99話 残された推したち
【鈴木さんちのダンジョン崩壊】、【天秤樹の森スタンピード】。
この二つの事件を耳にした【にじらいぶ】の3人は、非常に重苦しい空気で向き合っていた。
「市民の認識からすると、事態が切迫しているのは……ダンジョン崩壊の方かしら?」
紅が諸々の情報を精査した結論を述べると、蒼と夜宵の2人も小さく頷く。
「一般市民に犠牲者が2000人以上でたもんね……ゾンビの侵攻を食い止めてる自衛隊や冒険者たちも、包囲網を突破されそうって必死だし」
「やけど、銀条先輩とぴよちゃんは強くても、プルちゃん、ククちゃん、ガルちゃんの三頭はまだまだっちゃ……銀条先輩からの連絡が途絶えたのも気がかりだっちゃ」
【にじらいぶ】陣としては【天秤樹の森スタンピード】の方が重いと捉えているようだった。しかし、その判断は本当に合っているのか?
一抹の不安がよぎる。
ここで判断を見誤れば、大切な仲間を永遠に失いかねない。
そんな思いが3人の胸中に、深く深く突き刺さっているのだ。
「私たち【にじらいぶ】は……【天秤樹の森スタンピード】の救援に向かいましょう……!」
それでも紅は非情な決断を、責任を以って下す。
強張る顔をどうにかやわらげて、蒼や夜宵を安心させるように微笑んだ。
「す、【鈴木さんちのダンジョン崩壊】は……きっと、大丈夫に決まっているわ。だって、あのナナシがついているのよ?」
そう言い切った紅だが、その唇はかすかに震えていた。他の2人はそんな社長の強がりに気付いてはいるが、指摘はしない。
紅なりにみんなを鼓舞しようと、必死に社長らしく振舞っている努力を知っているからだ。
ピンチの時こそ、チャンス。
トップである社長が悲観していたら、仲間の自分たちまで不安は伝播してしまう。
だから紅は強くあろうとしているのだ。
でも、だからこそそんな心情を察知した蒼と夜宵は、紅に一つの提案をする。
「夕姫さん。ピンチはチャンスだよね? スタンピードは異世界で起きているでしょ? でもダンジョン崩壊は日本。それなら日本で、よりたくさんの市民を守って、【にじらいぶ】の活躍をアピールするチャンスじゃないかな?」
「夕姫先輩やったら、単独でも敵ば倒した分だけ自分の武器にできるっちゃ。うちと蒼は、数で劣る銀条先輩ば助けにいくばい。うちなら人形たちも動員できるばい、心配いらん。やけん、夕姫先輩にダンジョン崩壊は任してよかね?」
二人は紅が納得できるような、そんな言葉を選んでゆく。
心配ならどっちも行くべきだと、そんな提案の仕方はしない。
そんな二人の配慮を、紅自身は痛いほど感じ取っていた。
「でも……そんな……貴女たちだけで行かせるのは……」
「社長はあたしたちがそんなに信用できないのかな?」
「心配性の社長じゃ、ちょっとうちらも不安ばい。もっとドッシリ構えてよかよ?」
蒼と夜宵が、揺らめく紅に発破をかける。
ここまで言われたら紅としても、素直に背中を押されるしかない。
【にじらいぶ】の赤色担当が、赤色らしくふてぶてしい笑みを浮かべた。
「そうね。ダンジョン崩壊は私一人で十分よ。そっちこそ、ぎんちゃんとドラゴンたちを……任せたわよ?」
リーダーは情熱と信頼を込めて二人を見つめる。
「正直なところ、地下型ダンジョンは空が見えなそうであたしには不利かなーって。その分、【天秤の世界樹】は空に近いし! 暴れやすいなってね!」
青色担当は実直に得手不得手を吐露し、青色らしく清々しい笑みをこぼす。
「うちも人形たちば動員するなら近場がよか。それに人形たちの有用性を、冒険者にアピールできるいい機会だっちゃ」
黒色担当はちょっとした打算で返答し、黒色らしい黒い笑みを浮かべたのだった。