98話 戦乱の攻略法
「フェンさん! きゅー! 範囲攻撃を頼む!」
屍の騎馬隊は戦慄に値する迫力だったが、ここで心が折れたら冒険者の名折れだ。
「アォォォォォォォォオォォオオオオオオオン!」
「くきゅううううううううううううん!」
フェンさんの【凍てつく本能】が世界を揺らし、迫り来る騎馬隊の足を止める。否、総崩れにさせる。
動物たちの恐怖心を煽りに煽り、駆けていたゾンビ馬の足は止まってしまった。するとたちまち騎馬武者たちは馬より崩れ落ちてゆく。
落馬の衝撃とダメージから冷めやらぬ間に、きゅーによる【金剛の百本柱】で騎馬隊の最前線はさらに瓦解してゆく。
金色の柱が無数にそそり立ち、武者たちの身体を容赦なく突き上げてゆく。
しかし、それでも倒せたのは80人から100人ほどだろうか。
まだ400人近くの武者たちが動ける状態だ。
「おもしろい! おもしろいぞ、強者たちよ! いざ、尋常に勝負!」
先頭を走っていたはずの武将ゾンビ上杉謙信は、きゅーの【金剛の百本柱】を受けたにも拘わらず、その動きは止まらない。
「我に続けええええ!」
さらに馬を失ったゾンビ武者たちも戦意が衰えることなく、俺たちを目指す。
そこへ機敏な動きで盾を構え、戦列を整えたのは【夕闇鉄鎖団】だ。
「受けとめるぞい……! 結界盾術————【四重の塔】」
ゾンビ武者たちの猛攻をギャリッと弾き、あまつさえ反動を与えて吹き飛ばす。
どっしりとした重厚感をまとわせる彼らはまさに鉄壁を連想させた。
しかし、敵の数が数だ。
数の暴力に呑み込まれるのは時間の問題だ。
だが、そこでゾンビ武者を簡単に近寄らせない存在がいた。
「うおおおおおおりゃあああああ! 【鉄鬼滅殺】!」
自らの鍛え抜かれた強靭な身体を駆使し、籠手でゾンビ武者を鎧ごと粉砕するのは【豪傑】の面々だ。
鉄のひしゃぐ音と肉の潰れる音がそこかしこに響き、激しい二重奏を奏でている。
そこへフェンさんときゅーの暴風にも近い攻撃が加わり、ゾンビ武者たちは瞬く間に千切り飛んでゆく。
「————運命に迷う子羊たちよ、紫電をまとう子羊たちよ、その光に導かれん————」
さらにウタによる雷系のバフが全員に施される。
肉の焦げた匂いが鼻先をかすめれば、それはゾンビ武者たちが屠られている証拠だ。
「ほう、ウタさんは神道系の支援魔法も使えるのか! なら、わたしと相性が良いな!」
純白の輝きをまとった白騎士が飛翔する。そして背中に背負った大きな十字架を握り、ゾンビ武者たちへと振りかぶる。
「屍の殺戮者たちよ、その行いは罪深い! 懺悔せよ! 【十字架を背負う者】」
【十字架の白騎士】こと皇城さんは喜々として亡者の大群に突っ込んでいった。
獅子奮迅の勢いで武者ゾンビを駆逐し、吹き飛ばす様はフェンさんやきゅーの獰猛さに勝るとも劣らない。
というか巨大な十字架で、ゾンビたちを物理的に殴り潰す光景はインパクトがありすぎた。
「どうもどうもーまいりますなあ……私は戦闘力の低い【影の友】と【果てなき財宝】のフォローですかな。アチョチョチョチョッ、アチョオオオオオオオオアアッ!」
鈴木さんは冷静に戦況を分析して、危うそうなポイントをフォローしている。というか鈴木さんって槍使いだったんだ……あれ、槍なんて持ってたっけ?
どこから出したんだ……?
とにかく俺もウタの安全を意識しながら、【千獄の鍛冶姫】から譲り受けたレイピアでゾンビ武者を突き刺してゆく。
「アカンて! 右辺から、さらに後続の兵たちが来とる!」
【影の友】による警告に、全員が目を向ける。
なるほど。
騎馬隊だったほとんどのゾンビ武者は、今やみんなが善戦してくれたおかげで激減している。しかし、上杉謙信が率いていた騎馬隊はごく一部だったのだ。
後方に控えていた足軽兵たちは、自らの将が危ういと察知して槍衾を構えながら突進を敢行していた。その数、なんと二千人以上はくだらない。
「ぐっ、こりゃキリがないわい」
「さすがにこんな広い場所では、あの数相手を殴り倒せん」
「望むところです。この十字架で、全てを白に浄化してみせます!」
「どうもどうも、どこか狭い場所に移動して迎え撃つべきです」
皇城さん以外、全員が撤退を主張する。
確かに早く退散しなければ泥沼の消耗戦の末、命運も尽きる。そんな絶望を押し付けてくる足軽兵たちの突進は、突如として中断される。
横合いから他のゾンビ騎馬隊に食い破られたのだ。
「上杉ぃぃぃぃ! おもしろいことをやっておるのおおお! 我も、我も、混ぜるのだ!」
「き、貴様はっ! 武田信玄か! おのれこしゃくな! 全隊、横転、にっくき武田を打ち負かすぞおおおお!」
上杉謙信は俺たちの相手もそこそこに、武田信玄が率いる軍への応戦を開始した。
「なるほど……」
やはりゾンビ軍は一枚岩で成り立ってるわけではない。
戦国の世のように、色々な勢力が入り乱れての合戦なのだ。
つまり、俺の【審美眼】を駆使すればこの場も上手く切り抜けられる……?
例えば遠方から各戦旗の家紋を見て、どことどこが敵対関係にあるのかを分析する。そして俺たちが踊り出て、うまく敵対勢力同士とぶつかるように誘導できれば……この地下世界型ダンジョン【戦国屋敷】も攻略できるのでは?
「どうかみなさん、聞いてほしい! 今からこのダンジョンの攻略法を共有します!」
「いきなり、攻略ですか……!?」
「どうもどうも、それは難しいかと……まず危険視すべきは、武家屋敷の数です。私たちはあの武家屋敷の一つからこの地にたどり着いたのです」
「鈴木さんの言う通りじゃ、ナナシよ。あの武家屋敷の一つ一つが、地上に繋がるルートだとしたらどうするのじゃ?」
なるほど……ゾンビ武者の大軍が日本に、川越市に溢れ出てしまう。
とはいえ、俺たちだけでどうにかできる規模ではない。
「まずは冒険者ギルドに報告すべき、ですか……」
「やけどあっこの屋敷を見てみろよ。すでにうん百って鎧武者どもが詰め寄っとるぞ。もう地上にゾンビどもは出陣しとんとちゃうんか?」
「なっ……すでに……ダンジョン崩壊は始まってる?」
「こりゃあ、ぜってーいるだろ。【冠位種】がよ」
「……ダンジョン崩壊は……【冠位種】を殺し切らないと収まらない傾向にあります」
「【冠位種】を殺さぬ限り、この危機は続くのか……難儀じゃのう」
事態は思ったより深刻だった。
だからこそ迅速に俺たちは判断しなければいけない。
「なら! 隠密力に優れた【影の友】は地上に行き、この事態を報告してほしい! 私たちはできる限り【影の友】を支援したのち、少しでもゾンビ武者の発生を防ぐために【冠位種】を探しましょう!」
「ナナシがそう言うなら、わいらは異論ないねん」
「それしかねーな。そんで、ナナシよお。ダンジョンの攻略法ってやつを聞かせろよ」
【影の友】が俺の意見を受け入れると、【豪傑】のリーダーを皮切りに、俺たちは【戦国屋敷】の攻略へと動き出した。