112話 言葉を失った神獣
「いったい、どういうこと?」
彩がエルフたちに詰め寄ると、彼ら彼女らは簡単に白状してくれた。
「どうもこもないさ。見ての通り、我々と【熊耳の娘】は盟友なのだ」
よほど【熊耳の娘】の奴隷ごっことやらに堪えていたのか、エルフたちはその心労を吐き出すかのようにポロポロと呟く。
「【熊耳の娘】たちは我らが主神、【星座を紡ぐ龍】の解放に親身になって協力してくれた」
「我らが黄金領域復活の一番の立役者さ」
「今度は我らが恩を返す番だ」
「それと奴隷ごっこは何の関係があるのでしょうか?」
俺が突っ込むと、そこからは【熊耳の娘】が代わって答えてくれる。
「お前、くまたちの同胞を連れているのに知らないくま?」
「言ってないくまか?」
【熊耳の娘】たちは、同じく熊耳を持つ彩を見る。
不思議なことに彩はフードを被って熊耳を隠していたのに、彼女たちは同胞に近い何かだと察したようだ。
とにかく【熊耳の娘】たちはとても自慢げに語り始めた。
「くまたちが苦境に立たされた時、かの地より、くまたちの神様は迎えにくるっくま!」
「くまたちが望む安息の地に導いてくれるくま! 語り継がれてる伝承くま!」
あ、なるほど。
要は自分たちもエルフたちと同じく、神様をお迎えしたいと。
だからエルフたちに協力してもらって、無理やり【熊耳の娘】たちが苦難に瀕していると演出しているわけだ。
「自作自演をしてまで、【熊耳の娘】たちが神を見つけたい理由は何でしょうか?」
「お前、それも聞いてないくまか?」
「話すくまよ、いいくまか?」
【熊耳の娘】たちは暗に俺に話していいのか? と彩に確認を取っているようだった。
そんな彼女たちに対し、彩は————
「い、い……いいくま!」
物凄く赤面しながら、【熊耳の娘】たちの流儀に合わせてそう答えた。
というかさっきから彩は【熊耳の娘】に対してかなりそわそわしている。
おそらく【熊耳の娘】が虐められていないといった事実に安堵し、それからデザインだけとはいえ自分が生み出した【熊耳の娘】を生で見て興奮というか、もっと触ってみたいとか、そういったオタク的喜びの感情がにじみ出ている。
「同胞が信頼してるなら大丈夫くまね」
「これを見るくま……ぐぅぅぅガァァッウォフッ!」
【熊耳の娘】が唐突に野生じみた唸り声を上げれば、宿屋の扉から一頭の大熊がのっそりと入ってきたではないか。
エルフ姫みどりの配信にも映っていたけど、この目で直接見るとやはりその重量感や迫力は段違いだ。
サイズも幼竜のセイと同等でだいぶ大きい。
「くまたちの友達、【月語りの大熊】くま」
「挨拶するくま」
「ヴォフッバフッ」
すんすんと鼻で俺たちの匂いをかぎ取り、そして【月語りの大熊】は彩の傍でくつろぐように寝そべってしまった。
「初対面で【月語りの大熊】がここまでリラックスするのは珍しいくまね」
「この子たちは、元々は喋れたくま」
「年々この子たちは……体は小さく、知能は低く、弱くなってるくま」
「それもこれも神様が見つからないからくま」
「獰猛になって、獣堕ちした子もいるくま」
「急いで神様を探さないと、くまたちは大事な友達を失うくま」
どうやら神様を見つけさえすれば、【月語りの大熊】も助かると信じているらしい。
その信仰そのものの真偽は定かじゃないけど、【鹿角の麗人】と【熊耳の娘】の救いたいという気持ちは真実なのだろう。
事情を知った彩も気持ちは同じようで、エルフに何度も頭を下げていた。
「うちの子たちのために……うちの子たちがご迷惑をッ……」
とかブツブツ言いながら、感謝の念を全力で示していた。
エルフたちは乾いた笑みを浮かべて、『どうってことないさ』と強がってみせてくれる。
「なあ、きみたちの……態度を見て察したんだが、しっかり信頼できそうだ」
「あんたらも、姫殿下の配信で【熊耳の娘】への酷い仕打ちを見て、彼女たちの現状をどうにかしたいってくちで来てくれた冒険者だろ?」
「正直に言えばそうです」
事の発端は彩が見つけた、【エルフ姫みどり】による【熊耳の娘】の奴隷配信だ。
「ならよかった。姫殿下たちの狙い通りだな」
「いや、実はあの配信は撒き餌ってやつでさ。とにかく詳しい話や交渉は、ミドリーナ姫殿下の元へ行けばできるさ」
「どうか我々と、【熊耳の娘】のために協力してくれないか?」
えっと、ん?
諸々の謎を残したまま、俺たちはエルフ姫みどりの元へ赴くことが決定した。