがパンドラ配信者オタクといったところで、彼女の正体を一目見て看破していた。
「皆様、はじめまーっして!」
俺にも初めましてと言うあたり、きっと彼女は俺が【白マントマン】の正体だと気付いていないのだろう。
今までそういった素振りも見てないし、見せてもいない。
さて、これはどう対応するべきか。
というか、どうしてエルフ姫みどりがここにいるんだ……?
しかし俺も伊達に数カ月も【にじらいぶ】のメンバーを務めてきていない。この疑問の答えにすぐにたどり着く。
こんな事態を引き寄せられるのは、我らが社長おいて他にはいないだろう。
俺がすぐに教室の隅にいる紅に視線を向ければ、我らが社長はそれはそれは涼しい笑みを浮かべていた。
「あら、転校生みたいね?」




