商品開発
それから数日間はリリに付きっきりでおぼろげな化学知識を叩き込んだ。この世界は目に見えない小さな小さな物がたくさん集まって出来てるんだよ、と言ったらクスクス笑ってメルヘンチックねと生暖かい目で見られたりもした。それでも私はへこたれない。少しだけ泣いてしまったけどへこたれない。
座学だけではわからないだろうから実験もした。
厨房へ行って水を沸騰させて水かさが減る様子を見せた。
ロウソクにビンを被せて火が消える様子を見せ、どうして消えるのかを説明し、酸素の存在を教えたりもした。
理科の実験で何かと何かを混ぜて水上置換法で水素を集めたのは覚えてるけど、何を混ぜたかは覚えてないので水素についてはフワッと説明をした。
他にも沢山の目に見えない物が寄り集まって世界を構成してるんだよ、と改めて説明するとさすがに眉唾ではないと思ってくれたみたいで色んな質問がされたよ。ただ、そのほとんどの質問には答えられなかった。
「全部教えてしまったらつまらないでしょう? 気になるならリリ自身の目で確かめるんだよ!」
困った時はこれで逃げた。元素記号すら曖昧にしか覚えてないのに化学式について詳しく説明出来るわけがないじゃん! なんで水素二つに酸素が一つなのかなんて覚えてないよ! 一人のヒロインを幼馴染二人が取り合ってるとかそんなだよたぶん。
それとフレデリック様が言っていたリリが変わってしまったキッカケについて少しだけわかった。
それは私が酸素について説明している途中で少し脱線してしまった時のことだ。
「息を止めると苦しくなるでしょう? それも私たち人間は空気中の酸素を必要としてるからなんだよ。酸素を吸って、要らなくなった二酸化炭素を吐き出してるんだ。なんか凄いよねー」
「そうですのね……。ではあの日、急に息が苦しくなったのは酸素が少なくなったから、ということなんですのね。そしてその原因が楽しそうにわたくしの悪口を言っていた子達が沢山酸素を吸って二酸化炭素を沢山吐いていたからだった、と」
リリはボソボソとそう呟いていた。たぶん本人は口に出したつもりはなかったんだと思う。だから私はその話題には触れず、聞かなかった事にした。どんな悪口を言っていたのかはわからないけど、それがキッカケで人付き合いが上手くできなくなってしまったんだろうね。
よくある話だと言ってしまえばそうだけど、だからって傷つかない訳じゃない。残念ながらその話題に酸素は関係ないけど、確かに息が苦しくもなるだろう。
なんだか悲しくて、リリにピトッと肩を寄せた。
「ちょ、ちょっと。ぶつかってこないで下さいまし」
ひどくね?
●
そんな訳で今日は、リリを喜ばせる為にセラジール商会へやって来ている。妖精の作品は外遊びが多くて淑女はやりにくいって事だったので貴族令嬢向けのオモチャを考えてきたのだ!
今はマリーさんの後に続いてジェルマンさんの執務室へ向かっている。アポをとってないのに、商会長ジェルマンさんの執務室へ直ぐに通されるのはタイミングが良いのかジェルマンさんが結構暇なのか疑問だ。
「会長、ノエルちゃんをお連れしました」
「入りたまえ」
失礼しますと一声かけてから部屋に入った。ジェルマンさんは書き仕事をしてるみたいで少しだけ待って欲しいんだってさ。私はソファに座ってシャルロットをお膝に乗せる。この子も日々の食事と私の魔力で大きくなってるのかな? 毎日一緒だし、私も日々成長してるだろうからわからないね。
お茶を出してくれたマリーさんが部屋を出て行こうとしたので声をかける。
「えっと、マリーさん。手が空いてたらでいいんだけど一緒にいて欲しいな」
「一緒に? もちろん! いつまでも一緒にいようね。辺境伯家じゃなくて、私のお家に住む?」
「それは別にいいよ。遠慮しとくね」
この人も少しクセが強い気がする。今日は貴族令嬢向けのオモチャだから女性の意見はできるだけ聞いておきたい。私としては令嬢達に大人気になると思うんだけど、貴族文化には疎いからね。予想とは違う事が起きるかもしれない。
「待たせたね。それで、何か良い商品でも思いついたのかな?」
「良い商品かはわからないけど、一応考えてきたよ!」
「ほう! 冗談半分だったが言ってみるものだね。して、今回はどんなものを?」
正面に座ったジェルマンさんは身を乗り出して話を聞く気満々みたい。私の隣に座ったマリーさんまで話を聞く為に近付いて来たけど、くっつかなくても十分聞こえるよ。
「お世話になってる辺境伯家のリリが言ってたんだけどね、妖精の商品は外遊びの物が多くて淑女はちょっと遊びにくいんだってさ。そこで私は貴族令嬢の為のオモチャを考えました! その名も、着せ替え人形です!」
「ふむ。着せ替え人形、か」
「ノエルちゃん、以前作ったぬいぐるみとは何が違うの?」
ぬいぐるみとの違いって言われると、ぶっちゃけそこまで違いはない。以前作ったぬいぐるみは動物を模して柔らかい生地で作ってもらった。人によってはぬいぐるみ用の衣服つくって既に着せ替えたりしてるかもね。
「今回の着せ替え人形は動物じゃなくて、人の形で作って欲しいの。大きさは小さい子が遊べる様にこれくらい?」
20センチくらいかな? ジェルマンさんは少し眉が下がってる気がする。やっぱりぬいぐるみがある以上、微妙そうな感じかな? まぁでも待って欲しい。
「遊び方は簡単だよ。お人形にお洋服を着せてあげるの。だから人形だけじゃなくて、人形用のお洋服も作って欲しいんだよ」
「なるほどねー。私は結構良いんじゃないかなって思います」
おお、流石はマリーさん。着せ替え人形は有りらしい。
「それでね、ここが重要なんだけど人形には関節を作って欲しいの」
私はジェルマンさんとマリーさんに人形の関節について説明する。球体関節? ボールジョイント? よくわからないからフワッとした説明だけど、関節部分を球体にして動かせる様にしてって話をした。具体的な作り方は職人さんと話し合って欲しい。
「そんな感じで作って欲しいんだけどどうかな?」
「ふむ……。私にはイマイチピンとこないんだが、わざわざ関節を作ってどうするんだ?」
「そうだねぇ。じゃあマリーさんに聞いてみよう。ねぇ、マリーさん。今マリーさんの前には私がいるよね? 今日は私にどんなお洋服でも着せていいよ?」
「えっ!? いいの? じゃあノエルちゃんは嫌がってたけどやっぱりフリフリのドレスを着てもらいましょう! でも男装も捨て難いわ!」
マリーさんは大興奮で何を着せようか考えている。
「とまぁこんな感じで、着せ替え自体を楽しむ事ができます。それで、関節を作る理由なんですけど……。マリーさん、今日は特別にどんなお洋服でも着るし、どんなポーズでも取るよ!」
私はマリーさんに両手を広げてみたり、手を後ろで組んで恥ずかしそうにしてみたり、元気いっぱい両手を振り上げてみたりと色んなポージングを披露した。
「キャー! 待って待って! えっとじゃあフリフリの可愛いドレスを着て、少し見下した様なポーズをして欲しいな! 可愛らしい服を着ながら冷たい印象を与えるポーズ……いい、いいわ!」
何かちょっとマリーさんのヘキみたいなの出ちゃってるけど気にしない。
「と、ご覧の通りかな? ただ立っているだけのお人形じゃなくて、姿勢を変える事で自由度が増すの。椅子に座らせたり、腕を組ませたり、二体の人形を買って仲良しに見せてもいいかもしれないよ。そこが買った人次第で自由に出来るって感じ。どうかな?」
「マリーを見る限り行けそうだな。そもそも私の様な男向けではなくて女の子向けの商品だしな。マリー、お前が指揮をとってやってみたらどうだ? 私がやるよりいい物が作れるだろう」
「お任せ下さい!」
その後も私は着せ替え人形についての構想を伝えた。普通のドレスと同じ物を人形用にも作ってセット販売にしても良いかもしれない。お客様の思い出のドレスを、余った生地で人形用に同じ物を作るのも良いかもしれない。
魔物の毛とかを使って、ウィッグなんかを作ったり、小物を作ったりしても良いかもしれないとアレコレと思いつく限りのアイディアを出した。
マリーさんとの話し合いは多いに盛り上がって、後は職人さんと話し合いでもしてもらおうと今日はもう帰ることにした。
「さてと、じゃあお腹も減ったしそろそろ帰るよ。何か進展があったら教えてね! じゃあバイバーイ」
シャルロットに退屈な思いをさせちゃったかなとぎゅっとして謝る。それじゃあねと部屋を出ようとした私の肩をマリーさんが掴んで止めた。
「ちょっと待って、ノエルちゃん。約束は守らないと! 着せ替えと好きなポーズ、してくれるんでしょう?」
「いや、それはジェルマンさんに説明す」
「してくれるんでしょう? 約束したもんね?」
「は、はいぃ」
強化してなかったら折れるんじゃないかってくらいミチミチと肩に指を食い込ませるマリーさんに逆らう事ができなかった。
愚かな私は日没まで着せ替え人形になるのだった。
「ねぇシャルロットまでどうして黄色いドレス持ってくるの……?」