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秘密の特訓とその成果

「それで何を信じればいいんですの?」


「リリは自分の水魔法をさわったことある?」


「もちろんありますわよ?」


 リリは首を傾げながら何を当たり前のことをとでも言いたげな顔をしてる。


「冷たかったでしょ。でもさっき温かいの出せたじゃん?」


「ノエルがそうしてって言ったから出しましたけど……。それがなんなんですの?」


 リリは特に違和感を抱かないらしいね。やってみたら出来たから特に感想もないのかな?


「それって温度を変えられるって事でしょ? それならすっごく冷たくしたら凍るんじゃないかって私は思ったの。言ってみれば氷魔法だね!」


「そんなことできませんよ。わたくしは氷魔法ではなくて水魔法でしてよ?」


「でも温度変えられたじゃん。お湯魔法でも熱湯魔法でもないのに出せたんだから、凍るほど冷たい水が出せてもおかしくなくない?」


 リリは私の少し乱暴な気もする理屈に頭を悩ませている。水魔法って言ってるけど、そう言ってるだけじゃないのって私は思うんだよね。お湯も水だと言うのなら、同じく水素と酸素の化合物の氷だって水じゃん。固体か液体かの違いでしょ?

 

 私の身体強化だってそうだし、ギルマスの植物魔法だってそうだ。ゲームのステータス画面みたいに名前と効果が書いてあるわけじゃないんだよ。リリは水が出せるから水魔法だって言ってるし、ギルマスは植物が操れたから植物魔法って言ってるだけで、正確に何ができるのかはわからない。極端な話、ギルマスは植物を操るのではなくて、対象の成長を促進させる、あるいは対象の時間を早送りする能力かもしれないでしょ? それをたまたま植物に使ったギルマスがそういう物だと思い込んで、植物にしか使ってなかったり無意識に植物に限定してしまったりしてるだけかもしれない。


 魔法がイメージの影響を大きく受けるのは五歳の頃に確認してる。漠然とした強化ではなく、魔力をエネルギーに変えて身体強化する方が強度が高かった。最近はもうテキトーに魔力でゴリ押しちゃってるけどね。

 だから自分ができると思えばできるし、できないと思えばできないと思うんだよ。勿論限度はあるけどさ。


「リリ、私を信じて」


 私は俯いてウンウン悩んでるリリの顔を上げ、両手で頬を包んだ。できっこないと思ってしまえば本当にできなくなってしまう。


「私を信じて。リリはできるよ。必ずできる」


 暗示をかけるようにリリの目をじっと見つめてできる、信じてと言い続けた。揺れていたリリの瞳が少し落ち着いた頃、リリはそっと私の体を押して距離を取った。どうやらできると思えたみたい。


 あくまで出すのは凍るほど冷たい水であって氷を直接出すわけではない。それなら出来る、氷も直接出せるかもしれないけど、挑戦するのはまだ早い。


 リリは胸に手を当てて深呼吸した。


「いきます!」


 掛け声と共に、手のひらを浴槽に向けてドバっと水を出した。浴槽内部にぶつかった水はシャーベット状ではあるものの、どんどん凍って積み重なっていった。ひとまず成功だね!

 それをみたリリは油を差してないロボットみたいな動きで私の方を見る。


「で、できましたわ……。できました! できましたわよ!」


 大喜びで声を上げたリリは私に飛びつき、私はそれを抱きとめて休日のお父さんモードだ! ぐるぐるだ!


「凄い凄い! リリは凄いよ! 天才だー!」


 広いお風呂場でリリをぐるぐると振り回してると、キャーキャー言ってたリリが急にぐったりして静かになってしまった。


「リリ? リリ、平気?」


 これ、私が振り回しすぎて血流がどうのこうので意識失ったんじゃないよね……? 多分魔力切れだよね?


 そっと抱えてベッドに寝かせて確認すると、スヤスヤと眠っているだけみたいだった。多分魔力切れだけど怖いからお医者様呼んでもらおう。

 私は部屋に置いてあるハンドベルを鳴らすとガチャリとドアを開けていつものメイドさんが入ってきた。


「お呼びですか?」


「魔法の練習してたらリリが気絶しちゃったの。たぶん魔力切れだと思うけど、念の為にお医者様呼んでくれる?」


 私の話を聞いてメイドさんは慌てて部屋を出ていった。

 恐らく凍る程冷たい水っていうのが漠然としすぎてて魔力を過剰に使ったんだと思う。思ってたより魔力消費が多かったんだろうね。その辺は今後リリに義務教育レベルで、しかもおぼろげにしか覚えていない私の化学知識を授けることで改善出来ると思うんだよね。


 お医者様の診察結果はやっぱり魔力切れ。健康そのものだしスヤスヤと眠ってるだけだそうだ。わかっちゃいたけど、目の前で人が電源落ちたみたいに寝始めると怖いね!


 ●


 お医者様が帰った後、ジトっとした目で見てくるメイドさんに紅茶を入れてもらった。メイドさんに頼むのは慣れないけど、逆にメイドさんを無視して勝手に入れるわけにもいかないし、しょうがない。

 料理長からの差し入れなのか、メイドさんが気を使ってくれたのかわからないけどクッキーもセットで持ってきてくれたので嬉しさ倍増だ。


「お嬢様に無理をさせないで欲しいのですが」


 クッキーをウマウマ食べてたらメイドさんが話しかけてきた。私この人と会話するのって初めてかもしれない! リリに並々ならぬ愛情を注いでるメイドさん的にはリリが気絶してしまったのが許せなかったみたいだ。


「ごめんね。言い訳になっちゃうけど無理をさせたつもりはなかったの」


「お嬢様はあなたと違って普通の子供なんですよ?」


「失礼な! 私だって普通の子供だよ!」


「普通の子供は妖精なんて名前で商品開発しませんし、料理長から師匠と呼ばれたりもしません。ベルレアン辺境伯家を三日間も恐怖の渦に巻き込むこともいたしません」


 やっぱりあの時妖精が私だって気が付いたみたいだね。でも他の事は私の問題じゃないと思うな! 料理長が勝手にご乱心しただけだし、クローゼットの話だって皆がご乱心しただけだよ。あんな作り話で家族会議起きるとは普通思わないでしょ。


 にしても初めて会話する子供にお前は普通じゃないぞ、なんて言うかねぇ! それだけリリに対する忠誠心が高いんだろうからまぁ良いけどね。


「でも一個だけ言っとくね? 私が普通じゃないと言うのなら、リリだってきっと普通ではなくなると思うよ」


 私は紅茶を飲みながらお澄まし顔でそう言った。まだ氷魔法と言えるほどではないけど、恐らく普通では無い水魔法が使えるようになった。水魔法が使える人がどれくらいいるのか分からないけど、大っぴらにしなければいずれ何某かの切り札になるんじゃないかな? 


 一日で使えるようになったって事は、他の水魔法使いにバレたら真似されるのも早いだろうね。だから明日からは私が特訓して誰にも真似できないレベルにしよう!

 困惑顔のメイドさんに話を続ける。

 

「今日さ、アンドレさんとアレクサンドル様がリリの魔法をバカにしたんだよ。酒場で入り浸る奴らの遊びと同じだって。許せる?」


 メイドさんは驚いた後に怒りの表情を滲ませた。歯を食いしばって握り拳まで作って、ついでに低めの位置にシャドーボクシングまで始めてしまった。リリに対する愛情の深い人だから、やっぱり相当怒ってるらしい。シャドーボクシングの位置が若干低いのはまさかアレクサンドル様を想定してるの……?


「だから私はリリの魔法が凄いんだって証明しようとしたんだよ。そのための訓練だったの」


 メイドさんは下手っぴなシャドーボクシングを止めて私の話に耳を傾けている。私は確かに普通の子供ではないかもしれないけど、だからってリリを普通の子供という枠に無理やり押し込むのも違うと思うんだよね。


「気を付けはするけど、もしかしたら今日みたいに魔力切れなんかをしてしまう日もあるかもしれない。その辺は少し多目に見て欲しいかな」


「今回は多目に見ますよ。ですが、お嬢様は人類の至宝なのです。その玉体に傷がついてしまったらどうするのですか? 責任を取れるのですか? 責任を取ってお嫁さんにして……」


「ごめん、落ち着いてくれる?」


 この人癖が強いよ。



 ●


「ちゃんと聞いていますか? そして奥様に初めて怒られてしまったお嬢様は、怒られるから一緒に居たくない気持ちと、一緒にいたい気持ちでこんがらがってしまったのか、ご自身のドレスを捲り上げて頭に被りながら怒らないでと泣いて抱き着いていたんです。それはもう大変愛らしいお姿で……ちゃんと聞いていますか?」


 あれから何故かずっとリリの幼少期のエピソードを聞かされ続けている。そしてこの人の癖なのか、どちらかと言うと本人的には他人に知られたくないであろう失敗談ばかりを話すのだ。誰かいい加減この人を止めて欲しい。


「……ねぇ、魔力切れで寝てるわたくしをほったらかしにして、わたくしの部屋であなたたちは何をやってるのかしら?」


 何をやっているのかは私だって知りたいよ。リリが起きた事でこの人も大人しくなるだろうけど、その前に一つ言いたい。


「おはようリリ。いつも勝手に過ごしてるけど、ここは私の部屋だからね?」


「そういう話じゃありませんの!」


 都合が悪い話題なのかリリはスッと目を逸らすのだった。

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