魔物との遭遇
身体強化を施した私は100メートル先の草むらまで一気に駆け抜けた。私が通った後の草むらは芝刈り機でもかけたように草がなくなってしまったけど、まぁそのうち生えてくるから良いね。恐らく例の獣は近づく私にまだ気が付いていない。あるいは早すぎて反応しきれていないのか動く様子がない。
一瞬で目的地につき、隠れているであろう草むらを覗いてみると、そこにはレオと同じくらいの大きさの、角の生えたウサギがいた。
角の生えたウサギは急に現れた私に驚いたのか、慌てた様子でこっちへ角を向けて突っ込んできた。……だけどそのスピードはお世辞にも早いとは言えない。なんだろう、レオのハイハイよりは遥かに早いんだけど、私的には攻撃とは思えないくらいに遅いのだ。……こいつさては魔物じゃないな! 結局そのまま突っ込んできて私の足に角をぶつけてきたけど、痛くも痒くもないし、その後はまるで擦り付けるように角の側面を足に当てて、ギコギコと前後に動かしている。
前世何かの本で読んだけど、動物は自分の縄張りや、自分の気に入った物に身体を擦り付けて自分の匂いを付けてマーキングをする、そうすることで他の動物たちに『これは自分の物ですよ』とアピールしているって確か書いてあったっけ。つまりこの角ウサギは私にマーキングしてるってことなのでは……?
灰色で目つきも悪いし、獣臭い角ウサギだけど、私に懐いていると考えると五割増しくらいで可愛く見えますな!
「どうした? ぴょん吉、ウチの子になりたいのかな? ヨーシヨシヨシ」
一生懸命マーキングしてくるぴょん吉をまるで大型犬を撫でるように両手でワシャワシャと撫でまわしてやる。
「でもお前は獣臭いから先ずは洗ってあげるからね! この灰色ももしかしたら洗えば真っ白になるかもしれないし。そしたらきっと美人さんになるぞー!」
ぴょん吉は嬉しそうにブーブーと鳴きながら大興奮で角を振り回してる。ウサギなのに鳴き声はブーブーって、その辺りもぶちゃいくな感じで俄然愛着が湧きますね! 私も楽しくなってきた! アニマルセラピーってのを実感してるぞ! さっきまでの退屈でささくれ立っていた心が急速に満たされていくのを感じる。
「ぴょん吉も嬉しいか? 嬉しいねー! おーおー、ダンダンって足踏みまでして大はしゃぎだねー!」
「……何やってんだ?」
「あ、アレクシアさんようやく来たの? 見て見て! この子私に凄く懐いてくれて……可愛いでしょう? 名前はぴょん吉にしました! これからこの子も旅のお供に加えて三人で街へ行こう! ねーぴょん吉ー」
私はアレクシアさんにも良く見えるように、ダンダンと足踏みしているぴょん吉を抱き上げる。やっぱりちょっと臭いわ。アレクシアさんは獣臭いぴょん吉を見てため息を付きながらおでこに手を当てて空を見上げた。
「ね? 可愛いでしょ? なんか私を見るなり飛びついてきてマーキングしてたんだよー」
「角を当ててきたんだろ? そいつはホーンラビットって魔物だ。角は刺す事も出来るし、側面はある程度切れ味がある立派な魔物だな」
「でもでも優しくですよ? 痛くもないし、勢いだってなかったし……。それにワシャワシャ撫でたら鳴いて喜んでましたよ? ブーブーって」
「それは威嚇だな。ラビット系の魔物は威嚇するときにブーブー鳴くぞ」
「でもでも……足をダンダン鳴らして喜んでたし……」
「それはラビット系が怒ってる時にする行動だな。……わかったろ? そいつは魔物だし、攻撃してきてるし、これっぽっちもノエルに懐いてない」
「…………」
私は抱えたままのぴょん吉を見つめる。ぴょん吉は目が合うとブーブー鳴くし、未だに角を一生懸命振り回してる。……でもたぶん懐いてるもん。私とぴょん吉はもう友達だもん。
私はぴょん吉の首根っこを片手で掴んで、もう片方の手で足元にあったこぶし大の石を拾った。
「ねぇ、ぴょん吉。ぴょん吉は私に懐いてるよね?」
私はブーブー鳴き続けるぴょん吉にそう語りかけてから、ぴょん吉の前で石を握りつぶして見せた。一気に潰した石はギュムっと変な音を立てて砕け散り、手の中に残った欠片も砂の様にバラバラになって風に飛ばされて消えていった。
「そうでしょ? ぴょん吉」
「きゅーきゅー」
「ほら! アレクシアさん! 懐いてるって! ぴょん吉懐いてるって言ってるよ! ブーブーじゃなくてきゅーきゅーって!」
「つまりさっきまではやっぱり威嚇してたって事だな」
「ち、違うもん! 見ててよね! ぴょん吉は私の傍から離れたくないと思ってるって証明して見せるから!」
私はそっとぴょん吉を地面に下ろして手を放す。これでも逃げなければそれはつまりそういう事だ。……けれどぴょん吉は時々転びながらも必死に走り去っていった。
「……まさしく脱兎のごとくって感じだな」
「……フフフッ。ホーンラビット如きがこのノエル様から本気で逃げられるとでも? 良いでしょう。10秒だけ待ってあげましょう! さぁ逃げ惑うがいい! 全力で離れるもよし! 息を潜めて見つからない様に祈るのもよし! それではゲームスタート! いーち、にー、さーん――」
「もう許してやれって。私らは街へ行くんだろう? ぴょん吉はいつまでもノエルのともだ……くっ、ダメだ……あはっ、あはははは! 攻撃されてんのに懐いてるってお前あははは!」
……アレクシアさんがお腹抱えて大笑いし始めてしまった。私はその隣でぴょん吉が脱兎のごとく逃げて行った方向をにらみつける。今度見つけたらあれやってやる。なんだっけ、あの食卓エンドのドロケイ。あれの刑だ。
●
「なぁいい加減、機嫌直せって」
「別に不機嫌になってないですぅ。ただちょっと面白くないなって思ってるだけだもん。ぶー」
私は不満そうに頬を膨らませる。ぴょん吉と別れてからは寄り道もせずに真っ直ぐ踏み固められた土の道を歩いていく。どうせこの草むらはホーンラビットとかいう失礼な魔物しかいない。そんな魔物に興味ありません!
「いやぶーってそれぴょん吉……ダメだ、思い出したらまた笑いそう……。アレクシア、落ち着けーノエルがもっと不機嫌になるから落ち着けー」
「笑いたければ笑えばいいじゃんか!」
私は怒り心頭ですと言わんばかりに地団駄を踏んでみせる。
「……あは、あはははは! お前怒って地団駄まで踏んだら完全にぴょん吉と一緒じゃん! あはははは!」
アレクシアさんは今までに一度も見た事がないくらい大爆笑だ。いいよいいよ、誰かが笑ってくれるなら恥ずかしい失敗だって笑い話に変わるってもんだ。好きなだけ笑えばいいよ……。ぶー。
「はぁー……。こんなに笑ったのは久し振りだ! また笑っちまうからぶーっての禁止な」
「楽しそうでいいねー」
「まぁそう拗ねんなって! そんな事言ってる間にほら、結構森の近くまで来たぞ? 今度こそ旅のお供に加わってくれる魔物もいるかもしれないぜ?」
本当だ。あと三十分くらい歩けば森に辿り着く所までやってきた。私がぶー垂れてる間に結構進んでたみたいだね。きっと森にはホーンラビットとかいう私の良さがわからない魔物とは格が違う賢い子がいるはずだ! その子を旅のお供にして街を目指せば楽しい事間違いなしだよ!
「よし! そうと決まればまだ見ぬ旅のお供を見つけに森まで走ろうよ! ダッシュだよダッシュ!」
「お、機嫌直ったみたいだな。寄り道してるからどうせどっかで走らなきゃ門が閉まる前に街には着かないだろうし、いっちょ走りますかー」
こうして私たちは森の入口まで競うように走って向かう事にした。