ご飯の支度
アレクシアさん達も一通り話題は尽きたみたいなので、私たちは宿に戻ることにした。流石は植物魔法の使い手か、昔話にも花を咲かせて気が付けばもうすぐ夕方になりそうだ。今日はキラーハニービーが巣へ戻るのをじっと待ち、アレクシアさん達の昔話が終わるのをじっと待ち、待つ事の多い一日だね。
宿までの帰り道、シャルロットはまた姿を隠したまま背中に張り付き、アレクシアさんも旧友とのお喋りが楽しかったのか何処かスッキリした表情をしている。
「アレクシアさん、ご飯どうしようか? 予定通り夕飯はガッツリメニュー?」
「そうだな! 心配事だったシャルロットの件も片付いたし、朝からバタバタしてたしな。ガッツリ肉でも食いたい気分だ」
「りょーかーい。じゃあマリーさんとこで食材買って、串焼き屋でまたソース分けてもらおう」
醤油があればテキトーにお酒と味醂と砂糖入れて煮詰めればなんかそれっぽく出来るけど、その醤油がなさそうだったからなぁ。串焼き屋のソースも多分色んな野菜とか煮込んで作ってるんだろうけど、流石に毎回そんなの作ってられない。
魔法袋も冷蔵庫も無しに手の込んだ料理は辛すぎるよ……。
くぅくぅなるお腹を擦りながら歩いているとセラジール商会本店に着いた。ちなみにもう飽きたから妖精ウォークしないでとっとこ歩いてきた。
セラジール商会の中はそこそこ人が居るけど、混みあってはいない。多分庶民的な人達は露店で買い物を済ませて、少し余裕のある人達は商会、裕福な家庭は中央街の高級店って感じなんだろうな。
店内をキョロキョロ見回すがマリーさんは見当たらない。クッキーをプレゼントしたかったんだけど、居ないものはしょうがない。店員さんにわざわざ聞く程の事でもないしね!
私は鶏肉と野菜、それにちょっと高いパンも買う。鶏肉をソテーにして、串焼き屋のソースに蜂蜜を少し混ぜてハニーソースみたいにしてみよう。
あ、それとポテサラも作ろう。ポテサラ多めに作って明日の朝ごはんに使っても良いかもしれない! ジャガイモも追加だ。
問題はスープ。私は味噌や醤油を良く使うし、スープなんかは市販の粉とか素を使う事が多かった。コンポタとかコンソメとか作るってなると絶対大変でしょ? だからこっちではスープ作りは無力に近い。美味しく作れないの分かっていて野菜切って煮込んでって態々するのはモチベーション的に辛いんだよね……。もういっそ無しでいいか。うん、スープは無し!
あとはデザートにハチミツプリンも作ろう! 個人的には冷やして固めた方が好みだけど、氷とか無いし蒸すしかないね。それもまた良き!
御会計を済ませてお店を出た。
「挨拶とかしなかったけどいいのか?」
「良いんじゃない? マリーさんは居たらお礼にクッキーあげたかったけど、パッと見居なかったし呼び出して貰うのもお店の人に迷惑でしょ。それに友達って訳でもないんだし、大した用事もないのに気まずくない? 態々呼び出しといて特に用事はないです、なんて向こうもリアクションに困っちゃうよ」
「……それマリーさんの前で言うなよ? ノエルって案外人付き合い冷めてるよなぁ。村でも皆に慕われてる割に、ノエル自身が仲良いと思ってるのエマくらいじゃないか? あとギリウチのオルガが入るくらいか……」
「……私アレクシアさんとは親友だと思ってたけど?」
「お、おう」
隣を歩くアレクシアさんを見上げようとしたら、少し乱暴に頭をグリグリと撫でられて表情はわからなかった。チラッとだけ見えた横顔が赤く見えたのはきっと夕陽のせいでも、真っ赤な髪のせいでもないだろう。
肩にグリグリと顔を擦り付けるシャルロットはまるで自分もここにいるぞと言っているようだ。大丈夫だよ、シャルロット。君はもう私の家族だ。飼うと決めた以上責任は持つよ。
私達は仲良く三人で足取り軽やかに、宿屋休日へと帰るのだった。
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宿屋のお婆ちゃんに厨房を借りると伝えて調理に移る。
今日の料理は比較的簡単だ。塩コショウで下味付けた鶏肉をバターで焼いて、その肉汁と串焼き屋のタレを一緒に煮詰めてハチミツも少しプラスする。それを最後にかけるだけの簡単ソテーだね。付け合せに葉野菜とポテサラを添えて完成だ!
本当はたっぷりのタルタルソースを作ってチキン南蛮にしたかったんだけど、やっぱり醤油が……。おのれ醤油……。
さて、1日掛けて手に入れた本題のハチミツはパンをフライパンで温めて掛けるだけのシンプルメニューで味わう。美味しいと評判のキラーハニービーのハチミツがどれ程のものかわかりやすいでしょ。
当然デザートも忘れていない。今日は全てにハチミツを使ったハチミツ尽くしだ! デザートだってハチミツプリンを作るよ!
牛乳とハチミツを温めながら混ぜ合わせる。出来たらよく溶いた卵に少しずつ泡立たない様に混ぜていき、出来たプリン液をビンに入れていく。この時少し手間は掛かるけど、浮いてる泡は丁寧にスプーンで掬っていくよ! これをすれば口当たりも滑らかになるし、何より見た目がブツブツなりにくい。ブツブツは鳥肌がたつからダメなのだ!
お鍋に瓶を並べて、ビンに入らないようにお鍋に熱湯を注いで蓋をしたら蒸し焼きだ。後は完成したら水にでもつけて多少冷やそう。
夕飯のメニューはだいたいこんな感じだね。
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アレクシアさんはご飯ができるまで食堂でシャルロットと待っている。ささっと仕上げて食堂へパンとソテーを持っていく。トレイか何かがあれば一度に持って行けるのにと思いながら一人分だけ持って食堂へ向かうと、アレクシアさんの前にマリーさんが座っていた。
「お待たせー。アレクシアさんご飯どうぞ。マリーさんもこんばんは!」
「ノエルちゃんこんばんは! 今日もノエルちゃんは可愛いわね! それにご飯まで作って偉い!」
「お料理は好きって訳じゃないけど、美味しいものは好きだからね! 良いお店知らないから作らないとならないんだよ。今度美味しいお店教えてね?」
「ティヴィルの街ならお姉さんに任せなさい!」
指折り何かを数えてるマリーさんをアレクシアさんに任せて、私は厨房と食堂を往復する。私の分と念の為作ったシャルロットの分もテーブルに並べてアレクシアさんのお隣に座る。私の前に二人前並んでるから食いしん坊みたいだね。シャルロットは一体どこに居るんだろうとアレクシアさんの方を見ると急に背中に重みを感じた。どうやらどこかから飛んできたみたい。
「シャルロットおかえりー。ご飯にするから前においで? あなたご飯は食べるの? 魔力だけ?」
シャルロットは私の呼び掛けに応じて脇の下を通って前に移動してきた。マリーさんは二人前の食事を並べて独り言喋りだした私を見て不思議そうにしている。アレクシアさんはシャルロットの事を紹介してなかったみたいだ。
「マリーさん、実は今日シャルロットって家族が出来たんだけど紹介するから驚かないでね! シャルロット出ておいでー」
虹色の魔力を出して私に抱き抱えられた状態のシャルロットが姿を表す。
「か、可愛い! ……可愛い?」
マリーさんは突然見える様になったシャルロットを見て反射的に可愛いと答えたけど、冷静になると可愛いかわからなくなったみたい。まぁシャルロットはちょっと丸っこいだけの普通に大きい蜂だからなぁ。慣れると結構可愛いんだよ? ファーから甘い匂いするし。
「ほら、シャルロット。マリーさんにご挨拶は?」
ガチガチ!
「よろしい!」
「私には威嚇との違いがわかんないんだよなぁ……その挨拶」
安心して、私にもわかってない。