118話 龍が咲くお月見
「なあ、彩。一応、お前の【身分】を聞いてもいいか?」
「おれ? 【修道僧】だよ」
「んー……やっぱりゲーム時代の身分と変わらないか」
本当に彩が【熊耳の娘】たちの神様だとしたら、何か特殊な身分だったりスキルを持っていると思ったのだが、別にそういったわけではないらしい。
「あれ? なんかLvも上がってないのに変な技術を習得してたみたい?」
「それはどんな?」
「【熊神の化身】だって……」
「おい、まじか」
「あー……色々と夢中になってて気づかなかった。発生条件はけっこう特殊?」
それから彩は自身に新しく芽生えた力を確認するように黙る。
「ゲーム時代にも似たような条件はあったけど、おれにしか当てはまらないのもある」
「聞いてもいいか?」
「【熊耳の娘】たちと同じようにモンスターを食す。【熊耳の娘】をかばったり助けたりする。あとは【熊耳の娘】の生みの親、だって」
三つの特殊な条件を達成すると発生する技術か。
そして最後の一つは【熊耳の娘】のキャラデザをした彩だけしか達成できない条件だ。
「なるほどな。多分だけど、【月見もちもち】もどうにかなるから彩は本当に神様っぽいな」
「うわああ……急すぎて全然理解が追い付かないよ……」
それでも彩が安堵した表情を浮かべるのは、きっと【熊耳の娘】や【月語りの大熊】を救えるからだろう。
それから彼女は周囲に聞こえぬように、耳元でそっと囁いてくる。
「でも、ナナがいるから大丈夫かな?」
「お、おう?」
「おれを神様にした責任はとってね?」
「えっ」
「だってナナが作ってくれた料理じゃなきゃ、異世界の生物なんて一生口にしなかったと思う」
そんな風に言って悪戯っぽい笑みを浮かべる幼馴染は、本当に世話の焼ける奴だ。
「ねえ、ナナ。やれやれ系主人公っぽい素振りしてるけど、今のあんたってヘンタイ白マントマンの恰好してるからね?」
俺は幼馴染に内心を見透かされ、しかもかなり恥ずかしいことをしでかしてしまった事実に今更ながら気付く。
もし配信上のあんな姿を紅や蒼、月花や夜宵、紫鳳院先輩に見られてしまったら……いや、紅は絶対に【エルフ姫みどり】の動向をチェックしているだろうから、もはやプークスクスしているのが目に見える。
俺はもちろん————
その場で膝から崩れ落ちた。
さっきの【聖剣】の気持ちがほんの少しだけわかった気がした。
◇
結果的に言うと【月見もちもち】は、技術【神獣が住まう花園師】で習得している【花吹雪く王の微笑み】と【大きくなあれ】で元気を取り戻していった。
エルフ姫や【熊耳の娘】たちに案内されながら【月見もちもち】の群生地に赴いては、定期的に【月見もちもち】の世話を見ることにもなった。
代わりに、うちのドラゴン牧場とエルフの間で交流や交易を約束する。
エルフは基本的に排他的であるため、一部の冒険者以外との接触は断っている状態らしい。そんな中、本格的に交易ができるのは【にじらいぶ】にとって大きな利点となるだろう。
「しかし天空を動く大地、というか山脈か。相変わらず圧巻の景色だよな」
「興味深い生態系もたくさんありそうだしね」
「端の方にいる人とかって振動で転げ落ちたりしないのか?」
「たまにいるらしいよ」
彩とそんな会話をしながら、【星座を紡ぐ龍】の絶景を堪能する。
今はほとんどの【月見もちもち】のお世話をし終えて、【鹿角の麗人】と【熊耳の娘】たちが主催する宴会の中だ。
夜闇を爛々と灯す明かりや、やんややんやと喜び賑わう様子は微笑ましい。
俺たちは主賓だからなのか、彼女たちと少し距離の置かれた場所で、用意された椅子にゆったりと腰を落ち着けている。
「ナナ。いい月夜だね」
「ああ……こんなに近くで大きな月を見るのは初めてかもな」
そんな感じで異世界の風情を楽しんでいると、不意に美しい火花の煌めきが咲いた。それは山脈の麓や、近場の丘、そして空に昇っていくものまで大小様々だ。
「うおっ……あれが新しい龍の命の芽吹き、【龍咲き】ってやつか」
「なんだか花火みたいで綺麗だね」
幼龍たちは、あらゆる色の炎を纏いながら夜空に燦々と輝いていた。
時に口から火花を散らし、本当に花火みたくドンッと音を鳴らしては炎の大輪を咲かしている。
「ちょっと昔を思い出すなあ……ナナんちの縁側で花火大会を眺めてたよね」
「ああ、そういえばエルフ姫から【月見もちもち】を少し分けてもらったんだ。少し手を加えたから食べてみないか?」
「えっお月見団子ってこと? 食べる!」
俺は豆腐を練り込んだ【謹製:月見もちもち】を取り出していく。
白団子をお皿に山なりに重ねて、頂点には月を模した黄色の団子をちょこんと乗せる。
「ん~……やわらかくて、もっちもちで美味しい!」
「味もシンプルなプレーンで甘すぎないようにしてある。物足りなかったら、ほら、みたらしもあるぞ。あとはきな粉も」
彩はものすごくご満悦そうに、月見もちもちをほうばっていく。
「ふぁふぁってふぁおんほうにせふあゃきだよね」
「なんて?」
「ナナって本当に世話焼きだよね」
「いやなら没収」
「ちょっ! 神様からの命令です! もっとおれに月見もちもちをくださいませ!」
「お願いになってるじゃん」
他愛のない会話でお互い笑い合う。
やっぱりちょっと懐かしい感覚だ。
だからこの優しい空間が、非日常なロケーションが、彼女の口を柔らかくしてくれたのかもしれない。
「おれがさ、学校に行かなくなった理由なんだけど……」
ずっと気になっていたけど、聞けなかった話。
それを幼馴染は、龍が咲く夜空を見上げながら少しずつ語り始めた。
◇
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【熊神の御使い謹製:月見もちもち】★★☆
月光の力を強く宿した団子。人類より遥かに発達した科学技術を持つ衛星の光は、一定の種族の知力を爆発的に底上げする。
しかしそのお味となると、思考をふわっふわに溶かすほどのもっちもちである。
基本効果……永遠にステータス信仰+2、色力+2を得る
★……永遠にステータス信仰+1、色力+1を得る
★★……永遠にステータス命値+1、力+1を得る
★★★……技術【月光兎】を習得する。
【月光兎】……月光を浴びると、数分間ステータス素早さに補正がかかる。
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※一気に8レベル分のステータス値アップです。