110話 夏のさっぱり異世界メシ!
彩と一緒にドラゴン牧場に赴くと、そこには幼竜たちの世話をするぎんにゅうがいた。
「あっ執事さん……と、お客さんです?」
銀髪の魔法少女は彩を見て、少しだけ訝しむ。
「むむっ……ライバル出現です?」
そしてなぜか彩の胸元あたりを凝視して、可愛らしく眉間にしわを寄せた。
「ぎんにゅう様。こちら、私の友人の熊野彩夏と申します」
「は、はじめまして。熊野彩夏です」
「はじめましてです。にゅにゅーっと登場、ぎんにゅうです!」
さて、紅からは各ライバーの正体を彩にバラすのはマズイと仰せつかっているので、ここはどうしても執事モードを貫き通すしかない。
その辺はぎんにゅうも察しているようで、完全に演者としての自己紹介をしてくれる。
「それで執事さんは、何か御用があるですか?」
「はい。実はピヨに聞いたのですが、こちらのドラゴン牧場で孵化した幼竜の中に、龍の系譜がいるとお聞きしまして」
「あっ……セイちゃんです?」
セイちゃんと言えば、青い竜だ。
んん……たしかに他の幼竜と比べて線が細かった気がする。
「あっちょうどみんな狩りから帰ってきたです」
ぎんにゅうが指し示すと、青空に羽ばたく2匹の竜が帰還した。
「セイちゃんにセキちゃん、おかえりです!」
青と赤の幼竜はだいぶぎんにゅうに懐いてるのか、口にくわえた獲物をすぐに離して彼女に頭をすりすりしている。
ちなみに幼竜といっても、サイズは象と同じレベルで巨体だ。
これからどんどん育つと思うとロマンが膨らむ。
「あっ、ツッチーもおかえりです!」
さらに地面からモグラみたいに顔を出したのは、茶色の無骨な竜だ。
他の二匹に比べてずんぐりむっくりした体格でこれまたサイズは象と同等だ。
青竜のセイ、赤竜のセキ、そして土竜のツッチー。
三匹とも元気いっぱいのようだ。
「ぴっぴっぴっぴよ!」
そして三匹の姉貴分ことピヨが、それぞれの頭上へ順々に乗ってゆく。
すると三匹は恭しく頭を垂れながら、俺にも敬意の眼差しを向けてくる。
「配信で見てたけど……ナナたちって本当にすごいね……」
「だから本気でやってるって言ったろ?」
彩は幼竜たちの迫力を目の前にして、少しだけ腰が引けていた。
俺はそれを横目に青竜のセイへ『竜語り』で、【天空庭園ドラゴンズフルーレ】について尋ねてみる。
するとセイは俺の質問に答えるよりも、『久しぶりに来てくれたのだから、獲物を仕留めたことを褒めて?』と甘えてきた。
「んん……確かにことを急ぎすぎていたかもな」
今も奴隷として扱われる【熊耳の娘】たちを思えば、早急に【天空庭園ドラゴンズフルーレ】に行くべきだろう。
でも、腹ごしらえという名の準備は必要だ。
それに自分の身内を……身近な存在を大切にできない者が、誰か大切にできるなんて話はない。
そんな思いで俺はセイやセキ、そしてツッチーやピヨに微笑む。
「よし! お前たちが獲物を見事に仕留めた記念だ! その獲物で料理をしよう!」
「ぴっぴよ!」
ピヨに続いて三匹は嬉しそうに咆哮を上げた。
どうやら竜たちは、十分なご褒美であると感じてくれたようだ。
◇
三匹が仕留めた獲物は【敬虔なる豚神官】と【踊るこん棒】だった。
【敬虔なる豚神官】は普通のオークに比べて非常に信仰が高い。加えて知能も高く武具などを身に着け、他の豚人を支援までする。
なのでLv11~15の中堅冒険者が4人がかりで仕留められるレベルのモンスターだ。
【踊るこん棒】はその四肢や体が、全てこん棒でできている化け物だ。
こん棒には棘が生えていて、自分が動き回れば勝手にダメージが入る特性を活かし、ぶんぶんと踊り回るのが厄介だ。しかも身長が2メートル以上あり、手足のリーチも人間の2倍~3倍ほどある。
そして何があっても踊り続けるのがこれまた強力で、様々な状態異常耐性を保有している。
「んー夏といえばお手軽にアレか」
俺はまず【敬虔なる豚神官】をバラす。そして脂身がやや多めのバラ部分を薄く裂いてフライパンに乗せる。
油分はオーク肉が元々持っている油だけで十分だった。
焦げ付かないよう弱火に調整してササっと焼いていく。
「【舌で神々が躍る】————【熟成:焼肉のたれ】」
それから豚肉にソースを絡めながらさらに焼く。
香味野菜とガーリックの風味、煎りごま油の芳醇な香りが豚肉と融合すれば、たちまち食欲がむくむくと湧き立ってくる。
「とはいえ猛暑が続く中で、いきなり豚肉は重過ぎる。そこで、相性がよいのはこちら!」
俺は【宝物殿の守護者】から、保存しておいたお豆腐を取り出す。
「【手の中の氷獄】」
キンキンに冷やしたひややっこ。
そこへ躊躇なく肉汁したたる豚肉を乗せてゆく。
さらに仕上げは卵の黄身をちょこんと乗せて、刻んだ小ネギをパラパラと振りかければできあがり。
「ガツンとヒンヤリ美味い! 【癒し豚丼ひややっこ】!」
超シンプルで簡単な料理だ。
だが、熱々の豚肉からのさっぱり冷えた豆腐の味わいは癖になる。
俺はそれらを大量に作っていき、三匹の竜やぎんにゅうたちに振る舞っていく。
「いただきますです! んー……!! ボリューミィなのに、軽いです!」
ぎんにゅうが物凄く絶賛するなか、彩はそわそわと【癒し豚丼ひややっこ】を見つめていた。
この辺はちゃんとしてるんだよなあ、と思いつつしっかりと許可を出す。
「彩、遠慮するなよ。それはお前のために作ったやつだ」
「やった! 実は配信見てて、いつも羨ましいなーって思ってたんだ……いただきます!」
それから彩もみんなと同様、【癒し豚丼ひややっこ】にがっついてくれた。
「うわあ……オーク肉ってこんなに美味しいんだ……」
彩は初めての異世界メシにかなり感動しているらしく、肉の一枚一枚を丁寧に食していく。それからちょっと躊躇いながらも、今度は大口でパクリ、パクリと箸を進めていけば、もはやその勢いは止まらなくなっていた。
「一気にいくの、おいしっ……卵のトロっとした黄身と、ソースを絡めながら食べると……すごくコク深いのに……さっぱりしてる。豆腐の食感が柔らかいから、どんどん食べちゃうよコレ!? ナナって天才なの!?」
「ふっ……彩たちが夢中になっている間に、付け合わせもご用意いたしましたっと」
新たなメニューは【踊るこん棒】の棘を丹念に除去し、スティック状に切ったものだ。そして塩とごま油、しょうゆと豆板醤、ほんの少しの山椒を和えてある。
ちなみに和えるところが少しポイントで、しょうゆなどのソースは軽く沸騰させる。それからスティックに漬けて冷やす。さらに漬け汁だけをまた取り除き、再び沸騰させてまたスティックに漬ける。
この究極の『二度漬け』方法が、味をしみ込ませる極意なのだ。
加えて【時を駆ける黄金食材】で、じっくり8時間は寝かせた味わい深さとなっている。
もちろん少しだけ冷えていた方が美味しいので、【手の中の氷獄】も忘れていない。
「【きゅうり魔人のピリ辛和え】だ!」
「んんんんっ、暑い夏にはピッタリです! あっ、ひえひえのお水もありがとです!」
豚丼、そしてピリ辛和え、それらを冷えた水で流し込む。
夏ド定番の黄金3連コンボにみんなご満悦だ。
「単純に見えてっ、味の深みが幾重にも織り合わさって……! 口の中に味のビロードが広がるみたい……山椒のピリッとあと引く旨辛もっ、癖になりそう……!?」
ナナって本当に天才じゃん、なんて彩は感動してくれる。
それから彼女は、自身の包帯で吊るされた左腕に違和感を覚えたようだ。
「あ、あれ? 左腕がかゆっ……えっ、ななななな、ナナ!? なんか腕が治ってるんだけど!?」
彩が料理の効果に驚愕するなか、すっかり上機嫌になった青竜ことセイは【竜語り】で先ほどの問いの返事をしてくれる。
「よかったな、彩。それとセイが【天空庭園ドラゴンズフルーレ】まで乗っけていってくれるってさ」
「えっ、美味しっ、ん、じゃなくて……ゴクゴクッ、腕っ、ドラゴンっ……えっ!? うまっ!」
何やら事態を呑み込めてない幼馴染は色々と面白かった。
いや、ちょっと落ち着いて箸ぐらい止めろよ。
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【癒し豚丼ひややっこ】★★★
通常のオークと比べて、柔らかい肉質を持つオークプリースト。
癒しの魔力を内包する肉はお豆腐との相性が抜群で、豚人を食す鬼人の中には、その美味さにほっぺたがとろける者が続出したらしい。
ちなみに肉に含まれる酸毒によって、本当に口内が溶けてしまうので、料理スキルのない者が作ると大変なことになる。
基本効果……状態異常【酸毒】を得る
★……基本効果の【酸毒】を無効にする
★★……即座に命値を4回復する。また、即効性の回復が無効な傷に対しても治癒効果がある
★★★……スキル【癒しの御手】を習得する
【癒しの御手】……信仰を消費して触れた者の傷を癒す。
【必要な調理力:55以上】
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【きゅうり魔人のピリ辛和え】★★★
禁断の二度漬け手法により、激マズのモンスターから見事にその美味さを引き出した一品。夏だからこそ求められる、ほどよい辛さと清涼感。突き抜けるようなコク深さを、ポリっとシャクっと小気味よい食感とともに味わえる。
極稀に踊るこん棒が持つ強靭な耐性力が、料理へ引き継がれる場合もある。
基本効果……1時間、状態異常【狂い踊り】を得る
★……基本効果の【狂い踊り】を無効にする
★★……永遠にステータス命値+1、力+2を得る
★★★……石化耐性+5、鈍速耐性+5、色力弱体耐性+5、筋力弱体耐性+5を得る
【必要な調理力:220以上】
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※耐性の段階は1~10で最高が10です。
この一品だけで5段階強化されるので、生半可な状態異常攻撃は無効化されます。