帝国からのお客さん
おじ様がヴォルテーヌ公爵と名乗ったわけだけど、ヴォルテーヌ公爵って……あれかな。アダマンタイトスプーン二刀流の使い手がヴォルテーヌ公爵夫人だった……かな? 自信薄だ。
「初めまして。いつも夫人にはお世話になってます」
確証はないけど、確かそうだった気はするし、『妻から毎日話を聞いている』ってことはそれなりにご縁がある人ってことだと思う。
「お世話だなんてとんでもない。妻は君の虜でね、正直嫉妬してしまうくらいさ。おっと、私が時間を取ってちゃいけないね。早速だけど少しだけ話を聞いてくれるかい?」
公爵様はハッとした表情を浮かべた後、私に確認する。本題を思い出したみたいだね。
「今回、王国としてはノエルちゃんに要求する事は特にない。自由に話し合ってくれて構わないよ。ただ、わからないことがあれば聞いてくれれば答えるし、相談にも乗れる。便利な道具とでも思ってよ」
公爵様は肩を竦め、冗談めかしてそんな事を言った。サポート役として人がつく、とは聞いていても実際の所は監視の意味もあるだろうね。まぁ相談役ですよと言いつつ上手いこと誘導されてしまえば私が足掻いたところでどうにもならない。その気になれば貴族社会を生き抜いてきた公爵様には平民の小娘一人くらい簡単にコントロールできるだろう。
私は頷いて返し、心の中で気合いを入れ直した。
「それじゃあ使者を呼んでくれるかい?」
メイドさんはかしこまりましたと一礼してから応接室を出ていった。使者、というか恐らくは使節団って感じなんだろうけどどれくらいの規模で来たんだろうか。
使者を待っている間、マグデハウゼン帝国の情報でも教えてくれるのかと思いきや、公爵様は妻とスイーツショップに行った時の話を聞かせてくれた。渋々、それはもう渋々アダマンタイト製のロングスプーンを一本貸してくれたそうで、夫婦揃ってアダマンタイトスプーンを使う史上初の栄誉を手にしたと言っていた。
ベルレアン辺境伯家では使用人に至るまで割とふつうに使ってるから史上初でもなんでもないけど、そこは指摘しない程度に私も大人だ。「それは凄いですね」と手をパチパチ叩いてヨイショしておく。なお、何が凄くて何が栄誉なのかはすこっしもわかっちゃいません!
「そうだ、今度是非とも我が家のお茶会に参加してくれると助かるよ。妻が喜ぶからね。――おや? 来たみたいだね。どうぞ」
愛妻家の公爵様の話を聞いていると、扉がノックされた。
入ってきたのはメイドさんと、革鎧を着た女性一人だけ。ゾロゾロとオッサンが入ってくると思ったんだけど……どういう事だろう。
「お初にお目にかかります。マグデハウゼン帝国、ロイデンシュタール男爵家三女、騎士のウルゼル・ロイデンシュタールです」
そう言って力強いビシッとした礼をした女性、ウルゼルさん。
髪は綺麗な薄紫色で、頭の高い位置でポニーテールにした綺麗系のお姉さんだね。泣きボクロがとっても色っぽい。
公爵様をチラリと見ると、小さく頷いたので私が返事をしていいみたいだ。
「えっと、初めまして。私はノエルです。どうぞ座ってください」
正直他国の使者との接し方なんてわからないし、公爵様に司会進行をお願いしたいんだけど……?
ウルゼルさんは「はっ」と少し大きな声を出してから、機敏な動きでソファーに座った。
「それで、ウルゼルさんはどうしておひとりで……?」
これは聞いていいよね? まさか虐められてて一人で行ってこい、ってワケでもないでしょう。
「話せば長くなるのですが……。端的に言って速度を優先した為です」
「……?」
話せば長くなるのに端的に言ったせいで全然わからん。端的過ぎるよ。急いだ理由もわからないし、使者としての御役目にも触れないで終わっちゃったじゃん。ウルゼルさんはこれで言うことは終わったのか、メイドさんが出してくれた紅茶を飲んでいる。
「……ウルゼルさんは帝国に私を招待する為に来たって事ですよね? 招待状とかは……?」
「あぁ、申し訳ありません。こちらです」
腰に着けているポーチから、手紙を取り出して渡してくれた。
中に書かれているのは八割がたいらない挨拶で、私の都合のいい日があれば教えて欲しいとのことだ。それに合わせて、迎えの一団を送ってくれるそうで、ウルゼルさんはそれを伝える為の早馬ライダーだったって事かな?
「……じゃあウルゼルさん。日取りなんですけど、明日でどうです?」
「あ、明日……? いえ、明日はさすがにその……。一度本国に戻ってから使節団を率いて来なければなりませんので……。明日と言われましても……」
明日は無理らしい。迎えの一団を送ってくるんだからそりゃ普通に考えれば明日は無理でしょう。だけど甘いよ、ウルゼルさん。
「ウルゼルさん、やっぱ明日行きましょうよ。本格的な冬が来てしまえば、ウルゼルさんは雪で帰れなくなりますし、当然迎えの人達だって立ち往生しちゃいます。だけどサカモトならどうですか? サカモトに乗って明日向かうんですよ」
「サカモトとはもしや例のブラックドラゴンの事でしょうか?」
「そうです! ウルゼルさんもそんなに何度も往復してたってしょうがないでしょう? それならもうサカモトで向かっちゃいましょうよ。時短です時短」
ウルゼルさんは、腕を組んで考え始めた。もしウルゼルさんがただの速達便であれば、『そんな事言われましても……』ってなる所だ。でも考えるってことはそれなりの権限を与えられてここまで来たんだろうね。それなら多少の無茶も通るって事だ。なるべく早くマグデハウゼン帝国に行って、冬が終わる前に、なんなら雪が降る前に帰ってきたいと思っている。変なタイミングで使節団が来たり、忘れた頃に来られても正直困るんだよね。
「ウルゼルさん、どうでしょう? 帝国初、ブラックドラゴンに乗った女性になってみませんか?」
「帝国初……」
「そうです。ここに来るまでそれなりに大変だったんじゃありませんか? 他国でひとりぼっち、寒い中を馬で駆けて、一生懸命やってきたはずです。そんな貴方だからこそ、私は提案しているのです。帝国民史上初、ブラックドラゴンに乗って大空へと羽ばたいた騎士、ウルゼル・ロイデンシュタール。ドラゴンに乗って帰ってきたウルゼルさんを、帝都の皆が歓迎するのです。眼下に広がるは誇りある我らが帝都、民達は皆笑顔で空を見上げ、手を振っているのです。『なんて立派なサカモトだ!』『乗っているのは一体誰なんだ!?』、聞いて驚け! 帝国民史上初、ブラックドラゴンに乗った人物、その名も――!?」
「ウルゼル・ロイデンシュタール! 良いでしょう! 明日向かいましょう!」
ウルゼルさんは拳を握りながら鼻息荒く名乗りをあげた。
帝国のことはあんま知らないけど、私は女性の騎士を初めて見た。男爵家の三女とは言え、敢えて騎士の道に進んでるんだから、騎士の誉れとか名を残す事に憧れみたいなのがあるんじゃないかなって思ったけど正解かな? 思いの外釣れたね。
一度でもサカモトでバーッと乗り付けちゃえば、今後もサカモトで行きやすくなるでしょう! そうすればみんなと一緒に帝国旅行なんかもできるかもしれない。『え? でもこの間は平気でしたよ?』これに勝るイチャモンは無い。
「では明日の早朝、王都の外で待ち合わせでどうでしょう?」
「かしこまりました! 私は革鎧をピカピカにしてきます!」
ウルゼルさんは「失礼します」と頭を下げてから部屋を出ていった。その際、重くても金属鎧にしておくべきだったかとボソボソと言ってた。彼女の頭の中にはもう、帝都で凱旋している姿しか浮かんでいないようだね。
「ふむ。随分綺麗に転がしたね」
「そんな、転がすだなんてとんでもない。時間は有限です。一日生きるということは、一日死へ近づくというものです。それならば何十日もかけて往復するだなんて命が勿体ないでしょう?」
知らない人に囲まれてのんびり馬車の旅なんてごめんだもん。退屈で死んじゃうからね。
何にせよ、帝国貴族の許可を得たんだから、サカモトで帝国に飛んでっても私は……そう。私は! 怒られることがないでしょう!