侍の血
早いもので92話目みたいです。サクサク行かないと一生終わらないのでは......?
今日はいつもより早く起きたからシャルロットと二人で訓練場へ来ている。リリにも一応声はかけたけど、結構ですと呟いて布団に潜って寝てしまった。
私とシャルロットは距離をとって向かい合っている。
「それじゃあシャルロットいっくよー!」
掛け声と共にシャルロットへ向かってフリスビーを軽く投げる。昆虫タイプなだけに、このフリスビーがぶつかって胴体がちぎれてしまうんじゃないか、みたいな嫌な想像をしちゃうんだよね。私も何だかんだ過保護だ。
ふんわりと飛んできたフリスビーをシャルロットは上から掴み取る様にキャッチした。足は平気? もげてない?
シャルロットはアゴをガチガチと鳴らして、合図をしてからフリスビーを投げ返す。だけど人間のように器用に回転をかけて投げられないからか、すぐ近くにボトッと落っこちてしまった。拾っては落とし、拾っては落としと繰り返したシャルロットは何だかしょぼくれたような様子で力無く飛んで私の所へフリスビーを持ってきた。
「よしよしおいでシャルロット。上手くできなかったねー」
抱きついて顔をグリグリと擦り付けてくるシャルロットを慰めてあげる。
「フリスビーが上手く投げられないくらいどうって事ないよー。シャルロットは飛んだり出来るでしょ? フリスビー投げられるより余っ程凄いよー」
出来ないことにショックを受けたのか、一緒に遊べなかった事にショックを受けたのかはわからないけどだいぶ意気消沈してる気がする。
喜んで貰おうと思ってやり始めたけど大失敗だったかなぁ。今度は小さくて柔らかいボールみたいなのを作って遊ぼう。それならシャルロットも出来ると思う。
「平民、早起きじゃないか」
シャルロットをなでなでしてご機嫌を取っていると、剣を持ったアレクサンドル様が訓練場へやってきた。
「はよざいまーす」
「うむ、俺はこれから剣の練習だが平民は何をするんだ?」
「いえ、特に何もしませんよ」
さっきまで遊んでた所だけど、フリスビーはシャルロットの心に深い傷を残してしまったからね。もうやらない。
「それなら一緒に剣を振ってみないか? 平民はほとんど素手で戦っていたが剣だってカッコイイだろう?」
「まぁ確かにかっこいいですね」
そうだろうとうんうん頷くアレクサンドル様を見て少し思った。またからかうチャンスなんじゃないか、と。
「アレクサンドル様は少し誤解している様ですね。私は素手よりも剣の方が得意かもしれませんよ。正確には剣ではなく、刀ですけどね」
「刀……?」
「あまり有名では無いですから知らなくても無理はありません。少しそりのある片刃の剣だとでも思っていて下さい。私の母は今でこそ貧乏農家ですが、故郷では立派な侍だったんですよ?」
刀に続き、侍という知らない単語まで出てきてアレクサンドル様は眉間に皺を寄せて困惑気味だ。
「サムラーイとは何だ?」
「侍とは己の主君の為に、いつでも戦う誇り高きモノノフですよ。その剣を貸して下さい」
私はシャルロットをアレクサンドル様に預けて、代わりに剣を受け取り丸太の的に向かって歩いていく。
「母は主君を守る為に命を賭して戦い、多くの敵を屠りました。敵の返り血で真っ赤に染まった姿は敵味方双方から鬼神と呼ばれ、恐れられていたそうです」
「ほう、すごいではないか! それがなぜ農業を?」
「……守りきれなかったからです。最強の侍だった母は主君を守りきりはしたものの、いくら強くても一人で国まで守ることは出来なかったのです。その後、松浦の名前を捨てて遠く離れたこの地でかつて仕えていた主君と結婚して産まれたのが私という訳ですね」
アレクサンドル様は私の後に続きながら難しい顔をしている。
「そうか。平民はただの平民ではなかったという訳か」
「いえ、今はもう滅んだ国です。今はもうただの平民ですよ。そんな夢を見たり見なかったりって感じです」
一応最後にボソボソっと冗談だとわかるように伝える。やっぱり嘘をつくのは良くないからね。これならまぁ冗談の範疇でしょう!
「そうか……。故郷を失った者は在りし日を夢にみると聞く。平民もそうなのだな……」
アレクサンドル様が大真面目に変な誤解をしてしまったが訂正するのも気まずいから聞かなかったことにしよう。
訓練場の丸太の所までやってきた。私は丸太の前に立ち、腰の辺りに剣を構える。今からやるのはインチキ抜刀術だ。
「侍は常在戦場です。心は常に戦場にあり、どのような時であれ決して油断せず、いつでも戦うことが出来ます。それゆえ、騎士のように鞘から抜いてから戦ったりしません。常に戦っているのです。その極地を今から見せましょう。最強の侍たる母から継承した奥義、見逃さないように」
ゴクリと唾を飲んだアレクサンドル様が見守る中、剣を鞘から少しだけだして抜刀術の構えでジッとする。まるで何かに集中しているような演出だがただの演出なので意味は無い。
「松浦流抜刀術零の型・絶影……ッ!」
私は身体強化をガッツリかけて、超高速の手刀で丸太を切ってから、さっき少しだけ出した剣をチンと鳴らして鞘に戻す。
「どうでしたか?」
「……おい平民、どうでしたもなにもないだろう」
「まぁアレクサンドル様には見えなかったのでしょうね。仕方がありません。ここが戦場であればこの丸太がアレクサンドル様、あなたですよ」
私は剣でトンと丸太を押して、切れている上部を落とした。アレクサンドル様からすればいつ切ったのかも分からなかっただろう。
「ば、ばかな……。マチューラルー何とかかんとかは鞘から抜かずに切れるのか?」
「松浦流抜刀術です。それと鞘からは抜いていますよ」
今度はゆっくりと抜刀術っぽい動きをして、最後に鞘にチンとしまう。ちなみに納刀はクロックアップをしてスローモーションでやった。慣れてないと納刀って普通にやるのも難しいよね。
このチンという音でさっき何をやったのか理解してくれるだろう。
「す、すごい! 僕にも教えてよ! マチューラルーバットウジチュ!」
「松浦流抜刀術です。見せたのは零の型ですよ」
存在しない流派の、存在しない型だ。零の型なのはそもそも抜刀術ですら無いただの手刀だからね。壱じゃなくて零にしたの。
剣を返してシャルロットを抱っこする。
「シャルロットどうだった? かっこよかった?」
シャルロットは首を傾げた。全然興味無い感じかな? 模擬戦は結構リアクション大きかったのに何が違うのかね。
「こうか? マチューラルーバットウジチュ!」
アレクサンドル様は私のなんかそれっぽい動きをマネして練習している。テキトーにやったそれっぽい動きだからはっきり言って何の役にもたたないし、時間の無駄だと思うからやめた方がいいよ。
「アレクサンドル様、松浦流抜刀術は一日にしてならずです。今までの剣術を捨ててまで追い求める物ではありませんよ。刀もありませんしね」
「そっか……。でも僕は少しづつでも良いから練習するよ! 僕は勉強が苦手だからせめて強くならないと!」
自分のキャラも忘れて一生懸命練習し始めたアレクサンドル様をみて、ほんのりと罪悪感が芽生えたわ。
「アレクサンドル様はどうして、わざと高圧的に振る舞うのですか?」
「え? ふん、平民が何を言い出すかと思えばくだらない。これは俺にしてやれる最大限の事だからな」
言ってることはよくわからかいけど、理由があるなら頑張ってくださいな。必死に素振りをしているアレクサンドル様を残して訓練場を去った。