人気者はツライよ
外出用の上着を着て家を出ようとした所でお母さんに捕まってしまった。おじさんだけ家に入ってきて私が戻ってこないから逃げるつもりなのがバレたらしい。仕方なくいつものお誕生日席に座った私の左手側にはお母さんとお寝んね中のレオを抱っこしているお父さん、右手側にオジサンと神父様が座っている。改めてみると珍しい光景だね。
「さて、皆さんお揃いのようなので、子供の私は邪魔にならないようにレオの面倒でも見てるよ」
「待ちなさい。ノエルが話の中心なんだから貴方が居なくなってどうするの」
「七歳の子供が居ても話は進まないと思うけど?」
「良いから座ってなさい」
家庭内ヒエラルキーの頂点に位置するお母さんが論理を無視して決めたらそれはもうこの世界のルールだ。どんな理屈を用意したところで関係なく封殺されるのが世の常。木からリンゴが落ちるように逆らう事などできはしないから私は頬を膨らませながる会議に参加することにした。ぶー。
「ノエルちゃんがしかられて座るから俺も流れで座っちまったがそれどころじゃないんだよ。神父様がここにいるってことは粗方話は聞いてるんだろう? 今ヴァレミ達が街でノエルちゃんの事を話しちまったって俺たちに相談してきてな。それを聞いたザールが怒ってんだよ。喧嘩になるならそれはそれで構わないんだが、ヴァレミ達も自分が悪いと思っているのかまるで罰を受けてるみたいになってて、ちょっと見ちゃいらんないんだ」
誰だか知らない名前が急に出てきたけど、話の流れから察するにヴァレミって人が酒場で口を滑らせた人で、誰だか知らんがザールって人が何故かキレてると。なるほど、わからん!
「ヴァレミさん達には話し合いが終わるまで誰にも言わないようにと言っていたんですが、罪悪感から言わずにはいられなかったようですな。相談に来た時もだいぶ思いつめた様な表情をしてましたからなぁ……」
「でもなんでザール? って人が怒ってるの?」
私の率直な疑問にオジサンが苦笑い気味に答える。
「俺らにとってノエルちゃんは友達であり、娘みたいなもんだからな。そのノエルちゃんが危険に晒されるかもしれないと知ったら短気なザールは怒るさ」
「そう言えばザールさんはノエルを見かける度に話しかけて来てたわね……」
大人たちは痛ましげに表情を歪めている。嬉しい事に私は思っていた以上に人気があったらしいね。でも口を滑らせたヴァレミさんが神父様に口止めされてたのにある意味また口を滑らせてるじゃん。それは怒られて当然じゃない……? 私だって魔法使うなって言われた後すぐ使ったら怒られたよ。
「それでオジサンは神父様に止めてもらおうと思って探しに来たのね。それなら私が止めるよ! 私の事で言い争いになるなら私が止めるのが一番説得力あるでしょ?」
「ノエルちゃんが一番被害を受けてるのに悪いな……。ザールもノエルちゃんの話なら聞いてくれると思うから頼めるか?」
「まぁノエルが止めるのが一番丸く収まりそうよね」
「ノエルのパパは僕だけど、娘の話なら確かに聞くかもね。パパは僕だけど」
珍しくお母さんが私の意見に同意している。お父さん以外の大人は皆頷いているし、お父さんも若干不服そうではあるけれど渋々って感じで頷いた。そうと決まれば早速行動だ。
「じゃあささっと行ってくるね! 広場に行けば皆いるのかな?」
「あぁ、俺が案内するよ」
「ママも一緒に行くからちょっと待ってなさい」
お母さんは外出用の上着を取りに部屋に戻った。ザールって人はたぶん酒の席に私を誘ったり、何かするなら声をかけろと言ってくるオジサンズの中で一番話しかけてくる人だろうな。
身支度を済ませたお母さんと私とオジサンが揃ったところで、私たちは広場へと向かった。
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「だから俺に謝ったってしょうがねぇだろ! それに謝った所でノエルちゃんが危ねぇのは変わらないんだよ。だから皆口を噤んでいたのにそれを台無しにしやがって……」
「……本当にすまない」
広場についてみると大声で怒鳴りちらしてるオジサンと、地面に座り込んでいる二十歳くらいの人たちがいた。あれが恐らくザールさんとヴァレミって人達だろうね。だいぶお怒りのザールさんが暴れてもすぐ止められる様にか、オジサンズの面々が側で待機しているのが見える。
「思ってたよりザールさん怒ってるわね……。ノエル止められそう?」
「任せんしゃい! シュガーラスク様を摂取して気持ちよくなってる私なら余裕です!」
心配そうに私を見つめるお母さんに胸をドンと叩いてそう答える。やることは至って簡単で、女の子が一度は言ってみたいセリフを言えばいいだけだよ! 取り敢えずヒートアップしてるところで話を聞いてもらうにはこっちに注目してもらう必要がある。私は怒れるオジサン達から少し離れたところで身体強化をして大声を出した。
「みんな! 私の為に争わないで!!」
「「「「…………」」」」
「はぁー……。ノエルに任せたのが失敗だったわね」
オジサンズとしかられている大人たちがポカンとした顔で私を見ている。この冷え切った空気は結構しんどいけど、私の狙った通りの結果だよ。ほらヒートアップしてたのに何かヒエッヒエに冷めたじゃん。狙い通りじゃん。だから私は泣かないよ。ノエルは強い子。
「ごほん。まぁ冗談は置いておくとして、私の話を聞いてよ。喧嘩しないで仲良くしよう? わかった? 話は以上! 解散!」
「いやいやもっとあるだろ? こいつらはノエルちゃんの事を街で話しやがったんだ。子供を守るべき大人が危険を招くことをしたんだから許される事じゃねーぞ」
ザールさんがそう言うとしかられている大人たちはまたシュンとしてしまった。案内してくれたオジサンも止めてほしいと言いながら、心情としてはザールさんと同じなのか頷いている。まぁ言いたいことはわかるけど、私の考えは変わらない。やっちゃったもんはしょうがない、だ。
「だまらっしゃい! 私は別にこの人たちの肩を持つつもりもないけど、お酒飲んで口を滑らせたんでしょ? この中でお酒を飲んで口を滑らせた事が一度もない人だけが責めてもいいと思うけどどう? この中に誰かいる?」
オジサン達全員がサッと目をそらした。ほれ見た事か! 古来より情報を得るには酒を飲ませるのが一番なんだからこんなことはよくあるんだよ。あっちゃいけないことだけど、よくあるんだよ。
「そういう事! 今回はこの人達が口を滑らせたけど、誰にだって可能性はあったと思うんだ。ザールさんが私の為に怒ってくれてるのは嬉しいけど、そのせいで誰かと喧嘩になったりするのは私嫌だよ。それでも納得がいかないなら、酒を飲んで口を滑らせた事が一度もない私が直々に罰を与えるよ! それでどう? 納得してくれる?」
「……ノエルはお酒飲まないでも口を滑らせるけどね」
お母さんボソッと余計な事言わないで! それじゃまるで一番ダメな人みたいになっちゃうじゃんか!
「……当事者のノエルちゃんがそれで良いなら俺はこれ以上文句は言えねぇよ」
「わかってくれてありがとう。それじゃあ早速刑を執行します!」
不承不承という感じがありありと伺えるが、一応ザールさんも納得してくれた。皆がどんな罰が下されるのか見守る中、私は座り込んだままの大人達のところへ歩いていき、軽く身体強化をしてムキムキの大人くらいの力加減でデコピンをした。座っているからちょうどいい高さにおでこがあるね!
「いでええええ」
目をぎゅっと閉じて構えていたけど、かなり痛かったのか最初に罰を受けた人はおでこを抑えてうめき声を上げながら転げまわっている。
「なぁノエルちゃん、俺はてっきり形だけの罰を与えて反省してね、くらいの可愛らしい感じで終わらせるのかと思ったら結構がっつり痛そうな罰与えるんだな……」
「何言ってんのザールさん! これでもだいぶ優しくしてるんだよ?」
私はそう言って地面に落ちている石ころを手に乗せた後、身体強化マシマシバージョンのデコピンで石ころを叩く。力一杯弾かれた指からはブオンという風切り音がして、その威力をもろに受けた石ころは跡形もなく粉々に飛び散ってしまった。
「ね?」
「あ、あぁ。俺ちょっとあいつらに同情するわ……」
刑の執行を待つ罪人達は、もう春だというのに雪山で遭難したように顔を真っ青にして震えている。迫りくる恐怖というのもまた罰の一つかもしれないね。そう考えると一番最初に何をされるかわからないまま罰を受けた人は運が良かったね! まだ転げまわっているけど。
「フフフ、君たちに出来るのは私が力加減を間違えないように祈ることだけだよ。懺悔の時は始まった! さぁ神に祈れ! 自らの行いを悔い改めて神に縋るがいい! あぁ、我らが女神エリーズよ、彼らに祝福を与えたまえ!」
プルプルと怯える彼らに私はうっきうきでデコピンをして回った。正直言って楽しかったです!