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初めての街イン異世界!

 街と村を結ぶ街道には、道から少し離れた草むらで大の字になって倒れている呼吸の荒い大人と、鼻歌交じりに花かんむりを作っている美少女がいた。そう、私たちである!


 あれからも必死に走り続けたアレクシアさんは遂に限界を迎えたらしく、ゲロ吐きそうと女性としては言ってはいけない言葉と共に崩れ落ちたのがついさっきの出来事。倒れたアレクシアさんを草むらに運んで寝かせてやってから、暇を持て余した私は白い小さな花を使って花かんむりを作っている。


「でーきたっと」


 まだ呼吸が整わないアレクシアさんの足を閉じて、両手をお腹の上で組ませる。女性なんだから女性らしくね! 組んだ手に白い花を数本握らせて、頭に完成した花かんむりをかぶせてあげれば……眠れる美女の完成だ! 呼吸の荒さが気になるがまぁそこは仕方がないね。アレクシアさんの体力が回復するまではこの草むらで休憩だ。私も寝転がって空を仰ぎ見る。

 

 出発したころに比べて、天気は少しだけ良くなった。雲の切れ間から顔を覗かせた太陽の光が大地へと降り注ぎ、沢山の緑が色鮮やかに輝いて見える。麗らかな春って感じだね。このままお昼寝をするのも悪くないかな、なんて思っているとお腹がきゅうと鳴った。


「……アレクシアさん。私お腹減ったな」


「お願いだからもうちょっとだけ待って」


「何か珍しく弱気だね」


「今ほんと無理。現役ならまだまだいけたけど、だいぶ鈍ったのを実感したよ……」


「……あとどれくらいで街まで着きそう?」


「もうすぐ街の外壁が見えてくると思うぞ」


「じゃあもうすぐだね。……走る?」


「無理」


 時計がないからどれくらいとか聞いても分かり難いのが不便だね。腕時計が要るとか要らないとか議論になってるのをたまに見たけど、そもそも時計が存在するってだけでめちゃくちゃ便利な物だよ。

 お互い仰向けで寝ころんだまま会話をする。


「そう言えば今から行く街ってなんて名前なの?」


「知らないのか。ティヴィルの街だよ」


 へー。私たちにとって街と言えば今から行くティヴィルの事を指してるし、村と言えば住んでる村を指すからね。名前なんか使わないから気にしたことなかったよ。


 雲の流れが結構早い。地上はそうでもないけど、空の上は風が強そうだ。初めての旅はまだ終わっていないけど、思っていたより退屈だって事だけが記憶に残りそう。これでもし馬車とか使ってたら歩いたり走ることすらないんでしょ? 耐えられないくらい暇そうだ。もし私が旅をするなら馬車は使わないで走ることにしようかな。


「ふぅー。ちょっと回復したわ」


 アレクシアさんは起き上がりながら私が用意した眠れる美女変身セットを放り投げる。普通子供が用意したものをそんなぞんざいに扱うかね!


「そろそろ移動できそう?」


「あぁ、歩くくらいなら問題ないよ。にしてもノエルは全然平気なんだな……」


「んー? 強化してればこれくらい平気だね」


「かー羨ましい限りで」


「でもアレクシアさんも足速くない? 普通あんなに走れるものなの?」


「いや、ある程度訓練をした奴は魔法こそ使えなくてもあれくらい出来るもんだよ。まぁ逆に言えば訓練をしなきゃ出来ないってこった」


 この世界の仕様なのかな? どういう原理かわからないけど、魔物を倒してレベルアップってことはないよね。だってそれなら魔物を倒したこともない私の強さがおかしな事になってるよ。魔法が使えなくても魔力はあって、それを使うとか? あるいは別の気みたいな力が存在するのかな。……まぁなんでもいっか。


「じゃあ行きますか!」


 そういって私は跳ね起きる。アレクシアさんものっそりと立ち上がって伸びをした。



 ●


 アレクシアさんが疲れているから出発時よりも幾分のんびりと歩く。結局最後まで別れ道もないし、景色の代り映えもしなさそうだなと思っていたところで遠くに何かが見え始めた。魔力を目に集めて視力を強化してみるとどうやらあれがティヴィルの街の外壁みたいだ。距離感がわからないから、なんとも言えないけど随分大きく見える。高さも然ることながら横にもずっと続いてるね。この道から少しそれた場所に沢山の人が並んでいて、賑わっている様に見える。


「アレクシアさん! あれ! あれがティヴィルの街? 沢山人が集まってる場所があるよ! 事件かな?」


「ここからよく見えるな。……あぁ、目を強化してんのか。ほんとでたらめだな。事件じゃなくて街に入るには検査があるんだよ。身分証を見せたり、積み荷に違法性のあるものはないかとかな。その検査を受けないと入れないから時間かかって門の外はいつも人だかりが出来てる。ノエルが見てるのはたぶんそれだな」


 ほー。テーマパークのチケット確認と手荷物検査みたいな物か! これから入ります、って感じであの瞬間が一番ワクワクするんだよねー。


「うずうずしてるとこ悪いけど走るのはほんともう無理だからな?」


「あうぅ」


「街に入ったらどうするか考えときな」


 そうだ、街へ行くことばかり考えてて具体的には何も考えてなかったね。やっぱ最初に泊まるところを決めないと買い物しても荷物困っちゃうよね。夜になってから探しても良いところは埋まってるかもしれないし。テーマパークの宿泊施設はほとんど予約必須だもんね。……いや、そもそも最初に商会へ行かないとお金がないから泊まるのも買い物も無理だ。うん、最初にATMだね!


「お金ないから最初にエリーズさんの商会へ行っていい? なんとか商会。そこの会長さんに最初に会わないとお買い物もできないや」


「セラジール商会な。手紙預かってんだろ? じゃあそこから行くか」


 ●

 

 そわそわしながら街を目指していると、漸く外壁の目前までたどり着いた。近くで見る外壁は、その高さに驚かされる。何メートルあるのかはわからないけど、見上げるほどに高い。高いビルなんかは見慣れていたけど、デザイン性のかけらもないただの高い壁は何というか武骨で迫力に満ちていた。これがどこまでも続いている。一体どれだけ大きな街なのか、私は思わずあんぐりと口を開けてしまった。やるじゃんティヴィルの街!


「でけーだろ? これがあるから街の中は比較的安全で、魔物の脅威に怯えることなく過ごしてるんだよ。といっても平気でぶち破る魔物も存在するがな」


「わ、わたしだってぶち破れるもん! やる? やってやろうじゃん!」


「やらんでいい。何と張り合ってんだよ……。ほらいつまでもぼさっとしてないで行くぞー」


 ここからは外壁沿いに門を目指すらしい。街までは一本道で迷わず来れるけど、街からは幾重にも道が伸びていて一人では帰れそうにないね。道案内いらなかったんじゃ、とか思ってごめんよ。アレクシアさん。

 

 門の近くまでやってくると沢山の人が並んでいた。武装した集団や、馬車を操っているおじさん。籠を背負った御婆さんや親子などなど、色んな人が集まってるね。ここにいる人だけでも村の人数を上回りそうだ。


「もしかしてこれ全員街に入る人? 折角街についたのに入れるのはいつになるの……」


「私もこれは毎度嫌になるよ。冒険者やってた頃なんて依頼終えて疲れてるのに大荷物背負って並ぶんだからな。ほらあいつらを見てみろ」


 アレクシアさんが指を指す方を見てみると、若い男女合わせて四人のグループが俯きながら並んでいる。中には荷物を降ろして、そこに座り込んでいる人までいるね。武器と防具をつけているから冒険者なのかな?


「あれは新人の冒険者だろうな。依頼に失敗したのか、疲れ果ててるのか知らないがしんどそうだろう?」


「なんだか汚れてるし大変な依頼だったのかな」


「さぁな。ほら私たちも並ぶぞ」


 辟易する程長い列の最後尾へ並ぶ。以前ならスマホを弄ってれば待ってる間もそれ程暇では無かったけど、それが出来ない今は退屈だなぁ。

 暫くはボーッとして待っていたけど、正直しんどい。アレクシアさんも退屈に心を殺されたのか、虚ろな目をして並んでいる。もしかしたら他の人も心を殺して待っているのか気になってキョロキョロと見回してみる。


 荷物の整理をしてる人、お喋りをしてる人、ただボーッとしてる人とかが主で、意外とアンデッドにクラスチェンジした人は少ないみたいだね。


 どうせまだ時間がかかるし、私も心を殺して魔法の訓練でもしていよう。


 ●


「……い、おい、ノエル。そろそろ帰ってこい。もうすぐ私たちの番だぞ」


 ……ようやく街に入れるみたいだね。何も考えずに魔法の訓練をしてたら意外とあっという間だった。


「お、帰ってきたみたいだな。死んだ魚みたいな、まるで何も見ちゃいない虚ろな目をしてたぞ」


「失礼だね! これでも村の皆からは妖精って呼ばれてるんだから死んだ魚とか言わないでよ」


「聞いたことないわそんな話」


 アレクシアさんは噂話とかに興味無さそうだし、そういう話は中々聞かないんだろうね。でも私とエマちゃんは村のアイドルにして妖精だ。きっとそう呼ばれている。


「次! 身分証を」


 いよいよ門の目の前まで来ると、虚ろな目をした門番みたいな人にそう言われた。この人も一日中人の入場検査をして、心が死んでいるね。でも私たち身分証なんて持ってないよ?


「はいよ」


 アレクシアさんは自分だけカードみたいな物を差し出している。


「アレクシアさんだけずるい! 門番さん、私身分証なんて持ってないですけど、私は入れないですか?」


「いや、子供が街に入る時は大丈夫だ。ただ街の外に出る場合は保護者が必要になるぞ」


「じゃあ身分証があれば一人でも街の外に出られますか?」


「基本的には無理だな。街の外は危ないから子供が勝手に出ないよう、そういう決まりになってるんだ」


「ま、そういうこった。私とハグれたら帰れなくなるから好き勝手動くなよ」


「次はこの水晶に手を乗せてくれ」


 門番さんはそう言って自分の横に置いてある台座に乗った綺麗な水晶を指さした。よくわからないけどアレクシアさんが何も言わずに水晶に手を乗せたので、私も背伸びをして水晶に手を乗せた。


「よし、通っていいぞ」


「どーも」


 何が何だかよくわからずに目を白黒させていると、アレクシアさんが門を通って街に入ってしまったので私も慌てて追いかける。


「ねぇもう終わり? あんだけ待ったのにもう終わり? あれは? ようこそ! ティヴィルの街へ! みたいなのは?」


 何歩か前を歩いていたアレクシアさんが振り返って笑顔でこう言った。


「ようこそ! ティヴィルの街へ!」

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