立食パーティーは出会いに満ちている
会場に入って右にあるテーブルへと向かう。沢山の人が私たちに注目しているのがわかる。小馬鹿にしたような感じの人もいるし、好奇の目を向けている人もいる。何で子供が、とでも言いたいのか首をかしげてる人もいるし様々だ。
そんな視線に晒されながらゴレムスくんと手を繋ぎ、シャルロットを抱えたまま料理の並ぶテーブルへとやってきた。
お料理は全体的にお肉が多い。サラダ系もあるにはあるけど箸休め程度なのかな? 立食形式だからか、スープ類はあまりないね。
「ウルゼルさんのオススメは?」
「そうだな。このファングボアの肉なんかオススメだ。本来筋張っているファングボアをクタクタになるまで煮込んだ料理で、手間がかかり過ぎるからこういう機会でもないと中々食べられないぞ」
「ほぇー。じゃあそれ食べよう!」
帝都の近くには港町とか海がないのか、魚介系もなさそうだ。そう考えると肉ばっかりになるのも頷けるね。ウルゼルさんのオススメをお皿に取りながら、進みの速そうな物も取っていく。目に見えて減っているという事はきっと皆が食べたい人気料理なんだろう。
「ん、美味しいね。ウルゼルさん」
「だろう? だがな、外でファングボアを狩って、筋張った肉を噛みちぎるのも生を実感出来て美味いぞ。人間も自然の一部なんだと思える味だ」
それは美味いの? 硬い肉を噛みちぎるのは良いけど、なんか血なまぐさそうだ……。
ゴレムスくんは食べないし、シャルロットにも何か上げようかと思ってウロウロしていたら、急に後ろから声を掛けられた。
「ようやく見つけた。全く、人の話を聞かずに飛び出したかと思えば訓練場に勝手にドラゴンを下ろして。王国の平民は少し待つ事さえできないのかな?」
何だか嫌味ったらしく話しかけてきたのは第一騎士団団長の……えっと……団長さんだ。
「どうも。団長さん、なにか御用でしょうか?」
「あぁ。あのドラゴン、どうやって手懐けた? それが聞きたくてな。君みたいな平民の少女にできたのだから僕にもできるだろう?」
できるだろうと言われても私にはわからない。ちょっと面倒くさそうだから回避したいんだけど……お料理に気を取られすぎてウルゼルさんとははぐれてしまったみたいだ。助けを求められない。
「ドラゴンは知能が高いので、普通に勧誘したらいいと思いますよ。私はそうしました」
私の言葉を聞いた団長さんは鼻で笑ってから口を開いた。今だっ!
「そん……」
団長さんが何かを喋り始めようとした瞬間に、私は小さなフライドチキンみたいな物を頬張った。ウルゼルさんが食事中の人には話しかけないのがマナーみたいな事言ってたし、これで私には話しかけられまい。
丁寧にフライドチキンを噛みながら、団長さんと向き合う。彼は私が飲み込むのを待っているのだろう。フライドチキンをモグモグしている私を黙って見ている。しかし甘いよ?
団長さんの瞬きに合わせて超高速でフライドチキンを更に頬張る。バレること無く無限フライドチキンが始まった。ふふふ、私と養鶏場の一騎討ちを止められるかな?
「…………えぇい! いつまで噛んでいる! それもうほとんど流動食だろう! いい加減飲み込みなさい」
団長さんは痺れを切らして怒ったように声を荒げた。私のお皿にチキンの骨がどんどん増えていっている事には気が付かないのかな?
郷に入っては郷に従えって言葉もあるし、マナーとか文化は歴史的重みがあるからあまり文句をつけたくはないんだけど、話したいからって人がモグモグしてるところをガン見する文化はなんかちょっとキモイ。
「もういいな? 飲み込んだか?」
「はい。それでどうしましたか?」
「ドラゴンだよドラゴン。話しかけて仲間にできるなら、今までだって誰かが仲間にしたはずだ。何か隠しているな?」
「隠すなんてとんでもない。そもそもドラゴンの性格にもよるのでは? 人間だって話し掛けたら仲間になれる人もいれば、どうあってもそうはなれない人だっている。そうでしょう?」
「ほう。言うじゃないか。このカールハインツ・ヴァインシュタインに臆面もなく……おい、いつの間にまたチキンを食べた」
カールハインツさんは私がチキンを食べれば話すのを辞めてくれる。このお食事マナーやっぱ変だよね。『食べてる人に話しかけるな、但し、話し中に食べるのは自由』みたいな事じゃん。極端な話「異論があるなら言ってみろ」みたいに言った直後、チキン食べればはい論破みたいな感じじゃない?
「ノエルちゃん探した……おっと、食事中か」
ウルゼルさんが私を探しに来てくれたみたいだ。私は手早くチキンを飲み込んでウルゼルさんに話しかける。
「お待たせー。なんか美味しそうな物探してたらはぐれちゃったね」
「ウルゼル、私の話が終わってからにしろ。今は私がこの平民と――だからいつそのチキンを!」
カールハインツさんは帝国の御作法に乗っ取ってる限り私に話しかけることなどできんよ。お料理はまだまだあるのだから。
「……ノエルちゃん。確かに食事中に話し掛けるのはパーティーの作法としては良くないが、そもそも話し中にチキンを頬張る方がもっと良くないぞ。帝国作法ではなく、人としてな」
ぐうの音も出んわ。帝国のマナーに問題があるんじゃなくて、私に問題があったのか。なるべく急いで飲み込んだ。
「カールハインツさん、何度聞かれようと答えは変わりませんよ? 普通に話し掛けたら仲良くなれただけです。人懐っこい子でしたので、それが原因だと思います。それにそもそもドラゴンがどこに居るのかわかっているのですか? 先ずはそこからですよ。あとレッドドラゴンは見つけても辞めた方がいいですよ。あれアホなんで」
私の話を聞いて思う部分があったのか、カールハインツさんは黙り込んでしまった。今のうちに離れよう。
「ウルゼルさん、今のうちに離れましょう」
「そうだな」
私達は会場の奥、いくつか置いてある窓際のイスに腰掛けた。未だ会場には人が多いが、催し物とかはあるんだろうか。
「ねぇ、このパーティーって――」
「マグデハウゼン帝国皇帝陛下、アドラニエル・ヴェルナー・マグデハウゼン皇帝陛下、並びに第二王子殿下、ルーファス・オーゲン・マグデハウゼン殿下、ご入場です!」
「話は後だ。とりあえず立って頭を下げろ」
皇帝陛下の入場に、ウルゼルさんが慌てた様子で立ち上がって私にも作法を教えてくれた。同じ様にパーティー参加者皆が静かに頭を下げている。私が入場した側ならこの空気感、パーティー冷えっ冷えって感じちゃうけど、何も思わないのかな?
静まり返った会場で、小さく足音を立てながら、誰かがこちらに近付いてきている。今歩いてるのなんて陛下と王子だけだろう。面倒くさそうだけど今チキンは手元にないぞ……。
足音は私の目の前で止まり、視界には白いパンツと黒のブーツを履いた足がうつった。
「君がノエルか? 思っていたより若い」
重厚なバリトンボイスで話しかけてきたのは恐らく皇帝陛下。顔は見れないが、エッジの効いた渋い声は王子には出せない色気を感じさせた。まぁ皇帝陛下も王子も何歳か知らないけどね。私嫌だよ? 第二王子(52)みたいなの。
「父上、先ずは顔を上げさせては?」
「そうだな。皆、おもてをあげよ」
布ズレの音が聞こえたので顔を上げても良さそうだ。私も顔をあげて陛下と第二王子を見る。
銀色の短い髪に、翠の瞳、そしてゴリッゴリに鍛え上げられた肉体をしたダンディな人が皇帝陛下だろう。
第二王子は皇帝陛下を若くして少し細マッチョにした感じだ。二十代中盤って所だろうか。外見的特徴は誰がどう見ても親子だね。
「わざわざモンテルジナ王国から呼び付けるような形になって悪いな」
「いえ、とんでもないです」
陛下も王子もしげしげと私を観察していて居心地が悪い。
「せっかくのパーティーに俺の様なおじさんが若い子の時間を奪ってちゃ恨まれてしまうな。明日、改めて話でもしよう。是非とも今夜のパーティーも、そして帝国も楽しんでいってくれ」
皇帝陛下はサッパリした人柄なのか、それだけ言うと私の前から去っていった。ネチネチずっと話し掛けたりしてこない分、正直好印象だけど第二王子も連れてって欲しかった。
第二王子は私達、特に私をねっとりとした目付きで観察し、次に窓際から篝火に照らされたサカモトを見下ろしながら口を開いた。
「ふむ、悪くない。俺の妾にしてやろう」
未だ静まり返ったままの会場には、第二王子の声がやたらと響いた。