101話 レベル0の刃
昨日は他作品の新話を間違えてこちらに投稿してしまいました。
Twitterやコメントでお知らせいただきありがとうざいます。
まさに誤配信でした!
気を付けます……!
夜明け。
白み始めた東の空を見つめながら、各々が覚悟を決める。
「騎馬隊は丘が有利とはいえ……これでは逃げ場などないのう! 暴れるのみじゃ!」
「決死の戦いってやつかあ。わるくねえ!」
【夕闇鉄鎖団】と【豪傑】は突き抜ける地平を見下ろし、豪快な笑みを浮かべていた。
軍議の結果、俺たちが布陣したのは小高い丘の上だった。
騎馬は上から下へ駆けた方が速度も上がり、その突破力は脅威的になる。さらに弓による攻撃は高所のようが有利で届きやすい。しかし、それも兵数に差がありすぎなければの話。
敵軍はこちらの約8倍以上。
丘をぐるりと囲って包囲されたらまず逃げ場がなくなる。
さらにジリジリと弓などを絶え間なく射かけられた場合、数の暴力によって大損害を被るのは目に見えていた。
それではなぜ、標的になりやすい丘を布陣場所に選んだのか。
その理由は————
「どうもどうも、ナナシ殿。頼みましたよ」
「プレッシャーを与えるつもりはないのですが、私たちの命運は貴方にかかっています」
「うまく誘導お願いしますよー、ここは目立つ場所ですからねー」
丘は敵にも味方にも目視しやすいからだ。
鈴木さんと皇城さん、そして【果てなき財宝】たちが俺とウタを見送ってくれる。
「…………みなさん、どうか御無事で」
「大丈夫です。私の十字架に賭けて、敵を浄化し続けると誓いましょう」
「どうもどうも、ナナシさんとウタさんこそお気をつけて。共に生きてここを出ましょう」
ウタの願いに【十字架の白騎士】と鈴木さんがやさしい笑みを浮かべてくれる。
それからウタと俺はフェンさんときゅーに乗り、全速力で疾駆した。
敵軍が来る前の、戦友たちが残る陣を後にしたのだ。
◇
「……ウタ様、フェンさん、きゅー、行けますね?」
「もちろんですわ」
「グルゥゥゥ……あの程度の雑兵、我の相手にすらならん」
「きゅぅぅぅぅー!」
俺が見据える先には一つの御旗が立っている。
その家紋は『丸の内に二引両』、駿河の守護大名を表している。
「かつて織田信長と桶狭間の戦いで敗れた戦国大名……今川義元の軍勢、見つけたぞ!」
俺たちはおよそ1万3000人を超える大軍勢に、たった2人と2頭で仕掛けた。
速度はフェンさんときゅーに乗っているから十分にある。
あとはド派手な一撃を決めて、即座に反転すればいい。
ただ、ただ、それだけの繰り返し。
それだけのはずなのに、軍勢の波が近づくにつれて、それは容易ではないと悟る。
「おう? 何者ぞ!」
「面妖な……獣なり! 獣がきよるぞ!」
「法螺貝を鳴らせ」
今川の陣にブォォォンブォォォオンっと開戦の合図が響き渡れば、彼らは即座に臨戦態勢に移行してゆく。
その迅速な対応は目を見張るものがあった。
練度がすさまじく高い。
「ウォォォォォォォッォォォォォォオオオオオンッ!」
が、こちらの初撃を担うのはフェンさんだ。
整いつつある陣形に楔を打つように、凍てつく刃が降り注ぐ。
【氷刃百景】。
大地に突き立つ無数の氷刃が、敵軍の足を止め、息の根をも止める。
浮足立つ今川軍にさらに追い打ちをかけるのは、きゅーとウタだ。
「きゅうううううううん!」
「我が色力と共鳴なさい、音亡き一閃、雷々来々の歌————【紫紺の歌劇団】!」
きゅーの鳴き声が巨大な雷槌を形成し、空を叩くようにゴロゴロドンッとゾンビ武士たちを叩き潰してゆく。
【神雷の戦槌】の一振りに巻き込まれたゾンビ武士たちは、容赦なく黒焦げのひき肉になってしまう。
さらに【千獄の鍛冶姫】から譲り受けた【紫紺の歌劇団】の効果をウタが発動させた。
広範囲に渡って爆音が鳴り響き、その音が届く限りに紫電が駆け巡る。
信仰を10消費する代わりに発動できる大技だ。
きゅーがドコドコ太鼓の打ち手なら、ウタは縦横無尽に主旋律を奏でる琵琶弾きだろうか。
呆気なく今川軍の先鋒は瓦解した。
しかし、それも数にしたら数百程度。
千の被害を出すのはかなわない。
だからこそ俺は大音声で名乗り出る。
「我等は織田一門! 今川義元の首を討ちとりに参った!」
「たかが獣と二人、のみだと!? 義元さまの首を取れるものか! なめるのも大概にせい!」
「やってみなければわからないぞ!」
そう宣言して俺たちは一撃離脱を繰り返す。
時に大きく後退したり、時に危うい橋を渡り切る。
「はっ! 口だけは達者よな! 見よ、臆病風に吹かれて逃げ惑っておるわ!」
ダンジョン【戦国屋敷】に来て何度かやった戦法だけど、ほぼ単騎駆けでの奇襲は非常に危ない。今までは他のパーティーの援護があってこそ、安定して挑めたけど……正直言って怖すぎた。
「ウタ様っ、危ない!」
ついに敵方はきゅーの移動速度を予測して、矢を放てるようになる。
こちらのスピードに慣れてきたのだろう。
だが、俺はウタを捉えた鋭くも激しい矢の雨に、【千獄の鍛冶姫】からいただいたレイピアの切っ先を向ける。
「我が色力を糧とし、無数の空虚を弾き出せ————【魔剣:無色の連弾】!」
無色の空撃が、矢のことごとくを弾き飛ばす。
「ぬぬ……小癪な……ええい、あの者らを撃滅せよ! なんとしても首級をあげるのじゃ!」
時間がない。
もうすでに織田軍は伊達軍と向き合ってるかもしれない。
下手したら開戦しているかもしれないし……すでに全滅しているかも……。
急げ、急げ!
俺は嫌な思考を振り切るように、必死に敵の猛攻を凌ぎ続けた。
◇
見えた……!
目立ちやすい丘の上を目指し、俺たちは一心不乱に駆け続ける。
「……戦は始まっていましたか……」
丘の上に陣を敷いた伊達政宗軍は、先発隊と思しき敵軍とすでに剣を交えていた。
あの旗は……なるほど、真田幸村か。
4000人対4000人。
初戦は地の利がある分、伊達軍が有利。
だけど、丘をぐるりと囲むように布陣しているのは、豊臣秀吉と……嘘だろ、明智光秀の旗まで加わってる……?
明智軍は約1万人……?
じゃあ織田軍は総勢4万4000人じゃないか……。
いや、落ち着け。
こっちにはちょこちょこと鼻っ柱を叩き続けられ、怒り狂った今川軍が大挙している。
その軍勢をそのまま横合いから————
そこで俊敏に動いたのは豊臣の軍だった。
絶対に信長への攻撃を許さない、といった気迫を感じる。
「織田ああああああああ! そっ首打ち取ってくれるわあああああ!」
「笑止! 貴様らごときが、殿に届く刃など持ち合わせておらんだろうに! この豊臣がお相手いたす!」
これでようやく今川軍1万1500と豊臣軍1万がかち合った。
それでもすぐ横には明智光秀の軍が1万、そして本陣の信長軍は2万もいる。
真田幸村と伊達政宗はやや伊達軍が優勢に見えたが、それも明智軍の横やりが入り一気に不利な状況に陥っている。
本陣の織田信長に動きはない。
まるで何かを待っているかのような不気味さをはらんでいた。
俺たちは戦友の心配もそこそこに、フェンさんときゅーの機動力を活かして戦線を離脱。次の援軍を用意しないと……勝ち筋はない!
どうか、どうか、もってくれ!
俺たちは決死の思いで駆け続けた。信仰が尽きかければ、戦いながらご飯を口にして回復し、織田の敵になりえる軍を見つけては連続で攻撃を仕掛ける。
その甲斐あって、浅井長政の軍1万と朝倉景健の軍1万、計2万の軍をどうにか引っ張って織田の本陣にぶちあてることに成功。
「織田あああああ! おぬしの好きにはさせんぞおお!」
「今日で織田の快進撃も終わりよのう! 天下は我々の手の内よ!」
「フハハハハ! 待っていたぞ! 待っていたぞ! 我を修羅へと駆り立てる貴様らをなあああああ! 鉄砲隊、かまえええええいいいい! ってええ!」
しかし織田軍が誇る鉄砲隊を前に浅井朝倉の連合軍は、突撃をかました先から総崩れになりつつあった。
さらに言えば鈴木さんたちがいる伊達政宗軍も、真田軍と明智軍の数の暴力によって半壊状態になっていた。全滅寸前だ。
もう援軍を呼んでいる時間はない。
このまま冠位種である、織田信長を討ち取ることは難しいけど……一かバチかで信長の首を狙うか……でも、そうすると、きっと……鈴木さんや【夕闇鉄鎖団】、【豪傑】、【十字架の白騎士】、【果てなき財宝】は戦死してしまう。
多分、もう伊達軍はもたない。
伊達軍が崩壊すれば、戦友たちの命も助からないだろう。
どうすればいい。
俺は、俺たちはどうすればいい。
どちらを選ぶべきか……逡巡してしまう。
そんな時、ウタがそっと俺の手を握った。
「ナナシ様のお望みのままに」
俺が望んでいること。
それは信長の首より……仲間たちの命だった。
理性ではわかっている。ここまで戦い抜いたのに、冠位種を倒せないんじゃ意味がない。このダンジョン崩壊は終わらない。
わかっている。
頭ではわかっているけど——————
「きゅっきゅきゅー!」
「グルルゥゥゥゥさっさと行くがよい」
俺は、俺たちは伊達軍を攻め立てる明智軍に突貫した。
絶望とも言える戦況下に己を落とす。
きゅーも、フェンさんも、ウタも、誰も彼もが疑問を持たずに俺についてきてくれた。
それだけで胸が熱くなる。
そう、俺には仲間がいる。
俺を信じてくれる仲間がいるなら、諦めるわけにはいかない。
そんな思いが神に届いたのか。
それとも俺の意思が、みんなの決断が、その現実を掴んだのか。
偶然にも、激しい戦場の最中で俺はそいつを発見した。
まさかここで、雅な三日月飾りの兜をかぶった武将と相まみえるとは。
俺は不敵な笑みをこぼし、フェンさんに騎乗したままその武将へとレイピアを構える。
「——————明智光秀、お前は主君を裏切る宿命にある!」
史実では、天下まであと一歩と上り詰めた織田信長を裏切り、焼き討ちにした武将。
そんな明智光秀に、俺はレイピアの切っ先を向けた。