106話 夏休みの始まり
お久しぶりです。
おまたせしました!
【鈴木さんちのダンジョン】崩壊事件。
【天秤の世界樹】モンスタースタンピード。
この二つ災害を乗り越えた【にじらいぶ】は、世間で一躍話題になった。
特に埼玉県で一般人にも被害が及んだ、【鈴木さんちのダンジョン】崩壊で人命救助に携わった『手首きるる』や『紫音ウタ』、そしてナナシの俺も自衛隊から感謝状などをいただいた。
また、『ぎんにゅう』や『海斗そら』、『闇々よる』も【天秤の世界樹】にて多くの冒険者たちを守ったとし、日本政府管轄のパンドラ課で表彰された。
そんなわけで一般のメディアにも【にじらいぶ】の特集が組まれたりして、6月は各所から引っ張りだこになった。
我らが社長の紅はこの快挙にご満悦のようで、【にじらいぶ】のさらなる飛躍を目指している。
「みんなよくここまで頑張ってくれたわね! さて、夏の一大イベントに備えて、ライバーのみんなには英気を養ってもらうわよ!」
紅は各演者に一週間の休みをくれた。
そこには俺も含まれていて、俺たちにとってちょっと早めで短い夏休みだ。
夏休みを控えた七月の段階で、休みをもらえるのはありがたい。何せ夏休みが来れば多くの学生に時間の余裕が生まれる。つまりライバーとして、見てもらえるチャンスが増えるわけで、活動も本格化するのだ。
「レオだけは引き続き業務を続行すること。いいわね?」
紅は、裏方として新しく加入した獣人のレオ君にだけ休みを与えなかった。
「っす、っす。FPS系のゲーム配信はメスガキ属性と相性がいいっすから、ヤミヤミさんに采配っすね。1キルされるごとに、ヤミヤミさんの恥ずかしいSSを暴露する罰ゲーム企画で————ウタさんの単独ライブの日程調整はOKっす。あと箱の抑えと、告知のフライヤーは————」
頼もしいレオくんが動いてくれるおかげで、俺たちは休みをもらえる。
ライオンの獣人? で屈強な体つきのモフモフが背を丸めてパソコンをカタカタしてる姿はちょっと可愛らしい。
「レオ君。本当にありがとう。何か欲しい差し入れとかあったら、遠慮なく言ってほしい」
「っす! ナナシの兄貴! 俺様は【極彩鳥のあぶり焼きレモン】が欲しいっす!」
「わかった。折を見て料理できたら持っていくな?」
「よっしゃああああああああっす! えーっと、きるるさんの告知プロモーションの編集は業務委託の方に回して随所チェックを————」
レオ君は【にじらいぶ】に入ってから必死に頑張ってくれている。
たまに追い詰められると『ウガアアアアアアア!』と雄叫びを上げ、きゅーやフェンさんとジャレついて大地を削りまくる光景も微笑ましい。
修行だなんだと、仕事のストレスをしっかり発散している彼を見習うべきかもしれない。
ちなみにレオ君は六つの腕を持つライオン形態にもなれる獣人らしくて、けっこうかっこよかった。
こうして諸々の打ち合わせを終えた俺は家に帰宅する。
明日からの休暇は何しようかな~とか、学校に行くのめんどくさいな~とか、久しぶりにダラダラとリビングで過ごす。
「ふわあぁぁ……クーラー最高」
「きゅううー」
「ぴよん」
胸ポケットから出てきた子ぎつね状態のきゅーと、白ひよこ形態のぴよも俺に激しく賛同している。
初夏とはいえ、もはや外気温は化け物級でしんどすぎた。
その分、クーラーの素晴らしさに改めて気付ける幸せ!
高度経済成長期に、頑張って三種の神器を普及してくれた昭和の日本人に感謝!
「ふわぁぁ……ぼーっとテレビでも見るかあ」
「きゅい?」
「ぴっよっよ」
「そうか~アイスでも食べながら見るかあ~」
なんともなしにニュースをつけると、異世界関連っぽい内容が飛び込んできた。
『昨日の午後14時ごろ、群馬県高崎市で【雲の巨人】なる超常現象が発生しました』
『多くの人々がこれを目撃しており、カメラが捉えた一部始終を提供いたします』
ニュースキャスターの指摘通り、不可思議な映像がモニターに流れる。
夏の青空に忽然と現れた真っ白な巨人が、ゆっくりと彷徨い歩く異様な光景だ。
大きさからするとスカイツリーを有に超える高さで、こんなのが真昼間から出現したら大騒ぎにもなるだろう。
『なお、目撃証言によりますと【大雲のようにふわふわした巨人だった】、【足跡が丸いクレーターになった】、【しばらくして入道雲になった】とのことです』
『実際に【雲の巨人】が歩いたのは二十三歩に渡り、その全てが隕石でも落ちたかのような丸いクレーター跡になっております』
『直径30メートルほどのクレーターに巻き込まれた家屋、施設はおよそ100棟近くに及びますが、不思議なことに死傷者数はゼロです』
最近、異世界だけでなく日本でもこういうニュースが多いな。
それにしても入道雲が巨人ねえ。
都市伝説みたいな話だけど、これが現実かあ。
夏、夏だなあ……。
「きゅーとぴよは白い巨人を知ってるか?」
「きゅきゅー?」
「ぽぴっぷ?」
「だよなあ……俺だって皆目見当もつかないよ」
なんて呑気に二匹と話していると、義妹の真白と真冬がリビングに顔を出してくる。
「お兄、帰ってたんだ。うわ、相変わらずひよことキツネに独り言つぶやいてる。大丈夫? お仕事やばいの?」
「そういえば兄さん、くまちゃんに返事はしたの? 私たちにまで連絡きたけど、早く返さないとやばいかも?」
「ん、くまって熊野彩夏のことか?」
義妹二人が口にしたのは懐かしい名前だった。
「お兄の数少ない友達でしょ?」
「兄さん、大事にしないと」
ふと昔のことを思い出す。
そういえば小学生の頃はよく、彩がうちに遊びに来てたな。
ここ最近は忙しすぎて、プライベート系の連絡に目を通していなかったっけ。
スマホを確認してみると、確かにそこには彩からの連絡が数件に渡って来ていた。
「ん……?」
『ずーっと無視かよ』
『ナナひどい。幼馴染だと思ってたのに』
『ネトゲであんなに遊んだ日々を忘れたのか』
『裏切者』
『わかった。あんたの正体をネットにバラすから』
不穏すぎる連絡だった。
◇
ガンガンにクーラーを効かせた薄暗い室内で、PCモニターをじっと見つめる少女がいた。
薄手のパーカーにショートパンツといったゆるい部屋着姿ではあるけれど、彼女は10人が見れば10人が美少女だと思う美貌の持主だった。
そんな美少女が今は、その美貌を悔しそうに歪めながら食い入るようにモニターを見つめている。
「ナナのやつ……おれは学校にも行けずに引きこもってるに……」
彼女が見入ってるのは最近話題になっている【にじらいぶ】の動画だ。
「ナナはパンドラに、日本に大活躍ですか……おれの連絡をずっと無視してね」
彼女の顔は複雑な色に彩られていた。
主に悔しい、寂しい、切ないが大半を占めているようだが、そっとフードを目深にかぶり自らの感情を隠してしまう。
「あっ、いいこと思いついたかも」
それから彼女は【にじらいぶ】の動画や配信に、カタカタとコメントを打ち込んでいく。
『ナナシちゃんは小学生の頃、二日連続でおねしょした』
『ナナシちゃんはアイスのボリボリ君のアタリ棒を取られただけで泣いた』
『ナナシちゃんは近所のお姉さんに逆バレンタインをした黒歴史持ち』
『ナナシちゃんの正体をバラしちゃおっかな~』
ひとしきり、七々白路桜司という人間が辿ってきた幼少期の恥ずかしいネタを打ち込んでいく。
それでも彼女の心の渇きは満たされず、ただただ虚しさだけが重っていく。
「ナナのやつ……返事かえせよ、ばかやろー……」
そんな折、一件の通知が彼女のスマホを鳴らす。
彼女はすぐにその内容を見て、とてもとても嬉しそうな笑みを咲かせた。




