シャルロットの帰郷
辺境伯家に滞在し始めて早数日がたった。
アレクシアさんを見送った後、セラジール商会や冒険者ギルドにも顔を出して、これからよろしくねと引越しの挨拶をした。ジェルマンさんとマリーさんは大喜びしてくれたし、ギルマスも心強いと迎え入れてくれた。嬉しい限りだね! ジェルマンさんはやたらと今後どうするのか聞きたがっていたけど、私はそこまで計画立てて動くタイプじゃないんだよ。ごめんね。
私とアレクシアさんが泊まったお部屋はお客様用のお部屋だったらしく、今は二階に私用の部屋を用意してくれた。二階が辺境伯家のプライベートスペースで、基本的にお客様は二階には上がらないらしい。だから二階の食堂は質素に感じるくらい飾り気がなかったのかな?
そしてあの日からもう三日は過ぎているのに、未だにリリは毎晩泊まりにくる。今朝も私の隣で眠い目をこすっているよ。
「おはようリリ。もう三日以上経ってるよ?」
「わ、わたくしそんなに寝ていたんですか!」
「ごめん、言い方が悪かったね。もうクローゼットの話から三日以上経ってるよって言ったの」
私の伝え方が悪かったせいでリリが三日以上眠り続けたみたいになってしまったね。まだ眠そうにしてたのに、驚きでしっかり目を覚ましたみたい。
「そういう事ですか。クローゼットは関係無しにノエルはわたくしが一緒じゃないと眠れないでしょう?」
「一人で寝れるけど?」
それじゃあ私は街にくるまで不眠だった事になるでしょうが。リリはいつものメイドさんを呼んで、紅茶を入れてもらって飲み始めた。自然に人呼んで何かやらせる辺りお貴族様だなぁって思うよ。私は申し訳なく思っちゃうから自分でやる方が気兼ねなくていい。
「ノエルは今日はどうするんですの?」
「今日はシャルロットの故郷に行ってくるよ。花の種も沢山買ったし、シャルロットの実家周りを花畑にするつもり」
生活環境を整えたり、街の散策をしてたら遅くなっちゃったよ。シャルロットも久しぶりの実家でそこそこ嬉しそうにしてくれている。そこそこなのが性格なのかキラーハニービーの仲間意識がそんな感じなのかわからないけどね。
今日のお洋服はお貴族様のお坊ちゃん用のパンツルックで、エマちゃんとお揃いの銀のリボンを付けてポニーテールにしている。せっかくなら本当は可愛いスカートとかも履きたいけど、どうしても動き回るからほとんど男装だよ。
最近のファッションは村娘スタイルではなくて、ちょっと上品な服を着てる。辺境伯家でお世話になってる以上、品位とかメンツとかが関わってくるから私だけ薄汚れた古着着てると迷惑かけちゃうみたいだ。
まぁさすがは私、男装の麗人って感じで悪くないね!
「やっぱりノエルは男装が似合いますわね。どうしてかしら?」
「目付きじゃない? お父さんに似てちょっと目付き悪いからさ」
リリは朝から紅茶とクッキーを嗜みながら私のお着替えを見てそう言った。朝ごはん食べられなくなっても知らないよ? ちなみにクッキーは私が料理長に教えて作ってもらってるやつ。師匠師匠とうるさいから教えて黙らせようとしたけど、より一層うるさくなったのは予想外だったね。
「よし、準備はこれでオッケーかな? それじゃあ行ってくるねー!」
「もう! 何だかんだでいつも忙しそうにして……。たまにはわたくしと遊んでくださいまし!」
リリはリリで家庭教師の授業があったりして、まだ屋敷の案内と一緒にお茶を飲むくらいしか出来てないんだよね。近々時間を取らないとなぁ。
「リリ、そうは言っても今夜も泊まりにくるんだろ?」
私はリリのアゴをクイッとあげてそう言う。リリは言葉が出ないみたいで、口をパクパクとさせている。エマちゃんとよくやった即興劇だから私は慣れっこだけど、リリはまだまだ初心者だからアドリブに弱い。
「フフッ、こんなに顔を赤くしちゃって照れてるのか? それじゃあ今度こそ行ってくるよ、俺のリリ」
私はリリにウインクしてからいつものメイドさんにグーサインを出す。あの人は私とリリがこうやって絡むと、いつも鼻を抑えてグーサインを出すのだ。お決まりの挨拶だね!
シャルロットを背中に装着して行ってきますと部屋を出た。
●
やってきました、シャルロットの実家がある森! 一人だからシャルロットの負担にならない程度にビュンと走ってあっという間だ。
「シャルロット、久しぶりに実家の森に着いたよ。遅くなっちゃってごめんね?」
首を振ってからガチガチとアゴを鳴らした。気にしないでーってところかな?
ここからは道がよく分からないから、のんびりとシャルロットに案内してもらう予定だ。何だかんだで久しぶりの故郷が嬉しいのか、シャルロットは踊るように飛んでいる。迷子で右往左往してる訳じゃないよね……?
小一時間程、森の中を歩いているとシャルロットが速度を上げ始めた。どうやら近くまで来たみたいだね!
森の中なんて似たり寄ったりな景色だから私にはわからないけど、シャルロットはフラフラしないで真っ直ぐ飛んでいる。やっぱり最初の右往左往は迷子だったのでは?
シャルロットの後について行くこと数分、久しぶりのキラーハニービーの巣に着いた。見た感じ変わった様子は見られない。
「おーい! 久しぶりー! 君たちの女王の帰還だよ」
巣の周りに飛んでいたキラーハニービー達はこちらに気が付くとおしりを振って音を立てた。彼等なりのコミュニケーションなのかな? ミツバチーズがシャルロットの周りに集まってガチガチならしたりブブブって音を出したりと結構騒がしい。
私は彼らの輪に入る事が出来ないから、花の種を適当に植えてみよう。地面に指を突き刺して種を入れて回る。お花屋さんで種くださいって貰っただけだからなんの種かはよくわからない。どうせなら一種類の花だけ沢山植えてそれでハチミツを作って欲しかったけど、今回のこれは私のハチミツ計画ではなくて彼らに対するお土産みたいなものだからね。好みもわからないし色んなのあった方が楽しんで貰えるでしょう!
巣の周りを歩きながら種を植えていると不意に背中に何かが突っ込んできた。シャルロットではないと思う。シャルロットはもっとピタッと止まるのに、今回は激突したみたいに止まったからね。
「誰かわからんけどどうしたー?」
私の声を聞いて背中の子が体を伝って前に回ってきた。
私の胸に張り付いているのは他のキラーハニービーと同じ三十センチくらいの大きさだ。だけどこの子は首周りと手足にゴージャスなファーが付いてるんだよね。
「キミ、もしかして新しい女王蜂……? それともプリンセスかな」
シャルロットは巣を放ったらかして私についてきちゃったもんだから追放されちゃってるよ!
女王蜂だったけど、職務放棄してたら追放された件じゃない? されざまぁってやつなのかな?
「シャルロットー、追放されてクイーンじゃなくなっちゃったね」
皆とワイワイ話してるシャルロットに、遠くから新しいちっちゃい女王蜂を見せて喋る。新女王蜂は私の魔力をモリモリと食べてるよ。まだ小さいし成長途中かな?
シャルロットは慌てた様子で私の所に飛んできて、新女王蜂を頭でグリグリと押して引き剥がそうとしてるけど、新女王蜂も私の体を伝って逃げ回っている。
巣から女王蜂がいなくなると、自動的に誰かが女王蜂になるのか、はたまた女王蜂が産まれてくるのかわからないけどシャルロットは先代女王蜂になってしまったみたいだ。シャルロットを連れてきたのはミツバチーズにとってはちょっとマズイっすよって感じだったのかもしれないね。
私の体をバトルフィールドにして追いかけっこをしている女王二匹を見てそう思った。あとやめて頂きたい。