セラジール商会
大きな門を通り抜けた先は広場になっていた。村の収穫祭より賑わっている広場は、街に入ったばかりの人達と、街から出ようとしている人達でごった返している。その広場から何本か、馬車がすれ違える程に広い道が延びていて、その道に沿って異国情緒溢れる木と石でできた建物がズラーっと並んでいるのが見えた。
あまりの喧噪に逸れてしまわないよう慌ててアレクシアさんの腰のベルトを掴み、キョロキョロと周りを見る。
街の外にもたくさんの人がいたのに、中はもっとたくさんの人がいる。村での生活に慣れてしまったせいか、前世の都会より少ない人集りに酔ってしまいそうだ。
「こんな所で迷子になったらもう二度と会えないぞ? しっかり掴まっとけ?」
アレクシアさんは冗談めかしてそんな風に言うけれど、街の何処に何があるのかもわからないのだ。もし本当に逸れてしまえば落ち合う事も難しいんじゃないかな。そんな事になってしまったら、まるで右も左もわからない海外に一人ぼっちで取り残されるみたいなもんだね。ゾッとするよ。
「しっかり掴まってろとは言ったけどそんなベルト握り潰すほど掴むなよ……。ほれ肩に乗せてやる」
アレクシアさんはため息を吐きながら、私の脇に手を入れてそのまま肩車をする様に私を肩に乗せた。
「ね、ね、アレクシアさん。人がたくさんいるよ? もし逸れたらナントカ商会で合流しよ? 勝手に帰らないでね?」
「セラジール商会な。置いてったりしないから落ち着けって。らしくない弱気な発言じゃない、人混みにビビったか?」
この心臓のドキドキが、初めての街でワクワクして高鳴っているのか、不安で高鳴っているのか分からない。私とした事が七歳の身体に引っ張られちゃったかな?
「からかわないでよ。私だってらしくない事言ったと思ったんだから。しょうがないじゃんか、初めて街に来たんだからさぁ」
「フフッ、悪い悪い。でも真面目な話、村と違ってスリとか人攫いとか他にもいろんな奴が居るからあんま油断はしない様にな」
周りの人より頭二つ三つ分高くなっている視界からは確かに色んな人が見えるね。さっきの私みたいにキョロキョロしている人に積極的に話しかける少し汚れた格好の子供たちや、何かを売り歩いている人もいる。どちらも村では見慣れない光景だ。
……っ!? あれは獣人では!? 冒険者っぽい格好をした目付きの悪いお兄さんの頭に耳が付いてる! ピンと上に伸びた白っぽいうさ耳がヒョコヒョコ動いてる! か、可愛い……! 少し厳つい顔付きでうさ耳っていうのがグッドだ! よく見ると獣人の人は結構いるみたいだね。さっきまで低い視点でぶつからないように気を付けてたから全然気が付かなかったよ。ファンタジーな街の人を見て興奮してきたのか鼻血が出そう。話しかけてみたいなぁ。
「最初はセラジール商会へ行くんだよな? 確かあっちの道にあったと思うんだよな……」
アレクシアさんは私の気など知らず、朧気な記憶を頼りにズンズンと人混みを通り抜けていく。
広場の周りには露店みたいなのもあるんだね。あれは街にでてきた無知な田舎者に割高な商品を売り付けるタイプの悪どい店だな。地元民は使わない観光客向けのお店と一緒だね。怒られる? これ怒られるやつ?
大通りをどんどん進んで行くと徐々に人の数が減ってきた。とは言っても村とは比べ物にならないくらいにはいるけどね。
「ねぇアレクシアさん、街はいつもこんなに賑わってるの?」
「そうだなぁ、いつもこんなもんじゃないか? 祭りの時はもっと凄いぞ? お、たぶんセラジール商会はあそこだ」
肩から落ちないように私の足を抑えていた手を離して、アレクシアさんが指差した先には大きな建物があった。たぶん四階建ての周りより高い建物のその商会は人の出入りが多くみえる。結構繁盛してるみたいだね。
肩から降りた私は商会を見上げる。入口のドアは開け放たれていて、その上にはセラジール商会本店と書いてある看板がかけられている。
お菓子作りの為に始めた旅の目的地にようやく辿り着いたんだと思うと興奮してくるね! ここがきっと私のシャングリラだ! アレクシアさんを急かす様に手を引っ張って商会へと足を踏み入れた。
中は予想より物が少なくて、思っていたより混みあってはいないね。食品関係はどこだろう? 天井にはスーパーみたいに案内の看板が吊るされてないね、何が何処にあるかわからないから探すのは大変そうだ。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
近くにやってきたお姉さんから話しかけられる。
「えっと、調味料とか食品関係が見たいんですけどどこにありますか?」
「違うだろ? 会長に会うんじゃないのか?」
「あ、そうだった。すみません。この商会の会長さんに会いたいんですけど、会えますか?」
「うふふ、ごめんね? 会長には簡単に会えないの。たぶんお嬢さんも妖精さんの事が聞きたいんでしょう?」
「妖精さん? 私村では妖精って呼ばれてるよ!」
「呼ばれてないし、話進まんだろ。早く手紙渡せ」
「あ、そうだった。えっと、はい! これが会長さん宛で、こっちがお姉さん宛ね」
私はカバンから二枚の手紙を取り出して渡す。エリーズさんからは会長であるお爺様宛の手紙と、お店の従業員へ見せる手紙を貰っていたのをすっかり忘れてたよ。
「これは…………。しょ、少々お待ちください!」
手紙を確認したお姉さんは慌てた様子で頭を下げてから走り去っていった。
「いつ戻ってくるかわからないし、お店の中見て回ろうよ!」
「待ってた方が良くないか? まぁ私を目印にすぐ見つけてくれるか」
アレクシアさんは背が高いからね。
「調味料どこにあるか見える? お菓子作りの材料も」
「背高いからって見えるわけないだろ。テキトーに探すぞ」
ある程度ブロック毎に別れて商品が陳列されているけど、見慣れない道具なんかもあって何の棚かわからなかったりするね。売り場は一階だけなのかな? 全然見つからないや。
「お、お待たせしました! 会長がお会いするそうなのでこちらへどうぞ!」
お姉さんが少し息を切らせながら戻ってきた。予想より早く戻ってきたね。
私たちはお姉さんの案内に従って売り場から従業員用のエリアへと入っていった。どうやら会長さんは一番上の四階に居るみたいだね。という事はこのお姉さんはさっき四階まで小走りで行って戻ってきて今また上ってるって訳だ。な、なんかごめんね?
四階に上がり、両開きの扉の前でノックする。
「会長、お客様をお連れしました」
「入りたまえ」
お姉さんが片方の扉を開けて、私達を通してくれる。部屋は広く、真っ赤な絨毯の上に大きいテーブルとソファ、絵画や壺のような物も飾られていて中々豪華だ。部屋の一番奥、窓際の執務机には白髪混じりの金髪のダンディなオジサンが座っている。エリーズさんのお爺様って事はエマちゃんからは曾お祖父様だと思うんだけど、私の想像よりずっと若い。失礼だけどヨボヨボの仙人みたいな人をイメージしてたよ。
「いらっしゃいませ。どうぞそこへ座ってください。マリーお客様にお茶を」
私たちがソファへ座ると、お姉さん改めマリーさんが頭を下げてから部屋を出ていく。お爺様も手紙を持って対面の席へ座った。
「さて、先ずは自己紹介をしようかね。私はジェルマン、エリーズのお爺ちゃんでセラジール商会の会長だ。今後ともよろしく頼むよ、妖精殿」
私はアレクシアさんの方をシュバっと見やる。ほら! やっぱり妖精って呼ばれてるじゃん! じゃん! アレクシアさんは肩を竦めながら口をへの字にした。
「私はアレクシア、ただの付き添いだからあまり気にしないでくれ」
「はい! ノエルです。エリーズさんとエマちゃんにはいつもお世話になってます! ジェルマンさんもよろしくね?」
「うむ、エリーズからの手紙に書いてあるが、ノエルちゃんが妖精殿で間違いないかな?」
「そうです! 私とエマちゃんの二人は村では妖精って呼ばれてます」
「だから呼ばれてないって」
「呼ばれてないみたいです……」
ガッカリだ。私は兎も角としてもエマちゃんは呼ばれててもおかしくないくらい美少女なんだけどな。マリーさんが部屋に戻ってきて私たちに紅茶を出してくれた。美味しそうだね。でもお茶請けは……?
「ふむ、何やら話が食い違っているな。だが食い違っているからこそ間違いないのか……?」
「すまないが良ければエリーズからの手紙にはなんて書いてあったか教えて貰っても?」
「あぁ、我が商会の稼ぎ頭である妖精殿に手を貸して欲しいと書いてある」
「その、妖精殿とは……?」
「以前からエリーズを通してあらゆる商品を開発して売り出していたんだ。ただ考案者は匿名を希望しているということで、仮名として付けられた名が妖精、そしてその妖精殿が困っているから手を貸して欲しいというのがこの手紙の内容だな」
ジェルマンさんはヒラヒラと手紙を揺らす。話を聞く限り私が妖精で間違いないみたいだね。村では呼ばれてないけど街では呼ばれてるぞ! ドヤァ!
「手紙は妖精殿に預けたが、妖精殿は少し癖のある人物で、たまに何を言ってるか分からないから気を付けてと注意書きがしてある。匿名希望という条件に反しない様に、万が一に備えて手紙にはノエルちゃんの具体的な事は書かなかったんだろうが、そのせいでよくわからなくなってしまったね」
「ノエルはエリーズとなんか商品作ったのか?」
「作ったよ! いろはかるたでしょ? 竹馬でしょ? あと文字積み木とか絵本も作ったかな? 他にも色々作った気がするよ!」
「ノエルちゃんが間違いなく妖精殿のようだ。なんともはや妖精殿がこんなに可愛らしいお嬢さんだとはね。まさに妖精、流石はエリーズだな」
ジェルマンさんは目を瞑ってうんうんと頷いている。そして私はアレクシアさんを見やる。ほれ! 妖精!
「いちいちこっちを見るな」
頭グリって動かさないでよ!