帝都
いくつかの街や村を通過して、そろそろお昼ご飯でも食べたいなぁと思いながら、皆に魔力を食べさせている頃、ようやく目的地が見えてきた。
「見えたぞ! あれが帝都、ケー二ヒスブルクだ! しかし本当に速いな……。私の旅は何だったのやら……」
自分の住む街……かどうかは知らないけど、馴染みある帝都へ久し振りに帰ってきたウルゼルさん。その顔には喜びが浮かんでいる。
私も帝都とやらを見てやろう。ゴレムスくんによじ登って肩に乗る。
帝都は大きく、王都よりも全体的に統一感がある。ほとんどの建物が赤い屋根をしていて、街の形は丸というより六角形に近い。その頂点の部分には監視のためか、塔のような物が立っている。
そして何より目に付いたのは城だ。王都のお城はザ・お城って感じで、プリンセス的なお姫様が住んでるんだろうなぁと、何となく想像できるものだったのに対して、帝都の城は要塞に近い。城と要塞で何が違うのかなんて事はわからないけど、帝都の城は武骨だ。
デザイン性はあまりなく、角張った頑強そうな作り。高さはそこまでないものの、ガッチリ組まれた箱のような形をしている。
「帝都は結構綺麗だね」
「そうだろう? 帝国はかつて争いが絶えなくてな。何度も壊れているから全体的に新しいんだ。ま、誇れる事ではないがな」
ウルゼルさんはそう言って肩をすくめた。帝国は実力主義、みたいな話を聞いた気がするけど、争いが絶えなかった歴史的背景が関係しているんだろうか。
帝都から攻撃されても困るので、サカモトに早めに鐘を鳴らして貰いながら一度帝都の周りをぐるりと旋回する。こうすることで嫌でも野生のドラゴンじゃないことがわかるでしょう。
恐らく戦争なんかが起きた時は城に篭もれるようになっているんだろう。サカモトが着陸出来そうな程広いスペースが城の中にはある。
「私が一度城へ行って事情を説明してくるから、それまでは少し離れた所で待っててくれるか?」
ウルゼルさんの言う通りに帝都の外、少し離れたところで待つ……のは時間が掛かることを私は知っている。王都の時がそうだった。結局会議は踊り続け、私自身で行動を起こさないと始まらなかった経験があるんだよ。だから私は別の案を提案する。
「サカモト、ゴレムスくん、悪いけどこのまま少し空を飛んで待っててくれる? ウルゼルさん、こっちの方が速いよ」
私は城上空を通ったタイミングで、ウルゼルさんの手を掴んでサカモトから飛び降りた。
「ふぇ?――うそうそうそうそうそおおおお!」
ゴォゴォと風きり音が耳にうるさく、ウルゼルさんの悲鳴はそこまで気にならない。紐なしバンジーは、私なら怪我することもないとわかっているのに結構スリリングで心臓の辺りがキュッとする。かなりの高度から飛んでるからまだまだ地面は遠い。悲鳴をあげるのをやめて顔を真っ白にしているウルゼルさんの腕を引いて抱き寄せる。
「ほら、ウルゼルさーん! 上からなら城まで直接行けるよー! あれって教会? 結構大っきいね!」
「母上父上先立つ不幸をお許しください」
「もう! せっかくなんだから目を閉じてないで見なよ! もうすぐ着いちゃうよ?」
「着いたら死んじゃうのおおお」
「シャルロット、ウルゼルさんいるからゆっくりお願いねー」
背中から聞こえるガチガチって音がキュッとしたスリルを和らげてくれる。少しずつ落下速度が落ち、地面に着く頃にはふわりとした軽やかさを感じるスピードになっていた。
流石に城の内側に飛び降りるのははばかられたので、城門前にストンと着地してウルゼルさんを降ろしてあげる。降ろしてあげるけど……ウルゼルさんはいつまでも私に抱きついたまま離れない。
「ウルゼルさん、私の事好きになったの? そんなに情熱的に抱き着いちゃってさ」
私が冗談めかしてそういうと、ウルゼルさんは顔を真っ赤にして照れて――
「殺す気か! アホ! おしっこ出ちゃうかと思った……」
る訳ではなく、怒ってたわ。泣きボクロがチャーミングポイントのウルゼルさんが涙目になっているのは結構グッとくるね。
「もう一度飛ぶ?」
「やらん!」
「残念。でもウルゼルさんの頑張りのおかげでもうお城の前だよ?」
いつまでも私の顔を見つめ続けるウルゼルさんの肩をポンポンと叩いてから、ポカンとした顔で職務放棄している城門前の兵士を指さした。
「……ホントだ。とりあえず行くか。ん? 立てない」
地面にぺたんと座ったままウルゼルさんが首を傾げている。どうやら腰が抜けたらしい。
私はヨイショとウルゼルさんをお姫様抱っこして、兵士の所へ近付いていく。
「傾聴! 我らがマグデハウゼン帝国騎士、ウルゼル・ホニャラーラ男爵令嬢が、任務遂行ののち、名誉の負傷! 直ちに適切な治療が必要な為、通されたし!」
私が魔力を練り上げて威厳たっぷりに伝えるが、兵士は動かない。
「ならば通らせてもらう!」
二メートルはありそうな大きな鉄格子の様な物を足で持ち上げてから、落ちないように背中で支えてくぐる様にして通る。未だにポカンとしているウルゼルさんで両手が塞がってるから不格好な通り方になってしまった。
鉄格子は自動で閉まるようになっているらしく、私が支えるのをやめると後ろでどしんと音が鳴った。
「ノエルちゃん! これ通り方が違うぞ! 二人がかりで鎖を巻くんだ!」
「言うの遅いよ? それじゃおじゃましまーす」
今度は大きな鉄製の扉を、後ろ向きにおしりで押して開けていく。金属がきしむような音を立てながら扉が開き、城門の内側へと入れた。
「あぁもう無茶苦茶だ……。多分立てるから降ろしてくれ」
「はいはい」
私はそっとウルゼルさんの足を地面に着けると、しっかりとした足取りで地面に降り立った。
「おぉ! クララがたったよ!」
「誰がクララだ……。帝都に着くまでは結構常識的な振る舞いだったのに急に無茶苦茶やり出すし。これが世間を賑わす噂の妖精の気まぐれか」
ウルゼルさんは憎らしげに私の頬をびーっと引っ張ってから歩き出した。だが効かないんだな!
まだ門を抜けただけで、建物の内部に入れた訳じゃない。建物までの道はあまり飾り気はなく、シンプルな石畳の地面と、植え込みが植わっているだけだ。真っ直ぐ歩いて城へと向かった。
「これからどうするの? 陛下の所行く?」
「流石にそうはいかない。先ずは団長に帰還の報告、団長から将軍に報告が行き、そこからようやく陛下へ報告が行くだろう」
「おっそ。庭にサカモト降ろしていい? いつになるかわからないのに飛んだままじゃ疲れちゃうよ」
ワンチャン招待状片手に謁見の間にでも外から入るって案も私の中にはあるが、イタズラ心で少しはしゃぎ過ぎたし辞めておこう。
「……そうだな。その辺は団長に相談して訓練場辺りにでも降りてもらおう」
「へぇ! 何か思ったより臨機応変に対応してくれるね。ありがとう!」
「……こちらの常識が通じない以上、常識的な対応をしてても意味がないからな。疲れたとか言ってサカモトが尖塔にでも止まったら兵士が潰れて死ぬ。それなら訓練場を明け渡す方が確実だ」
サカモトは私達が居ないと眠る怠け者属性あるしね。痺れを切らして降りてこないとも限らない。
あーでもないこーでもないと、少し忙しそうに考え事を始めたウルゼルさんと一緒に、ようやく城の内部に入った。