104話 にじらいぶの力(物理)
手首きるるによる生配信は、もはや鬼神のごとき執事を捉えるので精一杯だった。
ナナシちゃんを筆頭に屈強な冒険者たちが、敵のゾンビ武者を駆逐してゆく。さらにナナシちゃんの陣頭指揮の下、味方と思われるゾンビ武者が柴田勝家の軍勢を蹴散らしてゆく。
:か、かっこよすぎて……おれ、ナナシちゃんが男に見える
:偶然だな。俺もだ
:すげえかっこいい
:ここまでがんばったきるるんも、全部もってくナナシちゃんも最高だあああ!
:てか前から思ってたけどナナシちゃんって最強だよな
:料理もできてモフモフに好かれて強くて可愛くてかっこいい
:脱ぐとすごい
:全属性持ちwww
:そんな全属性持ちが欠けてる場で、今もがんばってる娘たちがいるのを忘れてないか?
:あっ! 【天秤樹の森】スタンピードか!
:ぎんにゅう、そらちー、ヤミヤミ!
:もう川越はナナシちゃんに任せてれば大丈夫だろ
:【天秤樹の森】の方はどうなん? たしか冒険者がけっこう殺されてるんだろ?
:おっ、そらちーが配信してるっぽいぞ!
:見に行くか!
こうしてナナシちゃんに寄せられた圧倒的な信頼感によって、リスナーたちの興味は【天秤樹の森】スタンピードへと移ってゆく。
今回のスタンピードは急に大量発生した獣たちに、冒険者が次々と狩られてしまったという事件が発端となっている。
慌てふためいた冒険者たちは、獣たちに追われるように【天秤の世界樹】へと避難した。なぜならそこには【にじらいぶ】が運営しているドラゴン牧場があり、この黄金領域最大の戦力が集結しているからだ。
決してぎんにゅうのたわわに実った双丘を一目見たい、といった邪念から集まったわけではない。みな、助かりたくて必死なのだ。
:おー……地の利はこっちにあるな
:登ってくる獣たちを上から狙い撃つって感じか
:にしても数が多いな
:世界樹ごと燃やされたりしないんかね?
:その辺は全力で阻止って感じなのか?
『みんな、呼吸を合わせて! ぼくについてくるです!』
ぎんにゅうは白竜や三匹の幼竜と力を合わせ、巧みに獣たちを遠ざけている。
そして時々、白竜の背に乗っては、その手に握る槍で獣を貫いていた。
:ぎんにゅうのドラゴンテイマーっぷりがやばいな
:ここぞって時に頭上から強襲できるのは強い
:普段の頭ゆるゆるとギャップがすごすぎる
:白い竜はなかなかの大きさでかっこいいわ
:幼竜たちも、竜なだけあってブレスの心強さが素晴らしい
しかし、そうはいっても獣たちの数は多すぎた。
他の冒険者たちも必死に【天秤の世界樹】から攻撃を仕掛けているものの、中には火を吹くタイプの獣いる。すると世界樹に火の手が上がるのは必然だ。
巨大すぎる天秤樹だから、燃え尽きるまで何時間もかかるだろう。
とはいえ、いずれ燃え崩れる場にいるという不安は、著しく冒険者たちの精神力を削る。
『————【蒼天の御使い】————【水龍の四肢舞い】』
しかし、にじらいぶの青担当ことそらちーが宙を滑空しながら、ピンポイントで水撃を浴びせてゆけば火の手はみるみる弱まっていく。
:いやいや空を飛べるとかヤバすぎw
:そらちーもぎんにゅうも普通にやってるけど、まじで強すぎだろ……
:もしかして、【にじらいぶ】って竜の数だけ空中戦ができるようになるんじゃね?
:まさかこういう時のために竜を育てていたのか!?
:【にじらいぶ】恐るべし
:とはいえ数の暴力で押し切られそうだよなあ
:【にじらいぶ】が出張ってる箇所は優勢になるけど、全体的に押され気味だな……
:うわ……今、【神殿】の人が真っ逆さまに落ちていった
:この高さは助からないだろうな……
『【人形兵】たち! 20人で東の方へ援護に行きんしゃい! 武装変換は長槍でお願いっちゃ!』
ヤミヤミが鋭い命令を出せば、【人形兵】たちが苦戦を強いられた冒険者たちの援護に向かう。
防衛線が崩壊しそうで崩壊しないのは、一重にヤミヤミの采配によるものが大きい。
:ヤミヤミ……まじで人形たちの女王やってるやんw
:三百体ぐらいはヤミヤミの指揮下にあるよな……?
:ヤミヤミいなかったらとっくに【天秤の世界樹】陥落してるだろw
:つーかきるるんの時も思ったけど【にじらいぶ】のみんな強くね?
:異様に強い
:普通にトップレベルの冒険者じゃん
:戦い慣れてるし、状況分析力にも長けてるし、可愛いし
:明らかに他の冒険者を牽引してるよな
リスナーたちが【にじらいぶ】を賛美するなか、彼女たちの輝きに揺らぎが生じる。
『グォォォォォオオオオ!』
『フシュルルルゥゥゥゥ!』
『ギャァァアオオオオオ!』
【にじらいぶ】の輝きを奪ったのは、顔と四肢は百獣の王であり、背には│蝙蝠の翼が、尾は毒サソリのそれを持つ化物だ。
そいつは白竜を凌ぐ巨体とスピード、そして力と毒を合わせ持った【人喰いの合成獣】。まるで他の獣たちを率いるように襲い掛かり、あっという間に防衛線を破壊してしまった。
『ぐあああっ!?』
『やばい、にげろおお』
『も、もうダメだっ!』
【人喰いの合成獣】の一撃で複数人が吹き飛び、冒険者たちの血と肉が飛び散る。化物を前にして、冒険者の一角は脆くも崩れ去った。
『ピヨちゃん、いくです!』
『ピッピヨッ!』
ぎんにゅうと白竜が応戦するも、毒針に刺された白竜が地に落ち、その衝撃でぎんにゅうも大ダメージを負ってしまう。
『させないよ! 【蒼天の御使い】!』
そんな惨状に気付いたそらちーが突貫をしかけるも、【人喰いの合成獣】が誇る漆黒の翼が起こす強風によって、体勢を崩しそのまま吹き飛ばされてしまう。
空中で姿勢を制御できないまま、そらちーは大樹に頭を強打して失神寸前に陥ってしまう。
『落ち着いて! 【人形兵】たち! まずは槍で牽制しながら包囲して、動きば止めんしゃい!』
ヤミヤミの指示は的確だったが、相手の能力はそれを上回っていた。
百獣の王が口から吐いたのは強酸。そして毒霧をもまき散らす。人形であれ人間であれ、等しく倒れ伏してゆく。
毒霧の範囲内にいたヤミヤミもついには痺れに侵され、膝をついてしまった。
『————はぁっはぁっ、キツいです……』
『————さすがに厳しいかも……?』
『————こげんところで……悲しか……』
【にじらいぶ】が折れてしまえば、もはやこの場の冒険者たちを支える者はいなくなってしまう。希望が潰え、絶望が支配する。
そんな誰もが悲壮感だたよう状況で————
唐突に、あまりにも場違いすぎる声音が落ちる。
「みなさま、新しい食材が手に入りましたので。どうかお喜びください」
流星のごとき勢いで、ズドンッと【人喰いの合成獣】の脳天を突き刺したのは燕尾服をまとった執事だ。
:ナナシちゃんwwww
:開幕の一言がそれかww
:たしかにソイツも食材になっちゃうんだろうけどさw
:初手、ワンパンキルw
:ナナシちゃんのご到着だああああ!
:よがっだああああああ!
:みんなよくがんばった!!
:よし。もうあとは安心して見れる
:めでたしめでたし!
:これが……【にじらいぶ】の力か……
:控えめに言ってすごすぎだろw
書籍化が決定いたしました。
ここまで【にじらいぶ】が駆け抜けてこれたのも、読者の皆様のおかげでございます。
まさに読者さま一人一人の存在が、【にじらいぶ】の力になっております。
拙作を支えてくださり誠にありがとうございます!!!
詳細は活動報告やTwitterなどで定期的にご報告いたします。




