帝国へ出発
リリとエマちゃんにちょっとばかり帝国に行ってくると告げたところ、少し心配そうにしていた。なーに、ちょっと行ってさっと帰ってくるだけ、何も問題は起きないさ!
そして翌朝、サカモトに乗って王都街壁近くに降り立った。最近は建築資材の運搬とかでサカモトが行き来することが多かったからか、王都の人達は結構サカモトに慣れている。鐘を鳴らしながら王都へ近付けば、手を振ってくれたりと割と歓迎ムードだ。
朝も早くから依頼に出ていく冒険者達と二、三会話をしていると一台の馬車がやってきた。私もよく乗る王城で使われる馬車から降りてきたのは荷物を背負ったウルゼルさんだった。
「すみません。お待たせしてしまいましたか?」
「いえ、今来たとこです」
歩み寄ってきたウルゼルさんに、まるでデートの決まり文句の様なセリフを吐いて合流する。
ウルゼルさんは私の背後にそびえるサカモトを興味深そうに観察している。騎士だからか、恐怖心は無さそうだね。
「これが本物のドラゴンか……。カッコイイ……」
見る目があるね! このダイナソーな感じが凄くいいよね! 魔力さえ貰えれば何も食べないくせにデカイ牙なんか生やしちゃってさ! そんなのカッコつけ以外にないじゃない! カッコイイから牙ついてるのにカッコよくないはずがない!
「じゃあウルゼルさん、この子はサカモト。乗る前にサカモトにお願いしてくれます? サカモトさんオナシャースって」
「はっ! よくわかりませんが必要なことなんでしょう。サカモトさん、オナシャース!」
「グルゥ」
体育会系の後輩みたいにバッと頭を下げたウルゼルさんに、サカモトはひと鳴きして頷いた。部活の新入りと、コーチ或いはOBってところかな?
サカモトが私が連れてきた人を拒否した事はないけど、無事に許可が降りたようでよかったね。
私はちょっと失礼と声をかけてからウルゼルさんをお姫様抱っこする。
「きゃっ」
「ごめんなさい、サカモト乗るのにこの方が早いんです」
「じ、自分で――」
そのままぴょんと十メートルくらいジャンプしてサカモトの背中に飛び乗った。
「――は無理でしたので助かります。何がなにやら……」
「ウルゼルさん、この子達も紹介しますね。この大っきいゴーレムがゴレムスくん、こっちの小さくて可愛い子がシャルロットです。仲良くしてくださいね」
ウルゼルさんを座らせてから、サカモトの上で待ってたゴレムスくんと、透明化してたシャルロットを紹介した。やっぱり事前に調査していたのか、納得したような顔でよろしくと挨拶をしてくれた。
帝国でアダマンタイトが必要なタイミングがあるかもしれないから、今日のゴレムスくんは三メートルはある大型サイズだ。アダマンタイトが必要と言うよりは、有事の際に変幻自在なゴレムスくんのアダマンタイトは凄く頼りになるのだ。
その頼れるゴレムスくんに風防になってもらって出発だ。
「それじゃあ準備は良いですか?」
「は、はい! 遂に飛ぶんですね」
「そうですね。では初めて帝国の方を乗せていざ出発!」
サカモトは首の鐘をカランカランと慣らしてから空へと飛び上がった。今日は荷物もほとんどないからサカモトも飛びやすくて良いでしょう!
グングン空へ空へと上がっていく加速度を全身に感じながら、目が覚める程の冬晴れした空へ近づいて行く。
「お、おお! 凄いぞ! もうこんなに高く飛んだのか! ほら、雲が掴めそうだ! なぁノエルちゃん! 夜になれば星に手が届……すみません。興奮しました」
少し男勝りな口調で興奮気味に捲し立てていたウルゼルさん。はしゃいで素が出たことが恥ずかしかったのか、顔を赤らめて目線を下げた。
「ウルゼルさん、せっかくの旅なんだからもう肩の力抜いて普段通りにしない? 気を使ってちゃ楽しめないでしょ?」
「そう……だな。そうしてもらえると助かるよ」
「ちなみに星は取れません」
私がそういうと、眉尻を下げて「そうか」と一言だけ呟いた。可愛い。
●
ティヴィルの街を通り過ぎ、グングン道なりに飛んでいく。やはり空の上は冷えるけど、ゴレムスくんが風をさえぎってくれるからかなり助かっている。
「もうすぐ帝国の領土だ」
鼻をすすりながらウルゼルさんが言う。
「何か目印はあるの? 国境沿いに壁があったり大きな関所があったり」
「この辺りにはないな。半端な壁を作ったところで乗り越えられれば意味はないし、国を囲む程作ることも難しい。何より魔物に破壊されれば無駄になる。申し訳程度に目印に木の杭が刺さっているだけだな」
「へぇー。そんなんでいいんだ」
引っこ抜いてちょっと動かしたら領土拡大じゃん。
「良いと言うよりはどうしようもないって所だ。たぶんもう帝国じゃないか? ようこそ、帝国へ」
なんだそれ。感慨も何もあったもんじゃないね。前世では海外に行ったことがなかったから少し楽しみだったけど、なんだか海外ってよりは他県に近いかなぁ。
国境を越えたからといって季節や風景が突然切り替わる訳もなく、言われなければ何もわからなかったと思う。
帝国訪問に対するモチベーションが二段階くらい下がったよ。
「そういえば帝国はウルゼルさん派遣するまで随分時間かかった気がするけどどうしてなの?」
「あぁ……。事実確認に時間がかかったし、会議では結構意見が割れてね……。ノエルちゃんを引き抜こうと主張する者、危険だと主張する者、取り敢えず会ってみないことにはという者、そっとしておこうという者……。ノエルちゃんが聞けば不快になりそうなものまでそれはもう色んな意見が出た。そこで一番厄介だったのが……皇帝陛下だ。自分が直接見てくると言って聞かなくてな……。ある意味皇帝陛下のおかげで、招待しようって意見でひとつになった」
一番偉い皇帝陛下が『自分行きます!』って言っても行けないんだね。ちょっと可哀想じゃん。私だったら偉くなくね? って不満タラタラになる自信あるわ。
「お、ドラゴンは流石に速いな。あの遠くに見えるのがゼーリゲンバッハだ」
ゴレムスくんの影から顔を出したウルゼルさんが言う。私もゴレムスくんによじ登って前方を見る。
大きな街壁に囲まれた綺麗な丸い街。東西に分断するように、街の中心には川が流れているのが特徴だね。けど、それ以外にティヴィルとの違いは無さそうだ。建築様式は同じっぽいし、街の人はまだ見えないけどウルゼルさんを見る限り服装が全然違うってこともないだろう。同じ大陸の隣国じゃ文化の形成も一緒なんだろうな。国境もあってないような物な訳だし。もしかしたら平民達は自分たちがどこの国に所属してるか、興味もないんじゃないかな?
「寄ってく?」
「昼飯にはまだ早いし、昼くらいには帝都に着くんじゃないか? このまま向かおう」
「はーい」
皆で旅行に行くなら帝国は無しかな、そんな事を考えながらゴレムスくんから降りて空を見上げた。