帝国で簡単なおやつ作り
皇帝陛下は眉をしかめて悩み、姫様は嬉しそうに足をプラプラさせながら私の顔を見あげている。
「姫様、お昼ご飯はちゃんと食べた?」
「うん! 食べてたらお客様隠れてるのに気が付いた」
「まぁ隠れてはないけどね。じゃあ少し早いけど、おやつでも作ろうか」
「おやつって何? お客様作れるの?」
「少しね。じゃあ厨房に行こっか! では陛下、私たちはこれで」
姫様を抱っこして立ち上がり、姫様と一緒に軽く頭を下げた。難しい理屈をこねくり回して私を騎士にされても困るからね、ここは退却だ。
皇帝陛下は膝をパシッと叩いてから立ち上がった。
「いや、俺も行こう」
「そ、そうですか……」
コリーナさんは少し困り顔だけど、皇帝陛下を諌められる程の度胸は無いらしい。
皇帝陛下は私から姫様を奪い取ると、我先に部屋を出ていった。
厨房へ向かう道中、姫様は私とやったかくれんぼの話を皇帝陛下にしていた。拙い説明ながらも、楽しかったということが前面に押し出されたお話に、皇帝陛下は好々爺然としてそうかそうかと聞いていた。
「また来たよー!」
厨房に来るなり大きな声で挨拶をした姫様。料理人達は慣れた様子でデレっとした顔で振り向くが……そこにはイカつい皇帝陛下が立っている。デレっとした顔のまま一瞬固まった料理人達は直ぐさま膝をつき、頭を下げた。
「よい、少し厨房を借りるぞ」
「借りる等と……。元々全て皇帝陛下のものでございます」
「お客様おやつって何するの?」
ガッチガチになってる料理人達がいる中、姫様はマイペースだ。とりあえずおやつは簡単な物で良いだろう。
外部の人間が厨房で好き勝手するのは面白くないだろうし、安全上の都合的にもよろしくないと思う。料理人達に食材の用意をお願いする。
作るのはホットケーキだ。混ぜたりひっくり返すのを一緒にやれば姫様もさぞかし楽しめるだろう。
先ずは卵を割るところからだ。未だ皇帝陛下に抱えられたままの姫様に卵を見せ付ける。
「姫様、これ何か知ってる?」
「しらなーい」
「これは卵だよ。見ててね」
私は人差し指でコンと叩いてヒビを入れ、卵黄と卵白に分けながら割った。
「壊れちゃったけど良いの?」
「いいのいいの。じゃあ姫様にも手伝ってもらおうかな。コリーナさんも来て」
私は皇帝陛下からサッと姫様を奪い取ると、作業台の高さで抱っこした。卵白入りのボウルをコリーナさんに抑えてもらい、シャカシャカ混ぜる奴を姫様に持ってもらう。
「はい、じゃあこれでかき混ぜて」
「わかった」
姫様はスープを混ぜるようにゆっくりクルクルと掻き回し始めたが、私が作りたいのはメレンゲだ。その混ぜ方じゃ時間がかかりすぎて姫様が大人になってしまう。
「んーとね、もっとこう……。ダメだ、私が抱っこしてると教えられない。シャルロット、姫様をお願い」
ガチガチアゴを鳴らすと、私に張り付いてたシャルロットが姿を現して姫様を浮かせてくれた。
「それはなんだ?」
「これは卵白で、今からメレンゲを作ります」
「違う。ハイデマリーを宙に浮かせている奴だ」
「今度はシャルロットの方なのね。この子はシャルロットって言います。私の家族ですね。姫様、ちょっとごめんねー」
私は二人羽織の様に、後ろから姫様の手を取ってシャカシャカ動かす。ある程度やり方を教えた後は、姫様に自由にやってもらった。姫様がメレンゲを作る必要はない。ただ、一緒にお料理をして、自分で作ったと姫様が思えればいいのだ。
「上手上手。姫様凄いね。じゃあ私もやりたいから変わってくれる? その間シャルロットと見ててね」
ほんの少しだけ白くなり始めた頃に代わり、私は身体強化をしてシャッとメレンゲを作る。早く作らないとお夕飯食べられなくなっちゃうからね。
次に卵黄と牛乳、小麦粉を混ぜてかき混ぜながら、メレンゲを数回に分けて加えていく。私が卵黄をかき混ぜ始めた段階で、姫様がソワソワし始めたので姫様にも協力してもらった。
ここまでいったら後は焼くだけだ。フライパンにバターをいれ、温まるのを待っているとバターの焼けるいい匂いが厨房に広がった。
今回は姫様にも食べやすい様に小さく焼こう。どうせ切るから一緒ではあるけど、大きい一段よりは小さい二段の方が可愛らしくて豪華だしね。
温まったら少し生地を流し込み、表面がプツプツするまで待ったら一大イベントのひっくり返しだ。
「さて、姫様。ここからは難しい作業です。失敗してしまえば今日のおやつは無しと言っても過言……だけどまぁ大事な局面ではあります。姫様にできるかなー?」
「できるよ!」
「よし! ならこの伝説のフライ返しを授けよう!」
シャルロットと飛んでいる姫様にフライ返しを渡し、二人羽織しながら説明をする。
「いい? 今からこれをひっくり返すの。こうだよこう」
「こう?」
「そそ」
姫様はエアーひっくり返しをすることでイメトレも完璧だ。では本番行ってみよう!
フライ返しをホットケーキの下に差し込む。
「いくよー? せーのっ」
私の掛け声に合わせてパタンと綺麗にひっくり返すことに成功した。
「凄いよ、大成功だ! はい」
私は姫様の前に手のひらを向けてハイタッチを待つ。キョトンとした姫様にも分かるようにお手本としてコリーナさんに手を向けると、私の意を汲んでパンと子気味よくハイタッチしてくれた。
姫様はキラキラと目を輝かせて手を上げた。
「せーの!」
ペチンと小さな音しかならなかったけど姫様は嬉しそうだ。
「次は? 次は?」
「後は焼けたらおしまいかな? 何枚か焼こうね」
教えたりエアーフライ返しをしたりと、焼き時間が想定より長くなってしまったホットケーキ。焦げてはいないが焼き色は結構強い。これは陛下に上げよう。
姫様と協力して四枚焼き、後四枚は私が隣りで焼いて合計八枚のミニホットケーキができた。最後にハチミツかけたら完成だ。
「はいはい、じゃあ出来たことだし早速食べてみよう! これが陛下の、これがコリーナさんの、そしてこれが姫様のだよー!」
上段に乗せる用に、私はスプーンと竹串を使ってそれぞれの名前入りで焼いた。
「凄い! これ私のだよ! 私の名前が書いてある!」
「そうだよー。皆の分にも皆の名前が書いてあるけど、姫様のだけハートマークが付いてるんだよ。特別だね」
姫様がキャッキャキャッキャと嬉しそうにはしゃぎ、コリーナさんに自慢している。コリーナさんも良かったですねとほんわか笑顔だ。
だがそこに、一人空気を読めない人がいた。
「俺のは『陛下』だぞ? コリーナはコリーナでハイデマリーはハイデマリーで、何故俺のは陛下なんだ?」
「陛下ですから」
何を言ってるんだこの人。無視だ無視。