街へ向かう
罪を償ったヴァレミ一同から改めて謝罪を受けた。もう口を滑らせるんじゃないぞと肩を叩くと何故かビクッとしてたけど私の事が怖いわけじゃないよね……? ザールさんも怒っているところを見られてバツが悪かったのか色々と言いたそうな表情で、何かあったら言えよと一言だけ告げてオジサンズと一緒に去っていったよ。
これにて一件落着だね!
「じゃあ家に帰ったら話し合いの続きね」
「なんで? もう解決したでしょ?」
「何一つ解決なんかしてないでしょ。街へ行くと言っても行ってどうするの? 噂が広まっていた場合と全く広まっていなかった場合とを考えないとならないでしょう? 他にも考える事は沢山あると思うわ」
「うげぇ。その辺は大人に任せるよ……」
「こういう時だけ子供面しないの」
「子供面も何もまだ七歳の子供ですぅー」
お母さんと他愛のない話をしながら並んで歩いて帰る。収穫祭のメイン会場だった広場も、今はもう野外炊事場しかなくて少し寂しい雰囲気だ。今日一日を振り返ってみると意外と濃い一日だったように思う。これから家でまた話し合いとなると面倒だし早く終えられるいい方法はないだろうか、そんなことを考えている間に家についた。
「さぁレオー、お姉ちゃんと一緒に寝んねしましょうねー」
「だから話し合いするわよ。神父様はもうお帰りになったの?」
「あぁ、あの後すぐに帰ったよ。何かあれば相談してってさ」
ベビーベッドに移されて眠っているレオのぷにぷにほっぺをつつく。このはち切れんばかりに膨らんだ頬っぺたって破裂しそうでちょっと怖いよね。
背中にお母さんの強烈な視線を感じるから、仕方なく話し合いのテーブルにつくことにした。
「ようやく来たわね。それで、先ずはノエルの考えを聞かせてもらえる?」
「考えも何も街へ行って様子を見てくるよ。噂が広まってなければお菓子作りの材料買って帰ってきてもいいし、商会に顔出して交渉するのもありかなーって思ってるよ」
「交渉って具体的には何を目標に交渉するのよ」
「そりゃあ……なんだろう?」
「ほら考え無しじゃないの。ノエルは将来どうなりたい? 今のままの生活を続けたいのか、良い待遇で商会か辺境伯家に雇われたいのかとか」
どうなりたいか、ねぇ。今のままの生活も楽しいけど、ずっとここにいるのはちょっと違うかな。折角の新しい世界なんだから色んな物を見てみたいし、食べたことの無い美味しい物を食べてみたい。だけど貴族に囲われて家族と離れ離れでもう会えないっていうのもお断りだ。だから自由にしたいってのが一番しっくりくる。好きに出かけて、好きに帰ってくるそんな生活がいいね! そう考えたときに最初に浮かんだのは冒険者だった。
「商会とか貴族とかはわかんないし、私冒険者になってみたいな! なれる?」
「それは交渉次第なんじゃないか? パパは冒険者なんて危険な事は反対だけどね……」
「そうね、冒険者の事はママもあまりわからないから今度アレクシアに聞いてみましょう。そうなると冒険者になるかどうかは置いておくとしても自由にできる権利は得られるように交渉しないとね。取り敢えずエリーズにも相談して、商会に後ろ盾になって貰えないか聞いてみましょう」
商会と交渉するにしても、商会側が私の事をどれくらい重要視してるかなど、そのあたりの事がわからないと何を持って交渉するのか決められなかった。結局今日の話し合いは一度街に様子を見に行ってから決めるという結論で幕を閉じた。ほらやっぱり話し合い必要なかったじゃんか!
●
後日エリーズさんを交えて話し合った結果、ある程度の事がわかった。どうやらセラジール商会は私の事をかなり重要視しているそうだ。私が出すアイディアを手紙で届ければ、商会全体が一丸となって事にあたっているとかなんとか。特に商会長であるエリーズさんのお爺様がかなり評価してくれているみたいで以前から、会いたいとかどんな御仁なのかと質問が絶えないそうだ。だから交渉はかなり有利に進める事が出来るだろうし、私も一筆書くから悪い事にはならないだろうと太鼓判を押してくれた。
ただ、それはあくまでも商会の話であって、ここら一帯を治めるベルレアン辺境伯家がどう動くかはエリーズさんにはわからないそうだ。お爺様とベルレアン辺境伯家の前当主が懇意にしているそうだけど、エリーズさん自身はあまり面識がないそうで、どんな方なのかも噂程度の事しか知らないと言っていた。
だから今回街へ行ったらエリーズさんのお爺様に相談することになった。辺境伯家との橋渡し役をやってくれるのかどうか、それともやめた方がいいのか等々、具体的にアドバイスを貰ってから今後の動きを決めた方がいいってさ。ただ、街の様子によってはそんな悠長なことを言っている余裕がないかもしれないことは覚悟しておいた方がいいだろう。街を歩けばそこかしこで私の噂が聞こえてきてたら時間なんて残ってないだろうね。
私が走っていけば午前中には街まで行って帰ってくることが出来るだろうけど、そもそも街の場所を知らないから誰かに案内してもらわなきゃならない。そこで私はアレクシアさんにお願いすることにした。冒険者になることを視野に入れたのだから、元B級冒険者のアレクシアさんに色々話を聞きたいし、街へ向かう道中に魔物と戦わせてもらえるんじゃないかと思ったからだ。両親も同じ女性だしアレクシアさんの実力を知っているから護衛として申し分ないとすんなりと決まった。
後日お母さんと一緒に、アレクシアさんに事情を説明して協力してもらえないかお願いをした。それとお母さんには気づかれないように魔物と戦いたいから寄り道もしたいとこっそり伝えたところ、ウインクをして良いよとサインを出してくれたよ! 私とアレクシアさんは今でも一緒に訓練をする仲だから私の実力は十分知っている。特に危険はないってわかっているようだ。話し合いの結果、街へ向かうのはアレクシアさんの都合に合わせる形で明後日になった。結構急な出発になるね。
普通に歩いて街まで行くと、朝村を出て夕方にはつくらしい。それなら街までの距離は三十から五十キロくらいかな? 私が身体強化使って走ったら一時間もかからない程度の距離だから、特に大荷物も必要ないだろう。持っていくのはお弁当とエリーズさんのお手紙くらい? 何にしても初めての村の外は楽しみで仕方がない。
●
「お母さん! 私お土産買ってくるね! お菓子作りが一段階上にいけるようなそんなお土産を見つけてくるよ!」
「完全に遊び気分じゃないの……。いい? ノエル。今回街へ行くのは遊びじゃないのよ? お菓子作りの更なる発展を左右する大事な旅になるのよ。気を引き締めなさい」
「……ジゼルもお菓子の事になるとノエルと親子なんだなって事を強く実感するよ……」
今日はいよいよ街へ出発する日だ。身支度を済ませた私は玄関でお父さんとお母さんに別れの挨拶をする。レオはまだ寝てるからさっき一方的に行ってきますのチューをほっぺにしてきた。噛みつきたいほどプリプリだったね。
この旅で私は乳製品とその運搬方法を手に入れられたらベスト。ファンタジーであるような時間停止のアイテムボックスなんかがあると一気に解決できるんだけど、存在するのかな? 魔法が使えるってだけで大騒ぎするような世界だから期待は薄い。もしどちらも手に入らなかったとしても手ぶらでは絶対に帰れない。私はお母さんにスイーツという物がどういう物なのか、見せつけてやろうと決めているのだ。
「必ず、必ず私はお菓子作りに使える何かを持ち帰るよ。次に会う時はお母さんに本当のお菓子がどんなものか見せてあげるからね」
「えぇ、えぇ。それでこそ私の娘よ……! でもママはほんの少しだけでもお菓子がもっと美味しくなるならそれで構わないわ。だから無理だけはしないでね……」
「ねぇ街へ行く目的忘れてないか?」
心配性のお父さんは何を勘違いしてるのか、そんな見当違いなことを言ってくる。そもそも街へ行くのを決めたのはお菓子作りの為だったじゃないか! そこに神父様がやってきて話聞いてたのかーみたいな話になったのを覚えているよ。だから一番の目的はお菓子作り、二番目が噂と顔合わせだ。そこは譲れない。
「それじゃあ何時までもこうしてたら間に合わなくなっちゃうからもう行くね! じゃあいってきまーす!」
私は元気よく家を出て、アレクシアさんとの待ち合わせ場所である村の門まで走った。