ジェルマンさんにご相談
「それで、何か困っている事があるそうですが?」
ジェルマンさんが紅茶を一口飲んでから尋ねてきた。私がアレクシアさんを見ると、目線で自分が話すから任せろと言ってくれているようだ。アレクシアさんも意外と頼りになる大人だね。
「なんだ? 私が話せばいいのか?」
違ったわ。アイコンタクトって難しいわ。私はアレクシアさんの問いに頷いて返して紅茶を飲む。
「最近村の若者がこの街の酒場で飲んでな。その時にこの子の事を少し喋っちまったらしい。……なぁノエル、どこまで話していいんだ……?」
あ、そうだね。魔法の事はデリケートだからアレクシアさんは話しにくいよね。
「えっと、ここだけの話にして欲しいんですけど、実は私魔法が使えるんですよ。それを村の人が酒場で話しちゃったみたいで噂になってないか確認しにきたの」
ジェルマンさんは驚きで目を見開いた後、顎を触りながら何かを考え始めた。
「なるほど。取り敢えず噂にはなっていないから安心して平気だ。そもそも魔法が使えるって話は酒場ではしょっちゅう出る話題でね。珍しくもなんともない。それこそ誰かが使えるなんて遠い話ではなく、自分が使えると言い出す奴まで頻繁に出るもんだ。まぁ使えるなんて冗談を言う奴は大抵、俺の水魔法を見せてやろうなんて言って店の裏で小便を……女性にする話ではなかったな。すまない……」
……それって私小便魔法と同列って事にならない……? え、普通に嫌なんだけど。それならいっそ魔法バレした方がよくない? ジェルマンさんをジトっとした目で睨んでしまうのは悪くないよね。
「……ごほん。商売をしていると色々な噂が聞こえてくるが、近くの村に魔法が使える子供がいるという噂は聞いていない。今の所心配はないよ。うむ」
ジェルマンさんは何かを誤魔化すように早口でそういった。
「取り敢えずは良かったのかな……? それでエリーズさんにも相談したんだけど、きっといつかはバレちゃうから、その前にジェルマンさんに相談して意見を聞こうって話になったの。もし私が魔法を使えるってバレた時はどうしたらいいと思いますか?」
「そうだなぁ。バレてしまったら手遅れに近い、というのが本音だな。それ故にバレる前に後ろ盾を得た方が良い。理由はわかるかい?」
なんだろう。バレる前に後ろ盾を得る為には当然、自分から魔法を使えるって事を伝えなきゃいけないよね。それって結構リスクじゃない? 極端な話、一生人にバレないかもしれないのに秘密を知る人を増やすんだからさ。
私はうんうん唸りながら首を傾げる。
「ノエルちゃんにわかりやすく説明しよう。例えばだ、ノエルちゃんが何かイタズラをしてお母さんに怒られたとしよう。この時イタズラがバレてから謝るのと、バレる前に正直に言って謝った場合、どちらの方が怒られると思う?」
「それはバレてから謝るほうじゃない?」
「そういう事だよ。噂が広まって困ってから誰かに助けを求めても心象は良くないだろう。今まで秘密にしてた癖に困った時だけ頼るんだね、と。そんな相手を快く助けようと思うかな?」
そう言われると……確かに私は快くは思えない。むしろ自分勝手な奴だと憤慨するかもしれない。もっと早く来ればどうにかなったのにと思うかもしれない。
「そう言われてみれば不誠実だね……。後ろ盾を得るなら辺境伯が第一候補だと思うんだけど、ジェルマンさんの目から見て、辺境伯に魔法の事を話すのは賛成?」
「それはわからない。そもそも私はノエルちゃんの魔法がどんなものかも知らないから判断しようがないよ。力によっては言わない方がいい物もあるかもしれない」
今更隠してもしょうがないし、口で説明するより見せた方が早いよね。インパクト重視でいこう!
「見てもらった方が早いですね。何か壊れてもいい様なナイフとか短剣とかありませんか?」
「ふむ、よく分からないが用意させよう」
ジェルマンさんが机のハンドベルの様な物をリンリンと鳴らすと男性が入ってきた。その人に売れ残ってる短剣を持ってくるように伝えると、少しして鞘に入ったシンプルな短剣を持ってきてくれた。
「これで平気かな?」
「大丈夫ですよー。じゃあちょっと抜きますね」
「まさかあれやんのか……」
アレクシアさんは何かを察したのか呆れ顔をしてる。
私は右手に持った短剣を鞘から抜き、刃先を上に向ける。そして刃先に一度左手の掌を添えてから勢い良く左手を振りかぶって、短剣に向けてそのまま振り下ろした。
「セイッ!」
私の掛け声と共に刃先に向かって振り下ろした掌は短剣に貫かれる事はなく、逆に短剣をボキリと折って見せた。
「驚きましたか? 私は身体強化の魔法が使えます。力も頑丈さもご覧の通りですね」
折れた短剣の刃を手でグシャグシャに握り潰してみせる。バキバキに折れるかと思ったら折れずに潰れたね。武器の善し悪しなんかわからないけど結構良い短剣だったのかな?
「……し、心臓に悪い。もう二度と私の前ではやらないように」
「私はまた喰うのかとおもったぞ……」
それ懐かしい! 以前アレクシアさんのお家の片付けを手伝った時に、捨てる予定のナイフを、目の前でムシャムシャと食べて『良い鉄を使ってるね』、って言ったギャグをまだ覚えてたんだ。あれ全然ウケなくて、むしろドン引きされたんだよなぁ。食べたと言っても飲み込んではないのに酷いよなぁ。
「えへへ、でもインパクトあったでしょ? 体の強化だから結構幅広く使える魔法なんだよ? この前も新技を開発したんだ! 新技はね、クロックアップと名付けたんだけど、脳を一気に強化するの! そうすると、頭の回転が凄く早くなって、周りが凄く凄くゆっくりに見えるんだよ。これの凄いところは、周りがゆっくりに見えるから人の瞬きもゆっくりで、暇な時に使うと皆変顔みたいに見えて面白いんだよ? ただ、このクロックアップには最大の欠点があるんだよね。暇な時に使って変顔を見て楽しんだとしても、実際の時間経過は凄くゆっくりだから実は暇つぶしにはなってないんだ。罠だよねこれ。あの時はお説教が少しも進んでなくて驚いたよ。何ならお説教の時間が体感倍になったね。うん」
「わかったわかった。落ち着けって」
「そう言えば、クロックアップ長い時間使ってると頭潰れそうな程痛くなるデメリットもあったね」
「お前それ二度と使うなよ?! 廃人になるぞ……」
アレクシアさんは立ち上がりながら声を荒らげる。暇つぶしにならないって学んだから早々使わないよ。
「はっはっは。エリーズの言う通り妖精殿は少し癖のある人物のようだね。身体強化の魔法であれば辺境伯に伝えても問題ないだろう。私から辺境伯に連絡してみるがそれで良いか?」
「協力して貰えるんですか?」
「構わんよ。可愛いエリーズからの頼みでもあるし、妖精殿には随分世話になってるからね」
「よかったなノエル」
ジェルマンさんはウインクをしながらそう言って、アレクシアさんは私の頭をポンポンと軽く叩いた。