パーティーの終わり
第二王子の発言が会場に響き渡ると、少しざわめきを取り戻した。
かなり衝撃的な発言だったんだろう。それは私にもウルゼルさんにもわかる。ウルゼルさんは私の隣で半ばパニック状態で手を上げ下げしながら、私と第二王子を見ている。
「どうだ? 悪くないだろう?」
「えっと……。そういうのは気持ちが大事かと」
私が言葉に困っていると、去ったはずの皇帝陛下が戻ってきた。
「ルーファス、余計な騒ぎを起こすなと言っただろう。全くお前と言う奴は……」
「ですが父上、その方が帝国の為になるのはおわかりでしょう?」
「ま、それはそうだがな。ノエル、君はどう思う?」
ここで私に話を振られても正直困る。そもそも王族相手にどう振る舞うのが正解かすらイマイチわかっていないのに、定型文で返せないような質問は辞めていただきたい!
「そうですね……。やはり本人の意思が何より大切だと思うのと、少し第二王子殿下は特殊な趣味の方なんですね、と言うのが正直な感想です」
王侯貴族ともなれば、政略結婚は付き物或いは義務なんだろうけど、その辺の感覚は私には理解し難い。それに未だ恋すら未経験だから、幾つになってもやっぱりドラマティックな物を求めてしまうよ。だから意見を求められても難しい。運命的な出会いとか、今までは友達だと思ってた人に一瞬で心奪われるとかさ。
「ふむ……。確かに少々幼さは残るが特殊という程でもあるまい。それにノエルは帝国貴族に引けを取らぬほど美しいぞ。自信を持て」
皇帝陛下はそう言って私を持ち上げる。私が美しいのは間違いないし、流石は皇帝陛下。見る目がある。
だけど私を褒めたところで気持ちは変わらない。
「ありがとうございます。ですがやはり当人の気持ちが大事です。一度当人同士で話し合いが出来るように場を用意しましょう。ただ、ああ見えてサカモトは食べ物を食べたりはしません。魔力が必要なんです。なので贈り物をする際は魔力系の物がよろしいかと」
「……サカモトとはなんだ?」
皇帝陛下も第二王子も首を傾げている。ウルゼルさんはサカモトを知っているし、乗せてもらった恩があるから何か言いたいんだろう。ああとかううとか、遊びに混ぜて欲しいと素直に言えない子供みたいになっていた。
「ですから第二王子殿下が求婚した私の家族、ブラックドラゴンのサカモトです。正直なところ、ドラゴンの雌雄についても詳しくなく……サカモトがメスかどうかもわかっていません。ですが人とドラゴンの婚姻ともなれば、性別は些細なものでしょう。家族としては複雑な心境ではありますが、私が善し悪しを決めるのも違うと思います。なので明日あたりにでも、第二王子殿下とサカモトがお見合いをする場を用意しましょう」
サカモトが第二王子を好きになって離れたくないというのなら、娘を嫁に出す父の気持ちで送り出そう。一生会えなくなる訳でもないし、サカモトの為を思えば引き裂くものでも無い。
会場にいる貴族達にも話が聞こえていたらしく、第二王子殿下がサカモトに求婚した事が広く知れ渡った。種族を越えた愛ともなれば、風当たりが強いかもしれないが頑張って欲しい。
「……ルーファスが……ドラゴンに求婚……?」
皇帝陛下が首をかしげながら言う。どうやら話を理解していないらしい。見た感じ肉体派っぽいし、皇帝陛下は私と同じくパワープレイヤーとみた。
「はい。サカモトをみて妾にしてやると言っておりました。世間の目は冷たいかもしれませんが、せめて御家族くらいは暖かく見守ってあげませんか?」
「な、何を言っている! 俺はブラックドラゴンに――」
「ククク、ルーファスやめよ。振られた男がみっともないぞ」
「父上! 今はそういう話では――」
「やめよと言ったぞ? それが答えと言う事だ。いやあ中々面白い断り文句だ。ブラックドラゴンに求婚した第二王子。うむ、たしかに特殊だ」
「クッ……」
皇帝陛下は笑いながら言い、第二王子は悔しそうに顔を歪めている。イマイチ話がわからないが、もしかしたら帝国作法的には王族からの求婚を即座に了承しない場合は振った扱いになるのかもしれない。上のメンツを保つ為か、はたまた下の立場の者の為に角が立たない逃げ道を用意しているのかはわからない。隣国とはいえ、やはり微妙に文化形成は違うっぽいね。
「では、明日のサカモトとのお見合いは……」
「ああ。ナシでかまわん。これ以上ルーファスを虐めないでやってくれ。では我々はこれで」
皇帝陛下は喉を鳴らしながら、愉快そうに第二王子を連れて去っていった。まぁ話が流れたのならそれはそれで構わない。サカモトの耳に入る前だったわけだし、傷付くこともない。
「……ヒヤヒヤしたぞ」
「ね。チキンないからどうしようかと思ったよ」
「やめろよ? 王家の方々の話をチキンで回避するの」
ウルゼルさんが疲れた様に溜め息を吐いた。会場のトレンドは私から、第二王子の求婚へと移っていった。貴族の噂話は移ろいやすいものみたいだ。
「さぁシャルロット! お食事二回戦に行くよ! 今度は期待薄のデザートコーナーへ行ってみよう!」
口をモゴモゴと動かすシャルロットを連れてデザートコーナーへと移動した。
●
私の歓迎会みたいな事を言っていた割に、あまり話し掛けられることなくパーティーは終わった。夜会だったからか同年代の子もいないし、私としてはその方が楽でよかったけど何だか寂しさも感じる矛盾。
パーティー終了後はお城の一室を与えられてお泊まりした。
そして翌朝、みんなと一緒にサカモトに会いに来ている。パーティーに参加できずに一人だけ仲間はずれみたいになっちゃってたからね。
「サーカモト! おはよー!」
私が声を掛けながら近付くと、サカモトは嬉しそうにきゅるきゅる鳴いて私に顔を寄せた。顔に抱きつきながらたくさんの魔力を流してあげる。未だどれくらいの頻度で魔力を食べるのかわからないけど、大きな体を維持するのにはたくさんあって困るものでもないでしょう。
「サカモトもゴレムスくんみたいに小さくなれたらもっと一緒に居られるんだけどねぇ。なんか小型化の方法はないのかな?」
シャルロットが大きくなってから、進化して小さくなったようにサカモトも小さくなれればどこへでも行ける。ただ、サカモトが小さいまま大きくなれないのも空輸が出来なくなるから困るんだよね。
私がサカモトとワシワシ触っていると、一人の男が近づいてきた。
「少しいいか?」
山賊頭みたいな見た目の大男、第二騎士団団長のユルゲンさんだ。
「おはようございます。どうしました?」
「あぁ……。その、なんだ。少しブラックドラゴンが気になってな。ただ主人がいない時に勝手に近付くのも悪いかと思って待っていたんだよ」
ユルゲンさんは大きな体を縮こまらせて照れくさそうにそう言った。
「なるほど。じゃあサカモトに触ってみますか? サカモトさんおなしゃーすってお願いすれば許可降りると思いますよ」
「サカモトさんおなしゃーす!」
山賊頭がドラゴンに頭を下げてから触り始めた。
「おお、これが伝説のドラゴン……。やはりあらゆる攻撃を弾くのだろうな。硬い……。鱗にはあまり見えないが生え変わったりはしないのか?」
「どうなんですかね。今の所生え変わったのは見たことないです。そもそもこれ鱗なんですか? ワニとかと同じような感じですけど」
「ワニがどんな生き物か知らないが、少なくとも簡単には抜け落ちないんだろうな……。あ、そうだ。昼食後、陛下が会いたいとの事だ」
ユルゲンさんはサカモトに夢中で陛下との面会予定をおざなりに告げた。やっぱ男の子はサカモトみたいな巨大生物に夢中っぽいね。