11話 もふもふとふわふわ
日間ローファンタジーランキング10位になってました!
皆さまのおかげです!
ブクマや評価してくださった方々、誠にありがとうございます!
「母さん! 借金、借金が返済できるよ!」
「寝言は寝て言いなさい」
紅との配信を終え、異世界から帰還した俺は真っ先に稼ぎを報告した。
最初は呆れ半分で耳を傾けていた母さんも、今では口をあんぐりと開けて身体をプルプルと震わせている。
「あ、あんた……ヤバイ仕事をしてるんじゃないでしょうね!?」
一気に2000万円を稼いできた息子。
常識的に考えてまっとうな金額じゃないと勘繰ってしまうのは無理もない。
そもそもちょっとヤバイ仕事ではあったりする。
「ほら、異世界。俺のステータスで異世界産の素材を商品にできることが発覚してさ。雇い主の夕姫財閥のお嬢さんが、その売買権利を買い取りたいって」
「夕姫財閥なら……信用できるのかしら、ねえ……あんたまでお父さんみたいに突然いなくなったりしないわよね?」
「大丈夫大丈夫。ほら、見てよ。これが俺の商品ページっぽいんだ」
夕姫紅は仕事が早かった。
いや、早すぎた。
彼女は昨夜のうちに各所へ連絡し、俺の【世界樹の紅茶】を大体的に宣伝してくれたのだ。
スマホに映ったのは、高レベル冒険者向けの高級グルメ品として販売されている紅茶だ。
「一杯100万円の紅茶!? あ、あんた、詐欺でも始めたの!?」
「いや、この一杯で万病も治せるんだ。だから100万円は安い価格なんだよ」
「万病を治せる……?」
一部の高レベル冒険者はその稼ぎも尋常じゃなく、年収3000万円から1億なんてのはザラらしい。だからこそ一杯100万円の高級紅茶としてのブランディングを確立させれば、売れる見込みだそうだ。
夕姫財閥傘下の商社の伝手で、広告も各種メディアに織り込む予定らしい。
「あんた、夕姫のお嬢さんとは仲良くね!?」
「あっ、うん」
全て説明しきった後の母さんの掌返しは圧倒的だった。
目に涙を浮かべ大喜びの形相だ。
父さんが借金作って逃げてから精神的にも肉体的にもきつかったもんなあ……よく今まで家族の支柱として頑張ってくれたと感謝している。
母さんの安堵に満ちた顔が、紅と契約を結んで正解だったと思える何よりの証拠だ。
「それにしても冒険者さんってのは、ティーカップを持ちながら冒険するのかい?」
「えっ?」
「だってこの商品ページは紅茶がティーカップに入ってるじゃない。冒険者さんっていうのは激しい運動したりするんだろう? これじゃあこぼれちゃうわよね?」
「これはあくまで商品のイメージ写真だから……」
「実際はどんな容器に入れて販売するんだい?」
「確か頑丈な水筒に入れて売るって」
「せっかくの紅茶なのに味気ないわねえ」
母さんの指摘を受けて、俺は確かにと思ってしまった。
料理は味も重要だが、見た目や香りなどでも楽しめるからこそ最高なのだ。
それに商品ページの写真だってティーカップの優雅な一枚よりも、冒険者の在り方に沿った一枚の方が購入イメージは沸きやすいはず。
どうも今のままではチグハグな印象だ。
そうなればまずは————容器の作成から入るか。
ちょうど明日は休日。
紅との配信前に、異世界へ赴き色々と準備を進めておこう。
「ましろー! まふゆー! お兄ちゃんが異世界産のお土産持ってきてくれたわよー! それと嬉しい報告もあるの! 降りてらっしゃい~!」
二階にいる双子の義妹たちを呼びつける母さんの傍らで、俺は明日の予定を立ててゆく。
そして持ち帰ってきた【世界樹の枯れ葉】を数枚取り出し、そそくさと自室のベランダから吊り下げる。
「今夜は月夜だ……十分に浴びせてみるか」
◇
明くる日。
俺は月光を十分に取り入れた【世界樹の枯れ葉】を元に、再び【世界樹の紅茶】を煎れてみる。
すると予想通り、【世界樹の紅茶】★★★が出来上がった。
これで永久に色力が+2される紅茶の完成だ。
「やっぱり先日は月光成分が足りなかったのか。一杯500万円、最高級紅茶をがんがん生産できるぞ!」
さて、次は昨日母さんに指摘された紅茶を入れる容器の作成だ。
俺は家のゴミ箱にあったいくつかの瓶を取り出し、技術【七色硝子の貴公子Lv50】の恩恵を借りる。
まずは自分の中でしっかりイメージを作る。
命をかけて戦う冒険者からすれば、頑丈で割れにくい容器に入れるのがベストだろう。だが、頑丈で見た目も美しく、しかも軽いものが作れたら?
「【創世の手】————【風の羽根】、【無色の虹】、【神殿の聖刻】」
【創世の手】は力のある言葉を発することで、それらに関連する造形美をガラスに施せる技術だ。便利だけど、力の言葉の収集や記録には骨がいる。ゲーム時代、夢中になって集めたものは果たして現実でも意味を成すのか?
そんな疑問の答えはすぐに出た。
なにせ目の前にあったガラス瓶が一つに融合し、俺のイメージ通りの形へと進化したからだ。
羽根のように軽く、紅茶の色味が楽しめる透明なガラス。極めつけは神聖さと上品さを兼ね備えた模様が刻まれている。
どこからどう見てもお洒落な瓶だ。
「【世界樹の試験管リュンクス】の都市形態を模倣して、ハーヴァリウムみたいな雰囲気を出せたりしないだろうか?」
紅茶の他に花やハーブなんかも入ればさらに見栄えもよくなるだろう。光に煌めくガラス瓶が愛おしくなること間違いない。
まさに眺めているだけで癒される代物だ。
「ハーブティーみたいだし、受け入れられやすいな。ただ問題は入れる花や葉によって、味や香りが変わったり効能にも変化があるかもしれない」
この辺はゆっくりと試行錯誤してゆこうか。
それこそ異世界産の植物なんかを混ぜてみたら思わぬ効果を発揮するかもしれない。
「あとはダンジョン攻略中に、現地で料理とかできたら便利だな」
そうなると調理道具の携帯が必須だ。
その点、俺には便利な技術【宝物殿の守護者Lv50】というものがある。この技術はいわゆるアイテムボックスで、限界容量まで物を出し入れできる優れもの。他にも様々な効果があるけど、ゲーム時代はアイテムボックスが誰にでもあったから、こんな技術はゴミ扱いだった。
とはいえ、今では便利な技術だと思う。
そんな技術を、俺は前回の配信で使用するのを控えていた。
なぜなら貴重な異世界産の素材を【宝物殿】に入れて、万が一取り出せないといった不都合が発生しないとも限らないからだ。
だから俺は現代調理器具の中でも、特に消失しても良い物から【宝物殿】へと入れてみる。
まずは100均で買ったスプーン。
それから虚空に向けて手を出し、【宝物殿】のスプーンと念じてみると無事に取り出せた。
よし……お次はさっき作ったばかりのガラス瓶や【世界樹の紅茶】を入れてみる。前者は俺の技術で作成した物、後者は間違いなく異世界産の物。
「どちらも無事に取り出せるか」
そうと決まれば調理道具一式を【宝物殿】へとぶちこむ。
さて、諸々の結果に満足した俺は、一足先に異世界課が管理している転送門を目指す。
紅との合流まであと5時間はある。
それまでにやっておきたいこと、それはお茶請けの開発だ。
紅も言っていたけれど、紅茶だけでは味気ない。ならば紅茶に合いそうなお菓子があったら大満足なのではないだろうか?
「きゅっきゅいいー?」
俺が【世界樹の試験管リュンクス】に到着すると、木々の合間から出迎えてくれたのは【空色きつね】だった。
「おおー、おまえはここにも来たりするのか」
「きゅっきゅいいーきゅいーきゅいっ」
「なんだよ、今日はおまえにあげられる肉はないぞー?」
「きゅっ」
どうやら技術【神獣住まう花園師Lv80】のおかげですっかり懐かれてしまったようだ。このまま足元をちょろちょろされても危ないので、口笛と【獣語り】で合図を送る。
すると空色きつねは可愛らしく俺の肩に乗り、極上のもふもふを頬に預けてくれる。
どうやら技術【放牧神の笛吹き人Lv80】の恩恵も活きているようだ。
「きゅきゅきゅっ?」
「あいよー」
そうして俺は空色きつねを肩に乗せたまま街中を歩く。
すれ違う冒険者たちは物珍しそうに空色きつねを眺め、一撫でさせてくれとお願いしてくる人もいた。しかし、俺以外の人間が手を伸ばすと牙を剥き出し、全身の毛が逆立ったので丁重にお断りさせてもらう。
「そういえばお前って呼ぶのもなんかなー……落ち着いたら名前をつけてもいいか?」
「きゅっっきゅっきゅいいい!」
「気に入ってくれたか、後で考えておくな。お、こんなところに鳥の巣があるな」
「きゅっきゅっ」
「取り過ぎはダメか。わかったわかった」
草葉に隠れた鳥の巣から五つある卵のうち二つだけ拝借する。
親鳥を思うとさすがに全部は取れないしな。
さっそく審美眼で卵を観察してみる。
【朝日に還る不死鳥の卵】
『なりそこないの世界樹を住処にする不死鳥のなれの果て。遠い祖先が不死鳥ではあるが、その不完全さから朝日を浴びると卵に戻ってしまう。日が落ちると【夜に咲く不死鳥】となり、羽ばたくたびに舞い落ちる炎と黄金の燐光が、世界樹の街灯に光を灯す』
あー……【世界樹の試験管リュンクス】が夜になると、淡い光の粒子みたいのが降り注ぐのは、この鳥のおかげだったのか。しかもここの街灯的な存在だったわけだ。
やはり取りすぎるのは良くないな。
さらに世界樹の天辺付近にも鳥の巣がいくつか散見されたので、猿のごとく木登りの真似事をしてどうにか二つほど採取する。
【金冠鳥の卵】
『英雄の卵へ、朝を告げる黄金の鶏。その卵。黄金に近い性質であるため、食すにはそれなりの工夫が必要』
むむ。【審美眼Lv99】でも網羅できない説明文とは……【金冠鳥の卵】は素材ランクがかなり高いのかもしれない。
「具体的な調理法が両方とも判明してないのが痛いな……」
それにしても裏ステータス『発見力+740』ってのはどれぐらいの性能なんだろうな?
また、他にも素材発見に有利な技術などが存在するのならぜひとも習得してみたいところだ。ゆくゆくは他の冒険者と交流して、情報交換するのも悪くないな。
いずれはお互いのレシピを持ち寄って料理ギルドとか美食会なんか作ったり、お茶会を開くなんてのもありだなあ……捗るスローライフ。
『こっちを探せっち』
『あっちも探せっち』
『働くっち』
ん……?
俺のスローライフな妄想が幻聴を生み出したか?
『女王様が栄養を欲しているっち』
『食べ物探せっち』
『蝶の死骸を発見っち』
『よし、運べっち』
いや、これは幻聴ではない。
確実に聞こえるぞ。
なので俺は試しに語り掛けてみる。
おーい、そこに誰かいるのか?
『む? 人間のくせに話せるっちか?』
『人間、こっちこっち』
『どこ見てるっちか』
お、えーっとどこだ?
『下っち』
言われるがままに足元を見れば、拳大のありんこが3匹いた。
でか! いや、そのままリアルな蟻がこのサイズならキモいんだけど、なんか妙にデフォルメされているデザインで……目とか真ん丸ポツンでちょっと可愛い。
蟻……だよな?
『僕らはシュガーアントっち』
『甘いものは嫌いだっち』
『この栄養満点な巨大樹に住んでるっち』
『女王様がご飯をご所望っち』
技術【万物の語り部】は空色きつねみたいに何となく言ってることがわかる種族もいれば、こうやって具体的に言葉として認識できる種族もいる。
シュガーアントは後者のようだ。
ん、シュガーアント……? そういえば昨日の配信中に手に入れた【金蜜虫の死骸】が大好物なんじゃなかったっけ?
ってなわけで、これ、あげようか?
『金蜜虫っちの死骸っち!』
『にがーい蜜の虫っち!』
『女王様の大好物っち!』
シュガーアントたちの反応は良好だったので【金蜜虫の死骸】をあげてみる。
『お礼に僕らのうんちっち!』
『受け取るっち!』
『甘いのは無理っち! いらないっち!』
ころころとした金色の粒をお尻っぽいところから三つも出してくれるシュガーアント。
審美眼で見ると【金砂糖】と表記されていた。
おお!
さらに【金蜜虫の死骸】を追加で1つあげると、さらに【金砂糖】を3ついただけた。
異文化交流ならぬ、異種交流ってやつか。
『虫語り、できる人間初めてっち』
『またよろしくっち』
『これで女王さまも喜ぶっち』
こちらこそありがとう。また取り引きを頼むよ。
さてさて、金砂糖とはいかがなものか。
【金砂糖】
『黄金樹に生息するシュガーアントのふん。神の模倣者リュンクスによって誘われ、世界樹の枝葉に移住したらしい。シュガーアントが生成する金砂糖は、洗練された甘みで神の思考をも溶かすと言われるほどの絶品である』
シュガーアントから貴重な素材を手に入れた俺はだいたい何を作るか決めた。
あと足りない物といえば……油と薄力粉、牛乳ぐらいか。
同じような物はないかと【世界樹の試験管リュンクス】の中でも商店が軒並みを連ねる区画へ移動する。そこで調味料や食材屋らしき店を覗くと、お目当ての3品はあった。
「いらっしゃい」
感じの良い異世界人だ。
「えーっと……『食用油』と『ホットケーキミックス』、『牛乳』をもらえないか」
「あいよ。食用の『燃える水』は一瓶、800円。『ホットケーキミックス』は一袋500円、牛乳ってやつはないが『ミノタウロスの乳』なら2万だ」
「2万……?」
ミノタウロス、ミノタウロス……モンスターだよな?
筋骨隆々の牛人間みたいなやつ?
「なんだあんちゃん、文無しかよ。っでも、よさそうな獣を乗っけてんな。毛皮になめしたら、かなりの値がつきそうだぞ……?」
おっと。
財布を確認すると3000円しか入っていなかった。
うーん。銀行からおろしてくるのもなあ……。
「あ……えーっと、こちらを売ったりとかできます?」
どうにかお金になりそうな物を先ほど採取した素材からピックアップ。
「ほう! こりゃたまげたな! 【金冠鳥の卵】なら1つ20万で買ってやるぜ」
「20万……!? え、えーっと、じゃあ一つお願いします」
少し惜しい気もしたけど、また時間を置いて取りにいけばいいのだから、一つだけ売り出して目当ての食材を複数ずつ購入する。
そして残り18万の札束は【宝物殿】へ入れておく。
「毎度ありい!」
さて、全てはそろった。
いよいよお楽しみの料理タイムだ!
「今日はおまえに試食をしてもらうとするか」
「きゅっきゅっきゅー!」
嬉しそうに鳴く空色きつねをもふもふしてやった。
すると気持ちよさそうに目を細めるので、もっともふもふしてやった。
なんだろう、このもふもふの中に手がすーっと沈んてゆく感触。
これ、好きだなあ……うん。
自分が沼にハマってゆく心地よさ————
ありがとう、空色きつね。
俺、お前のためなら寝ずに料理だって頑張れるかも。
「きゅぃー」
俺はもふもふとウッドハウスに戻り、集めた素材を並べる。
まずは底の深いボウル型の木皿へ、【金砂糖】と【無色に堕ちた蜜】を入れ軽く混ぜる。それから【ミノタウロスの乳】と【朝日に還る不死鳥の卵】を加え、再びささっと混ぜる。
「甘味の宝石と液体、とろみのある卵と牛乳のイリュージョン。綺麗なクリーム色だぁぁぁ……」
最後に【ホットケーキミックス】を投入し、シャカシャカと混ぜれば少し粘り気が出てくる。仕上げに家から持参したバターやバニラオイルを少々加えてゆく。
「うん、濃厚な甘い匂いがたまらない……これぞ金に艶めく生地……黄金生地のできあがりだ」
俺は四角いフライパンを手に取り、【燃える水】を少量敷いて弱火で炙る。
「あとは卵焼きを作る要領で……」
【燃える水】を備え付きのクッキングペーパーでふき取り、黄金生地をうすーくとろーり流す。
黄金色から焼き色が加わり、ふわふわになったタイミングを狙う。丸棒を乗せヘラを使いながらクルクルと巻いてゆくのだ。
くるくるふわっ。
ふわもちくるっ。
「うん、形は上々」
巻いたことでフライパンに空きスペースができ、そこに【燃える水】の染み付いたクッキングペーパーをささっと滑らす。そしてまた黄金生地をとろーっと流し、ほんわりと小麦色に仕上がった時に、先ほど巻き上げた物と絡ませる。
再び同じように巻き巻き。
これを何度も繰り返せば、幾層もの黄金色が連なるお菓子————
ふっくらバウムクーヘンの完成だ。
—————————————
【黄金樹のバウムクーヘン】★☆☆
不死鳥の不死性は辛く、ミノタウロスの強靭性は苦い。両者の力を継ぎつつ、見事な味に昇華させたのが金砂糖と世界樹の蜜。芳醇な甘さと柔らかい舌心地を堪能させてくれる黄金バウムクーヘン。稀に特定の生物を輪廻転生させる。
基本効果……食べると30分間、命値+4を得る。
★……30分間、力+2を得る(この効果は重複しない)
★★……信仰を即座に2回復する。
★★★……天候:タイプ朝の場合、食後から60分以内であれば死んでも復活する
—————————————
「ほう……これはぜひとも★3料理を作り上げてみたくなるな。死んだ者を生き返らせられるとか、ん!? 生き返らせられるの!?」
紅の黒い笑みが脳裏に浮かぶ。
いやいや、あいつじゃなくて権力者のか?
うっわー、まじで紅と契約しててよかった……こんな物が世に出たら、間違いなく大事になっていただろうし……俺の身だって危うかったかもしれない。
しかし今や夕姫財閥が俺の後ろ盾! 安心してお金稼ぎができるぜ!
命は金で買える! 救える! やっふい!
「おっと、お金の計算よりもまずは味だな。味が良くなくては全て台無しだ。うちのお嬢様は味にうるさそうだし」
そうして出来上がった一品を輪切りにしてゆく。
しっとりと刃が沈み、そのふわふわっぷりは一流を超えているように思える。
それではいただきます!
「もっふもふのふわっふわ……からのまろやかな甘みが口内いっぱいに広がる……だと!?」
しかし、しかしだ。
何かが物足りないと俺の直感が告げている。
確かに味も食感も申し分ない。けれど、こう、今のままでは甘ったるさだけが口の中に残ってしまう。そこで爽やかな紅茶を一口入れれば、無論何ら問題はないのだけれども……このバウムクーヘン単品で食が完成したとは思えない。
「そうだ。柑橘系の果汁なんかを入れて、すっきりした味が再現できれば無敵なのでは?」
思い立ったが吉日、商店へ即座に赴きレモンやオレンジに該当しそうな果実が売ってないか探す。
「レモンかオレンジってありませんか?」
「レモン? そんなものはないな。羅門って果物ならあるぜ」
「ラモン?」
「ああ。遥か東方に武士の国があってな。地獄に繋がる羅生門ってのが出現して滅亡寸前らしいんだが、その羅生門の瘴気に当てられて周辺の植物が変異したらしいんだよ」
「なんだか大変なことになってますね」
「人類が安全に生活できる黄金領域はどんどん滅んでっからなあ……」
だから地球の冒険者と協力関係にあるんだっけ。
「それでラモンとは?」
「おう、羅生門付近で変異した果実がラモンってわけよ」
「えぇぇぇ……それ食べて大丈夫ですか?」
「瘴気といっても魔力を過分に含んでるだけらしいからな。過剰摂取しなきゃ問題ないって話だ。味はドが付くほど酸っぱくてキツイが、武器の手入れには重宝されてるぞ」
「酢? クエン酸に近しい物なら錆取りに役立つのか? とにかくそれ、いただきます」
300円でラモンとやらを購入。
審美眼で調べておくのも忘れない。
【羅門】
『羅生門の濃い魔力を浴びて突然変異した異国の酸っぱい果物。人間には強すぎる激物であるが、武具に塗ると錆びを防げるので重宝されている』
「見た目はまんまレモンなんだよなあ……」
俺はさっそく先程のバウムクーヘンを作った手順に、『羅門』の果汁を絞って加える。
:【黄金樹のバウムクーヘン】★★☆が完成しました:
名前の変化はないけれど、品質が★2になった。
そして味見をすると————
「んぐっ」
ふんわりと甘みの中にひそむすっきりとした味わい。
「もふっ、まふっ」
一度でも咀嚼すれば、ほろっと口の中でとろける食感がたまらない。
羅門によって一切パサつきのない、雅なしっとり感が実現できた。
「これだ、俺が求めていたのはこれだ」
うーん、最高。
あとは木漏れ日が差し込むウッドデッキでティーセットを広げ、バウムクーヘンと紅茶があれば俺の理想とするティータイムは完成する。
「きゅっきゅきゅー?」
これまでそばで、ずっと大人しく待っていた【空色きつね】が遠慮気味に主張してくる。
もうできたの?
完成したの?
食べていい?
そんな思念が飛んでくる。
控えめに言って、おりこうさんすぎるぞおおおおお。
「ほら、おまえも食べていいぞー」
「きゅきゅいーッッ! きゅっ、きゅっ、きゅっ……!? きゅっ……!?」
ちょこっとだけバウムクーヘンをパクつき、全身の動きが一瞬だけ止まる空色きつね。それからまたパクつき、またもや静止する。
それから尻尾をバサバサッとふりふり。
両耳をピコピコ動かし————表情がふにゃーっと溶てしまった。
「くーきゅー……」
めちゃめちゃ可愛いきつねここに爆誕。
「あ……、本当に、いたです……」
なんて空色きつねの尊さに夢中になっていると、背後からぽそりと声が落ちる。俺が振り向けば、そこにはミディアムボブの女子がいた。
目の覚めるような銀髪、しかし前髪が目にかかっていてその表情は上手く読み取れない。ただ、口元のすぐそばには妙に艶めかしいほくろが一つある。目が見れない分、なぜか視線がそこに吸い寄せられる。
彼女は身体を柱に半分隠しながら、こちらをおずおずといった様子で凝視しているようだ。
「あ、あの……とっても美味しそうな匂い、です?」
何を考えているかはわからないけれど、体のラインが妙にわかるタイトなニット装備でもじもじされるのは少しだけそそられる。なにせ彼女のボリューム感たっぷりな二つのたわわがこれでもかと主張してくるのだ。
俺はどうにか意思の力を総動員し、視線を彼女の顔へと戻す。
「あー……どうかされましたか?」
俺の問いに、おずおずといった具合で彼女は要件を口にする。
「ど、どうか、僕に、その美味しそうなバウムクーヘンを、一口だけください! じ、実はさっきからずっと見てて、どうしても……どうしても、食べたくなってしまって……」
なるほど。
この巨乳さんは俺の作ったバウムクーヘンをご所望か。
お目が高いな。
あれ?
これってもしかして丁度いい機会なのかも?
味見を自分でしたとはいえ、女子の意見を聞いてはいなかった。うちのお嬢様は、それはそれは求めるハードルが高い。紅の口に合うかどうか、この女子の意見を聞くのもありでは?
「一つだけでよければ、どうぞどうぞ」
すると銀髪巨乳さんの口元がふわりとゆるんだ。