皇帝陛下とのおしゃべり
昼食後、やってきたのは応接室。室内には誰もおらず、準備が出来次第陛下が来るそうだ。メイドさんが入れてくれた暖かい紅茶を飲んでると、扉がノックされて皇帝陛下が入ってきた。
私服と言って良いのかはわからないが、スラックスにシンプルなシャツ一枚と中々にカジュアルな印象を受ける。陛下はかなり肉体派なのか、仕上がってるからシンプルな装いの方が似合ってるけどね。
「待たせたな」
そう言ってソファーに座ると、陛下は早速で悪いがと断りを入れてから話し始めた。
「俺は回りくどい腹の探り合いが嫌いでね。単刀直入に言おう。帝国へ来ないか?」
「…………そう言われましても」
来ているのだ。今、まさに来ている。呼ばれたから来てみたら『来ないか?』と言われるとは思わなかったよ。
「もちろん家族や友達を連れてきて構わない。寧ろ歓迎だ。我が帝国は血統を軽んじている訳ではないが実力に見合った地位を与えている。もし、君が帝国へくるなら好きな爵位をやろうと思うがどうだ?」
「勿体ないお言葉です」
私はそう言って頭を深く下げる。これは移住のお誘いで、移住者特典として今なら爵位が貰えるキャンペーン実施中らしい。恐らくは、普通の人ならかなり魅力的で、一般的に見れば高待遇で迎えてくれてるんだと思う。思うんだけど……そもそも爵位って貰って何のメリットがあるのかがわからない。
社会的ステータスだということはわかるし、身分的に偉いんだろう。前世の感覚的にはあまり理解し難いが、いわゆる住んでいるステージが違う。アデライト嬢が一番分かりやすい例だよね。
平民をひっぱたいた所でなんの問題もない。そういう社会的地位を得られるって事なんだと思う。もちろん無いよりあった方がいい事は多いんだろうけど……それが魅力的なのかと言えばイマイチ心に響かない。
「ふむ……。あまり乗り気ではなさそうだな」
「えっと……帝国が嫌とかそういう訳ではないんです。何なら王国に対して愛国心がある訳でもありません。ただ、正直に言って爵位を貰っても持て余すと言いますか……」
そもそも、帝国は実力主義だと言ってるじゃないか。その帝国の爵位に意味なんてあるの? 無いよりあった方が良いだろうけど、あればいいってものでもないと思う。それは周りの子達見てたらわかるし。
「同感だな。ここだけの話だが、俺も皇帝という地位を持て余している」
陛下はニヤリと笑ってそう言った。この場に誰もいないからぶっちゃけたのか、私を気遣ったのかはわからないが事実窮屈には感じているのだろう。ウルゼルさんが、陛下が直接見てくるって言い出した的な事言ってたもんね。
「ま、必要なら爵位をやるってだけだ。欲しくなったら言ってくれ。さて、もう皇帝として話す事は終わったんだがどうしたもんか」
「これで終わりなんですか?」
わざわざ呼んだくせにそんだけなの? 長旅とは言わないけどそれなりの時間かけて来たんですけど?
「まぁな。本来ならもっと話す事があったんだが、会って確信した。君は強大な力を持っているが、他者を貶めたりするような人間では無い。帝国が王国に戦争を仕掛ければ牙を剥くだろうが、王国が戦争をしたからといって積極的に参戦することもないだろう? 帝国に引き入れた所でそれは変わるまい。もっとも、スイーツショップや妖精としての商品開発なども得難いものだが無理に誘って煙たがられても困るしな。何かあればいつでも受け入れてくれる場所が出来たとでも思っておいてくれ」
「わかりました」
正直わかってない。多分わからないのは価値観が違うからだ。愛国心という物が無くて、身内以外にはあまり興味が無い私は、気質的には根無し草の冒険者なんだろう。だから『来たければ帝国に来ていい』、なんて言われても『行きたきゃ言われんでも行くわ』としか思わない。高待遇で迎えて欲しい訳でもない。
ほっといてくれれば良いのだ。皆で帝国旅行がしたいと思った時に、サカモトで来られると困るだとか、ちゃんと歩いて来て欲しいとか、そういう煩わしい事が無ければそれでいいのだ。悪さしたい訳でもないし、迷惑をかけたい訳でもないし、良くして欲しい訳でもない。ほっといてくれるのがシンプルに一番良いんだよ。普通にしてくれればいいんだよ。
王国側は結構その辺煩わしいから、そういう面では帝国の方が良いかもしれない。でも一人で引っ越す気はないし、リリ達お貴族様が一緒に引っ越せるとも思えないし、移住は正直難しいと思う。新居建てちゃったし。
「一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「もし、友達と一緒に帝国旅行がしたいと思ったら、ブラックドラゴンのサカモトで来てもいいですか?」
「鐘を必ず鳴らしながら来るなら構わない。それと、後で俺も乗せてくれ」
「いいですよー。それなら早速――」
私が早速飛んでみますかと言おうとした所で扉が突然開いた。ノックもなしに何事かと思えば……。
「お客様いたー!! 隠れちゃダメって言ったのにこんな所に隠れてー!」
「ひ、姫様お待ちを!」
姫様がお怒りのご様子でソファーに座る私の足に突撃してきた。コリーナさんは顔面蒼白だ。皇帝陛下のいる部屋に、ノックもなしに飛び込んだとなればいくら娘とは言え側仕えが怒られるのかもしれない。
私は姫様を抱っこして膝に乗せる。
「こーら。ノックもなしに飛び込んで、走り回ったら危ないですよ? それにほらお父さんに挨拶は?」
「パパはここに居ないよ? おじいちゃんおはよー!」
私の膝の上で手を挙げて陛下に挨拶する姫様。皇帝陛下のお孫さんなのね。娘かと思ってたわ。
皇帝陛下はというと……。
「おお! 今日も元気だなぁ! じいじの所にもおいで!」
デレッデレである。
「ううん。お客様勝手にどっか行っちゃうからおじいちゃんの所にはいけないの。そうだ! おじいちゃん! この前言ってた私の騎士、お客様にする!」
「そうかそうか! 中々決まらなかったからなぁ。よろしくな、ノエル」
いやよろしくされても何の話かも知らないんですけど。ただ、安請け合いしたらリリに烈火のごとくしかられるような気はする。
「いえ、申し訳ないですが私は王国の人間なので。それと騎士ってなんですか?」
「あぁ、ハイデマリーの専属護衛だ。我が帝国では基本的に自分の身は自分で守れてこそ何だが、それはあくまでも男の話だ。だからハイデマリーには専属の騎士を付けようとしていたんだが適任が居らなくてな」
「それを私にしたいと」
姫様は私の両手をシートベルトのようにお腹に回し、ニコニコしながら足を揺らしている。
王国帰るから無理ですわ。
「お客様はかくれんぼ下手っぴなのに、たまに上手に隠れる時があるからね。居なくならないようにちゃんと捕まえないと!」
「そうかそうか。しっかり捕まえておけよー?」
「うん!」
「いや……ごめんね? 私王国に帰るし、姫様の騎士にはなれないよ」
「やだ」
やだって言われても困る。そもそも姫様にとって護衛騎士ってのは遊び相手って事になっちゃってるよ。そういうものじゃないでしょ。
「どうにかならんか?」
皇帝陛下が今になって私に執着し始めた。たった一回遊んだだけでこうなるんだから他の人も遊んであげなよ。
「申し訳ありませんが、ならないですよ。姫様は今日一緒に遊んだのが思ってたより楽しかったようですね。もう少しお友達とか作る機会が必要なんじゃないでしょうか?」