アポ、取れたみたいです
アレクシアさんは自分のご飯をモリモリと食べて、私はその横でシャルロットを抱っこしている。マリーさんは未だにシャルロットの受け入れに時間がかかっているのか、動きは緩慢だ。何か用事があって来たんだろうに大丈夫かな?
「シャルロットはご飯食べるの? それとも魔力だけ? 魔力だけならマリーさんにご飯あげちゃうよ?」
私は抱っこしてるシャルロットの口元にハチミツを塗ったパンを持っていく。ほれほれ。シャルロットはいつも鳴らしてる自慢の顎でパンをムシャムシャと食べ始めた。そりゃ食べるよね。食べないならハチミツ作らないもんね。
「あらら、シャルロットちゃんもご飯食べるみたいね。ノエルちゃんの初めての手料理がぁ……」
「そうだ、マリーさんにはこれをあげますね。さっきお店に行った時は渡せなかったから、はい」
マリーさんに小分けにしたバタークッキーをあげる。可愛くない袋でごめんね。綺麗にラッピングとかしたかったけど、袋の口縛るリボンも銀貨数枚しちゃうから流石に買う気になれなかったよ。下手したら一個ラッピングするのに一万円くらい掛かっちゃうんじゃない? それなら中身増やした方が嬉しいと思うのが女子の素直な気持ちだね。
「これを私に? 何かわからないけどありがとう! 大切に大切に取っておくわ!」
「いや食べ物だから食べてよ」
マリーさんがニヤニヤしながらクッキーの入った袋を揉んでいる。私は少しおざなり気味にシャルロットにパンを食べさせながら自分の食事も進める事にした。
キラーハニービーのハチミツは香りが全然違って、芳醇な花の香りと舌に優しい甘さが際立っている。市販のハチミツに感じた雑味や植物特有の青臭さの様な物は全然感じられない。このハチミツを塗るだけでパンのランクが何段階も上がったように思えるね。癖がないからどんな料理にもスイーツにも使い易いのが凄くいいです! 前世でもハチミツって採る地域とか花の種類で結構クセの強い物もあったからね。
鶏肉のソテーもハニーソースで照りが出て見た目も綺麗だ。最初に表面をしっかり焼く事で肉汁が出るのを出来るだけ防いだお陰か、ハニーソースと相まって鶏肉特有のパサつきは感じられない。ハニーソースも甘さはスッキリとして控え目で、ご飯があればしっかりと進むと思う。世の中甘めの味付けではご飯が食べられないって人が居るらしいけど、その人でもきっと安心だ。
シャルロットは顎を鳴らして私にご飯を催促してくる。……思ったんだけど、君普通に食べられるよね? 完全に子育てママ気分だったけど、君赤ん坊じゃないよね? 私はシャルロットをテーブルの上に乗せてシャルロットの分のご飯を前に持っていく。
「これシャルロットの分だから食べていいよ? ……要らないの?」
何故かテーブルの上でイヤイヤしてるから要らないのかと聞いてみるとそれもまたイヤイヤ。ワガママ女王様は健在ですな!
「シャルロットちゃんは食べさせて欲しいんじゃないかな?」
「じゃあマリーさんにお願いするわけにも行かないし、アレクシアさん食べ終わったなら手伝って! 私ご飯食べちゃいたい!」
「……もう少しこのハチミツの余韻に浸っていたかったがこの食事の立役者二人からのお願いじゃしゃーないな。シャルロット、食べさせてやるからこっち来い」
これで安心してご飯を食べられる。女王蜂の生態について何も知らないけど、群れのリーダーみたいな感じじゃないの? 甘えん坊になっちゃった気がしたけど、実は甘えてるんじゃなくて世話役として働かされてるのかな? 魔物の生態に詳しい人に聞いてみたい。
「……シャルロット、そこでイヤイヤしてないでこっち来いって。ワガママ言ってるとノエルにまた指突っ込まれて酷い事になるぞ? だからこっち来い」
「シャルロットちゃんの事は全然知らないけど、ノエルちゃんじゃないとご飯を食べないのかしら?」
まぁ魔物の生態については一緒に暮らして行く中で少しずつわかっていくだろう。お得意のイヤイヤだって単なるワガママじゃなくて、種族、或いは魔物としてどうしたって受け入れられない何かがある可能性だってあるのだ。頭ごなしにワガママ言うなではなくて、向き合っていかないといけないね。好き嫌いとアレルギーは別の話みたいな?
「なぁノエル、ご飯食いながらうんうん頷いてるとこ悪いんだけどシャルロット飯食わんぞ。もう私が食っていいか?」
「アレクシアさんは先程食べてたじゃないですか。私が食べますよ?」
シャルロットを見るとずっとテーブルでイヤイヤ首振ってる。早速育児のトラブルだ。
「シャルロット、自分でご飯食べないのは私が食べさせないとダメな理由があるの?」
フルフル
「じゃあ甘えてるだけってこと? はぁ……。おいで、今日だけだからね」
どうやら魔物の生態とか関係なしに甘えたい盛りの様だね。それともこの甘える行動が魔物の生態由来の何かの可能性もあるか。シャルロットは嬉しそうに私にひしっと抱きついた。パンはさっき食べたけど鶏肉は食べるの? ……うん、鶏肉も食べるみたいだね。ハチミツが付いてるから食べるのか、それとも魔物は何でも食べるのかわからないけど嬉しそうにムシャムシャと食べてるよ。はいあーん。
「もう完全にノエルの子供だな」
「そうみたいですねー。あ、そうだ。私も要件を伝えないとですね。辺境伯家から連絡が来たのでお伝えします。十日後に謁見の許可がおりましたよ」
「十日後か……。思ったより早く解決できそうだな。私は最悪半年とか一年後を想像してたぞ」
「へー。会うだけでそんなに時間かかることあるんだね。一旦村に帰ってまた来る感じ?」
「そうだなー……。流石に何の連絡もしないで後十日も街で過ごすとなると心配するだろう」
明日はお買い物済ませて村に帰ろう。シャルロットにご飯を食べさせながら話を進める。たまに意地悪で食べさせるフリして指を咥えさせようとすると慌ててイヤイヤする。私の指最早トラウマじゃん! そんなに怖いのに食べさせて欲しいとか魔物はよくわからんね。
「謁見にはやっぱり正装していくの?」
「そうですね。今すぐです、みたいな突発的な謁見なら仕方がないですが、十日後となるとある程度は正装の必要もあるかと思います。商会の方で用意しますよ。時間的にオーダーメイドとはいきませんが……」
「じゃあ悪いけど私とアレクシアさんとシャルロットの分宜しくね」
「私も行くのか?!」
「いえ、アレクシアさんよりシャルロットちゃんの方が驚きです。ハチの正装って何でしょう……」
各々がブツブツと何かを考えてる中、私はシャルロットに呑気にご飯を食べさせている。
辺境伯との謁見か、考えてみるとそれが本来の目的というか今回の魔法問題において避けては通れないイベントだ。この謁見で私の処遇がどうなるかが大きく変わる分かれ道なんだろう。願わくば今までと大きく変わらない平和な日々が過ごせるといいな。
そう思いながらシャルロットと指を咥えさせる攻防を繰り返した。