キラーハニービーの影響
「それで庭を貸してほしいって事か。好きに使って構わないよ」
「ありがとうございます。お礼に後ほどハチミツを贈りますね。では失礼します」
私はそう言ってフレデリック様に頭を下げてから執務室を出た。
申請書類の作成はやっぱり時間が掛かった。もう腕が疲れたとか、同じ書類を書きたくないと泣き言を言うギルマスを応援しながら終わらせた頃にはもう夕方だったよ。頭に刺してあったバラもギルマスもしなしなになってしまったお詫びに、花の種の残りをあげたら凄い喜んでくれた。
ドレスを着た美人のエルフさんがどの子から植えようかしらとニコニコしながら種を指で突ついている姿はキュンとしてしまう程愛らしかった。
願いを叶える力うんぬん言ってたギルマスは植物魔法の使い手だからね、植物が本当に好きなんだと思ったよ。今度珍しい花とか見つけたらお土産にあげようかな。そんな事を考えながら部屋に戻った。
「もう、遅いですわよ……」
部屋に入ると、リリがベッドで眠い目をこすりながら待っていた。今が何時なのかわからないけど、リリはお眠みたいだね。
「ごめんね。待っててくれたの? 先に寝てても良かったのに」
私は荷物を片付けながら言う。この部屋にリリがいること自体少しおかしいはずなのに、もう何も感じなくなってしまった自分がいるよ。というか私の部屋なのに私より長い時間過ごしてない? 乗っ取りかな?
「わたくしが先に寝てたら寂しいでしょう? わたくしもう眠いんで早くお風呂入って来てくださいまし」
最近はリリが友達に飢えすぎてこうなってるのか、本当に私が寂しがってると思ってるのかわからなくなってきたよ。もう少し一緒に遊んだりしたら多少は落ち着くのかな?
ささっとお風呂を済ませてからベッドに戻るとリリはスヤスヤと眠っていた。あれだけ頑張って待ってたのに結局先に寝てしまったリリの髪を撫でてから私も眠った。
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「ノエル、ノエル起きてくださいまし。シャルロットが子供産んでますわよ!」
朝から騒がしいリリの声で目を覚ました。もう少し寝てたいけど体をゆっさゆっさと揺すられて寝ていられない。
「ほら見てくださいまし! 産まれたばかりなのに一晩でこんなに大きくなってますわよ!」
私は上半身だけ起こしてリリを見ると、リリの腕の中で新女王がモゴモゴと口を動かしていた。リリ、今絶賛魔力食べられてるよ。朝ご飯になってるの気がついてる?
「その子はシャルロットの子じゃないよ。新しい女王蜂だね。……あれ? 私と会う前に産んでたシャルロットの子が女王蜂になったのかな?」
女王蜂の役割って卵を産むことだと思うけど甘えん坊のシャルロットが卵ポコポコ産んでるのは想像つかないや。魔物の場合は生態が違うのかな?
「新しい女王蜂ってどういうことですの?」
「昨日シャルロットの実家行くっていったでしょ? それでシャルロットの実家には新しい女王蜂のその子がいたってわけ。ふぁーあ」
「はしたないですわよ」
私が口を開けて欠伸をしたらリリにしかられてしまったよ。育ちの差が出てしまった。
「ではリリさん、朝食を取ったらその新女王は巣に返しますよ!」
たぶんシャルロットを連れ出してしまったから新しい女王蜂が産まれたのに、それさえ連れ出してしまっては今頃ミツバチーズは頭抱えてるだろう。早く巣に返さなきゃ。
「似合わない話し方してどうしたんですの?」
ほっといて欲しいよ。私も自分で言っててお嬢様じゃなくて戦闘力が53万になった気分だったもん。
朝食を食べて中庭に来ている。庭師さんが整えた美しい緑のアートや彫刻、庭全体を一つの芸術品として作られた渾身の作だと思わせる美しい庭園だ。そこに堂々と鎮座する大きな蟻塚のようなキラーハニービーの巣が一際異彩を放っている。
「へー。キラーハニービーの巣はこんなにも大きい物なのですね」
リリは巣をみてそんな感想を言っているが、私は冷や汗ダラダラだ。もう少しすみっコとか、裏とかそういう庭のあまり手の入っていない場所に巣を置くイメージだったのに、庭園ど真ん中だよ。
しかも鎧姿の勇ましい大きな彫刻を木の代わりに支えにしてる。さながら巣に取り込まれてしまった英雄の像だ。
「ねぇリリ、あの巣がくっ付いてる像はなに?」
「あれはベルレアン辺境伯家を興した英雄、ディムロス様ですわ。つまり初代ベルレアン辺境伯ですわね」
「へ、へぇー」
つまり怒られるやつですわね……。少しすみっコに移動してもらおう。森の中にいたんだからそんな陽の当たるところよりジメジメした所が良いよね?
「ミツバチーズいる? 偉いミツバチーズ出ておいで! 悪いんだけど巣を別の場所に移して欲しいんだよね。そこはちょっとフレデリック様に怒られると思うからさ」
出てきたミツバチーズは首を左右に振ってイヤイヤしてる。
「そう、怒られるのは嫌でしょ? 私も嫌だもん。だからお引越しね。もう少し隅っこにしようよ。隅っこの森っぽい感じの場所探そ?」
「その子達はお引越しが嫌だと言ってるんじゃありませんか?」
リリの言葉に皆揃って首を縦に振り始めた。
「やりましたわ! わたくし正解いたしました」
喜んでる場合じゃないよ! 庭のど真ん中にある初代様の像とか絶対敬われてる奴じゃん。
「そんなこと言っていいのかな? こっちには新しい女王蜂もいるんだよ? 言うこと聞かないと新女王蜂をゲロゲロ進化させられるかもしれないよ」
「ゲロゲロ進化が何かわかりませんが、ミカエラに酷いことしないでくださいまし!」
リリは新女王蜂をギュッと抱きしめて私から離れる。気に入ってしまったのか勝手にミカエラとか名前まで付けちゃったみたい。ちなみにその子、書類上は新女王蜂01だよ。ちゃんと巣に返してね?
当の本人はリリの魔力を食べるのに夢中で何も気にしちゃいない。
「じゃあ定期的に辺境伯家にハチミツ納める? それならもしかしたら許してもらえるかもしれないよ。どっちがいい? その場所とハチミツと」
この子達は最初私に襲撃された時もハチミツを分けるのは渋々だったからね、キラーハニービー達にとってもハチミツは大切なんだと思う。それなら諦めるでしょ? 私が八割貰って、辺境伯が一割だとするとキラーハニービー達には一割しか残らない。可哀想に。
ミツバチーズは話し合いの末、私が持ってきた瓶を奪っていった。まさか本当に家賃としてハチミツ払う気? その瓶、新女王と引き換えにハチミツ貰おうとしてたんだけど。
しばらく待ってみると、ミツバチーズは二つの瓶を私とリリに持ってきた。今月の支払いかな? 初代様の像どんだけ気に入ったの……。
私は溜め息を吐きながらハチミツを受け取った。また交渉に行かないとだ。
リリは新女王蜂を抱いてるからハチミツが受け取れなくてアタフタしてる。その子もう巣に返してよ。
「ノエル、悪いけど持っててくださる?」
そう言ってハチミツ瓶をアゴでさした。どうあっても新女王蜂を解放しないらしい。後で多方面から怒られても知らないからね?
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結局その後、ハチミツを持って事情の説明と交渉をした所呆気なく許可がおりた。
「初代様は御立派な方だけど、彫刻からハチミツは出てこないからね。ヘレナが喜ぶと思えば安いもんだよ」
こうして辺境伯家の庭に、勇ましい立ち姿のまま巣に呑まれていく英雄の像が誕生した。ベテラン庭師のお爺さんも楽しそうに、全体的に作り直しですなぁと言っていたからまぁ良しとしようかな。