ありがとうティヴィルの街!
謁見の日の前日には再び街に来て、衣装合わせをして翌日謁見という流れに決まった。マリーさんは正装の手配や報告など、やる事はまだまだある、ともう日も暮れるというのに商会へ戻って行った。お勤めご苦労様です……。
私達は少し雑にマリーさんの見送りを済ませた。仕方ないね、だって今夜のメインイベントであるハチミツプリンが私達を待っているからね。
「さて、美味い飯も食ったし明日に備えて早く寝るか。そんで明日は朝から買い物済ませてさっさと村に帰ろう。そろそろジゼル達も首を長くして待ってるだろうさ。……行って帰ってくるくらいの甘い見通しで始まった街への訪問だったけど、随分と盛り沢山って感じになっちまったなぁ」
アレクシアさんは席を立ち、背伸びをしながらそんな事を言っている。デザートを食べないで食事が終わりだなんて私はそんなの物足りないと思うけどな!
「ほう、ほうほう。シャルロットーアレクシアさんはデザートいらないんだってさー! 私達二人で食べちゃおうねー!」
テーブルに乗せたシャルロットの首周りのファーをワシャワシャと撫でながら話し掛ける。デザートが何なのかもわからないだろうに、まだ食べ物があるのが嬉しいのか上半身を腕立て伏せみたいに上下に動かしてる。虫ってずっとプランクしてる様な姿勢だけど辛くないのかな? 体幹凄いね!
「待て、私はデザートの話なんか知らなかっただけで、当然食べるぞ。だからシャルロットははしゃぐの辞めなさい。そのデザートってのは私のだ」
慌てて席に戻ったアレクシアさんにガチガチと威嚇するシャルロットを食堂に残してプリンを取りに行く。
冷蔵庫でもあればしっかり冷やしたかったけど、それが出来ないから水につけて多少冷やしておいた。水を出す道具があるんだから冷蔵庫みたいな道具もありそうだけどやっぱり高いのかな?
プリン三つを忙しい飲食店みたいにまとめて持って食堂へ行くとまだ言い争っていた。
「喧嘩するならあげないよ?」
ピタッと喧嘩を辞めた二人にプリンを渡す。
「正直いって自信作です。クレープにも使ったホイップクリームを乗せても絶対に美味しかった、なんならそこに果物もたくさん盛り付けてプリンアラモードにしても良かったんだけど、今回はシンプルにハチミツだけで勝負です! 砂糖不使用の優しい甘さを堪能するように!」
では実食、と行きたかった所だけどシャルロットが悲しそうな瞳でこっちを見てるような気がする。ハチの目ではわからん。……君は蜜吸ったりするストローみたいなのあるよね? それで吸えばいいんじゃないかな……? イヤなの?
「わかったからここにおいで……」
テーブルをトントン叩いて呼ぶと、テーブルの端っこまで歩いてきたからスプーンでプリンを口元に持ってってあげる。
「どう? 美味しい?」
シャルロットは嬉しそうにおしりを小刻みに振っている。それは初めての反応だね。この子は今日一日でグルメになってしまった気がするけど村で暮らしていける? 村はこんな豪華に食事出来ないよ? いつもヘルシー野菜スープだよ?
「なんだ?! この柔らかい黄色いのは! 滑らかな食感とツルンとした喉越し、ハチミツから感じる花の香りと柔らかい甘さが口いっぱいに広がって、いくらでも食べたくなる美味さだ! 昨日のガツンとくる甘さもよかったがこれもまた良いもんだな!」
アレクシアさんにも好評なようで良かったよ。ちなみに私はまだ食べられてない! シャルロットもそろそろ自分で食べようよ!
「なぁ、私はこの数日間でノエルに胃袋を掴まれてしまった訳だが今後どうすればいい? オルガと一緒にお前の家で暮らせばいいか?」
「モリスさん可哀想でしょ! それに村では食材も調味料も足りないから他所の家と変わらないよ? 謁見で今後がどうなるかまだわからないしね」
「……その問題があったか。いっそ皆でティヴィルに越してくるか? エリーズ家とウチとノエル家でデカイ家でも借りて皆で暮らそうぜ!」
将来的にはそういう暮らしも悪くないかもなー。ルームシェアみたいな? でも今度の謁見で私の扱いがどうなるかによっては街での暮らしなんて言ってられない可能性だってあると思うんだよね。それこそ魔法を使って戦場を渡り歩く様になるとか……。
まるで何かから目を逸らす様に将来について思いを馳せるアレクシアさんと、何も知らずにおしり振りながらプリンを食べるシャルロット。
今思い悩んだところで私に出来ることなんて身体強化してぶん殴る事くらいだ。もし謁見で気に入らない展開になれば強引にでも帰ろう。何があろうと真っ直ぐ帰ればいい。止められようが、何を言われようが私が身体強化マシマシにして帰ると決めたら誰にも邪魔はできないでしょ。まぁそんな事してしまえば街で暮らすことは出来ないだろうけど、街だってティヴィルだけじゃない。王家に魔法袋貰って村で暮らすのだっていい。後十日の間に出来るだけ鍛えておこう。シャルロットも協力してね。
私はまたシャルロットに魔力をたくさん食べさせようと指を咥えさせる。プリンを指に乗せてみたりプリンを食べさせるフリして指を突っ込んでみたり、そんな攻防はシャルロットがおしりを降って変な音を鳴り響かせるまで続いた。たぶん本気で嫌がってた。くっ付いてる時はずっと少しずつ魔力を食べてるのに沢山あげようとすると嫌がるんだからよく分からん子だよ!
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朝も早くから方方を巡って買い物を済ませた私達は、ティヴィルの街を出て村へと真っ直ぐ帰っている。
自宅用のお土産や、エマちゃん家へのお土産、遠慮してたけど押し切ってアレクシアさん家へのお土産などなど、沢山のお土産を持って帰るから、持ち帰る為についでに荷車も買ってしまった。結構な出費だけど、こういう時にケチっても仕方がないしパーッといったよ!
そしてそれらを乗せた荷車をアレクシアさんがひいて、私が後ろから押して村までの一本道をガタゴト揺らしながら歩いている。シャルロットは申し訳ないけど揺らしたくない生クリームと牛乳を持って飛んでもらってるよ。空輸だね。
結局この旅で時間停止の魔法袋を入手する事は出来なかったけど、食材の輸送方法はある程度の目処はたった。その方法は今シャルロットに頼んでる空輸だ!
シャルロットに運んでもらうのではなく、シャルロットの巣にいたミツバチーズにお願い出来れば揺らさず、結構な量を短時間に運べるんじゃないかと期待している。問題は彼等に支払う対価なんだよね……。彼等は何が貰えるなら喜んで働いてくれるの? まさかお金を払う訳にもいかないだろうし、第一候補だった魔力もシャルロットを見る限り何だか少し不評だよね?
村で養蜂もしたいし、やっぱりミツバチーズとの交渉は必須だよね。お互いが幸せになれる共存共栄ルートを模索しなくちゃ。
「シャルロットー、疲れたら休憩にするから無理しないで降り来てねー! アレクシアさんも遠慮しないで言ってね! 人目さえなければ私が一人で引いてアレクシアさんは荷物と一緒に運んでもいいしさー!」
「そんなかっこ悪い真似出来るか! ノエルこそしんどくなったら言えよ? 何なら今から荷台に乗るか? この程度の荷物私一人でも余裕だしな!」
「あ、そう? じゃあ私荷台に乗るね!」
「お、おう。マジか。マジかぁ……」
スピードの落ちた荷台に寝転びながら空を見上げる。ガタゴト揺れる荷車の乗り心地は想像以上に凄く悪い。地面のデコボコに合わせて荷台もそのまま傾くから変幻自在な揺れをしてるよ。
今回の旅を振り返ってみると、僅か三泊四日しか経ってないはずなのに随分と盛り沢山だった気がする。ジェルマンさんやマリーさんといったセラジール商会の面々に、Aランク冒険者パーティーの何だっけ、何とかの風の人達との出会いもあった。そして一番は今私の上を飛んでいるシャルロットだ。
お母さんはハチミツを上げれば喜んで家族として受け入れてくれるだろうし、お母さんが認めてしまえばお父さんに出来ることなんて何もない。でも甘えん坊のシャルロットだって分類上は魔物だ。村の皆がシャルロットを仲間として受け入れてくれるかはシャルロットの活躍や養蜂で変わってくるんじゃないかと思ってる。
「一緒に頑張ろうね、シャルロット!」
「……そう思うならそろそろ荷車押してくれないか?」