訓練場の片付け?
模擬戦も終わりになったので、脱落した騎士達も戻ってきてワイワイはしゃいでいる。私が思うに、フレデリック様がたるんでるとか言ってたのそういうとこだよ? 模擬戦とはいえ一方的に負けて笑ってんだから文句の一つも言いたくなるよね。
観客席の方に手を振ると、シャルロットが凄い勢いで飛んできた。目の前で右へ左へ高速で動いてアゴを鳴らした後抱き着いてきた。全然伝えたい事はわからないけど、ヤケにテンションが高いのはわかる。
「シャルロットも私の活躍見てくれた?」
ガチガチとアゴを鳴らした後で私の胸にすりすりと顔をこすりつけてる。凄かったと褒めてくれてるのか、心配かけてしまったのかもわからないけど楽しんでくれてたらいいな。
「ノエルはあんなに強かったのね! わたくし驚きましたわ! それとも聞いていたより騎士団が弱いのかしら?」
「ノエルちゃんホントに凄かったよ! シュッっていってドーンって!」
リリとアレクサンドル様もこっちへ来た。リリはいい大人達が一方的にやられるのを見て不思議に思ったみたい。まぁ武門のベルレアン辺境伯家の騎士団が美少女にボコボコにされてたら疑問に思うのは無理もない。
アレクサンドル様はキャラも言語も忘れちゃったのかな。何か変な呼ばれ方して鳥肌たっちゃったよ。おい平民って呼んで欲しい。
「まぁかっこ悪いとこ見せないで済んでよかったよ。そうだ、リリちょっと耳貸して?」
リリの耳に顔を寄せて小声で伝える。
「え? おじさん達、七歳の美少女に、一方的にやられて、なっさけなーい? ざーこざーこでいいんですの?」
笑って肩を叩きあっていた騎士の人達も、リリの高い透き通るような声がしっかりと聞こえたようで固まってしまった。雇い主である辺境伯家の令嬢に雑魚呼ばわりされては立つ瀬がないだろう。反省しなさい!
アンドレさんは横を向いて震えてる。絶対笑ってるじゃん!
「令嬢として言葉遣いは良くなかったが、リリアーヌの言う通りだ。今回は模擬戦だったから笑っていられるが、もしここが戦場ならお前達は全滅だぞ」
当主の登場に騎士らしくビシッと立って胸に手を当てた。
「ちなみにノエルちゃん、どれくらい本気を出した? 正直に言って欲しい」
「えっと正直に言うとお遊び程度です」
そもそも力でゴリ押さなくても速度上げてナイフ刺したら終わりだしね。人間ならシュッっていってドスッで十分なんだよ。やった事ないけど。
「だ、そうだ。明日から気合いの入れ直しだ。わかったな?」
騎士団は声を揃えて返事をした。でもフレデリック様も甘いよね。明日からじゃなくて今すぐ訓練するくらいじゃないとダメでしょ。
私はお役目も終わったことだし、クッキーでも食べながら紅茶を飲もう。優雅に休憩だ!
「そして今からは訓練場の整備をしろ。もちろん、ノエルちゃんも手伝ってくれるだろう?」
「……はいぃ」
フレデリック様からは今まで感じた事が無いくらいの圧を感じた。
訓練場は直線に地面がえぐれていたり盾がたくさん突き刺さっていたりとボロボロだ。何も考えずに暴れるんじゃなかったよ。
騎士団の体たらくっぷりと無駄に壊された訓練場でご機嫌ななめなフレデリック様は、家族を引き連れて屋敷に戻って行った。
訓練場に残っているのは私と騎士団の人達だけだ。さっさと片付けよう。
地面に刺さった大盾を一枚一枚抜いていく。他の人は大きなトンボみたいなので地面をならしている。
倉庫へ大盾を片付けてから訓練場に戻ってくると、見覚えのある騎士がいた。たしかジャックだったかな? 第一被害者だった騎士だ。ジャックは十代後半くらいの細身の体付きで、鎧を着てなければ騎士には見えない。若いし細いけど、実力がない人が騎士団に入れてるとは思えないし、斥候とかそういう役割なのかな?
私は特に意味もなく、ジャックの引いてるトンボに飛び乗った。
「重っ!」
「重くないわ! さぁジャック、走って前のオジサン騎士を追い抜いて! ほらほら走った走ったー」
ジャックは渋々私を乗せたトンボを引きながら走っていく。これ結構楽しいね! ついでにオジサン騎士を追い抜く時に一言プレゼントだ。
「あれ? ジャックより遅いんだね!」
恐らく新入りのジャックより遅いなんて言われたら黙っていられないでしょ? オジサンも走った走った!
「コラジャック待ちやがれ!」
「ジャック早くしないとオジサンに追い付かれるよ!」
「キミが余計なこと言ったからじゃん!」
ジャックは必死になって走って、オジサンも追い上げてきた。周りの騎士達も行けだの何だの囃し立ててる。
「ほらジャック、追い付かれる前に他の若手にこのトンボごと渡して交代して!」
「あーもう! アイン先輩これ!」
「任せろ!」
アイン先輩と呼ばれた人はジャックに渡されたトンボを受け取って走り出す。後ろのオジサンも他のオジサン騎士にバトンタッチしたね。
「ほらアイン! 外周を走るんだよ! 早くしないと捕まっちゃうよ!」
このやり取りで他の騎士たちも何となくルールを理解したのか、若手VSオジサンの構図でリレーが始まった。私がトンボに乗ってる様に、誰かがオジサンチームのトンボに乗ってくれるとバランスが取れるんだけど、誰もいないから仕方がない。若手は体力あるだろうからハンデってことで。
降りればいい? それじゃ私がつまらないじゃん!
暫くレースは続いているが、私という軽いハンデだけでは若さに勝てないのか、オジサンチームはいつまでも追い付けないでいる。
もう結構な人数参加したしそろそろ締めにしよう!
「ジャック! 最後はジャックが決めて! ジャックが始めた勝負だよ!」
ジャックは任せろと言わんばかりにノリノリでスタート地点に待機している。が、ここでおじさんチームに真打登場のようだ。
「何故かアンドレさんが走るみたいだよ! 今のうちに出来るだけ差をつけてジャックに渡して!」
「了解だ!」
さっきまで居なかったアンドレさんは執事服姿で現れて、首を左右にコキコキ動かしながら軽くジャンプしている。あの人何故かすっごいやる気だよ!
若手君は息を切らしながら一生懸命走り、トンボをジャックへ渡した。
「ジャック全力で走って! アンドレさんが走ったらジャックじゃ勝てないからできるだけ距離を稼がなきゃ!」
私が知る限りではアンドレさんは人類最高峰の脚力だ。ジャックは走りながら答える。
「んなこと言っても全力で走ったら曲がれないって!」
後ろを振り返ると土煙をあげながらアンドレさんが猛スピードで距離を詰めてきている。
「良いからジャックは全力で真っ直ぐ! 曲がるのは私にまかせて!」
「どうなっても知らないからな!」
ジャックはコーナーリングなんて考えずに、観客席の壁に向かって突っ込んでいく。私はタイミングを見てトンボの左側に移り、地面に向かって強化した腕を突き刺した。地面をゴリゴリと抉っていく左腕が支点になって曲がれるハズ!
「曲がれぇぇえええ!」
私の体重と左腕のお陰か、ジャックはほとんどスピードを落とすことなく曲がることが出来た。これなら勝てるはず!
「ジャック! 最後のコーナーで今のをもう一回やったら勝てるハズだよ! 死ぬ気で走って!」
「いや俺は何が起きてるわかんないから! なんか左に引っ張られて勝手に曲がったんだよ!」
いいから走った走った! 後ろを振り返るとアンドレさんも丁度コーナーを曲がっていたけど、やはり速度をだいぶ落としていた。再度加速して、またコーナーで減速するなら私たちの勝ちは揺るがないでしょ!
「ほらほら、ジャック勝てそうだよ! 協力して最後も上手く曲がるよ!」
私はまたトンボの左側に移り、地面に腕を突き刺した。タイミングは完璧、これなら勝てる!
後ろをチラッと見てみると、アンドレさんは一切速度を落とすこと無くコーナーに突入しようとしていた。ヤケになったのかな?
……嫌な予感がする。たぶん何か仕掛けてくるよ!
「マズイよ! ジャック速度上げて! このままだと負ける!」
「これ以上は無理だ!」
ジャックは二週目だし体力的にも限界か……。最終コーナーを曲がっている途中で違和感に気が付いた。右側には壁があるのに、アンドレさんの怒涛の足音が少し右側から聞こえるのだ。
振り返るとアンドレさんは左手一本でトンボを地面に立て、それを支えにしながら壁を走っていた。あの人壁を走ることで激突しない様にしたんだ!
「ジャック気張れ! 速度で完全に負けてるよ!」
騎士団からもジャックやアンドレさんを応援する声が響き渡っている。まるで怒号の様だ。強引なドリフト走行のジャックと、強引な壁走のアンドレさんはほぼ同時に最終コーナーを抜けた。
つまり速度で負けている私達は最後の直線であっという間に置き去りにされてしまい、そのまま負けてしまった。
ジャックはゴールと同時に地面に倒れた。
「クソぉぉおおお! アンドレさん無茶苦茶だろおおお!」
負けた若手チームは悔しそうにし、勝ったオジサンチームは野太い声で大喜びだ。
考えてみると私は騎士団若手チームって訳でもないから負けじゃないし、楽しかったから良し!
「トンボ掛けレースも中々白熱したねー。せっかくだしトンボ片付けたらお疲れ様会しようよ!」
騎士団の皆もそいつはいいと乗り気だ。流石は体育会系だ。今度はもう少し事前にチーム分けとかレースコース作って運動会みたいなのやっても良いかもなー。
「ノエルちゃん。片付けってのは訓練場の整備の事だろう? 屋敷に声が聞こえるほど気合い入れてやってた割には進んでない気がするが」
後ろから聞こえた声に振り向いてみれば、こめかみに青筋を立てたフレデリック様が立っていた。訓練場は、あれだけ皆で走ってトンボかけをしたのに整備は進んでなかった。それもそのはず、荒れてたのは中央で、私たちが走り回ったのは外周だ。
なんなら外周も私が腕を突き刺した跡や、アンドレさんが壁を走った跡で余計汚くなったまである。
「が、頑張るであります!」
私は見よう見まねで胸に手を当て騎士の礼を取るのだった。