収穫の秋
暑い夏が終わって過ごしやすい季節がやってきた。日本のジメジメした夏と比べれば随分と過ごしやすかったけど、クーラーとか冷たい物とかがないからその分少し物足りない感じがしたかな? 夏はお風呂あがりに涼しい格好でアイスを食べるのが好きだったけど、ここにはお風呂もなければアイスもない。お風呂の代わりは水で濡らした布で身体を拭くだけだ。たまには熱いお風呂に入って変な声を出したくなる日もある。ぬわーーとかうぅぅーーとか。
畑はすっかり黄金色に色づいて、風が吹くたびに小麦が少し重そうに頭を揺らしている。サァーっと吹く風に合わせて揺れる小麦を見ているとまるで普段見ることができない風を目で見ているようで、ただの風さえ特別なものに見えてくるね。このどこまでも続くような小麦の絨毯の収穫を終えれば年に一度の収穫祭が始まるんだってさ。
村でやるお祭りの中では一番大きなものだから、お父さんもお母さんも、村の皆も楽しみにしている。今まで一生懸命お世話した作物の収穫を祝い、来年の豊作を願うお祭りだそうで畑仕事にも精が出るって物だよね。去年は収穫祭に参加した記憶はあまりない。村の大人たちはお酒を呑んで騒いだんだろうけど、子供はお酒も飲まないし、夜遅くまで起きてないから多分少しだけ豪華な料理を食べてそれで終わりだったのかな? それじゃ記憶に残らないのも無理ないよね。
基本的には自分の畑は自分で収穫するけど、事情があったり遅れたりしている家は皆で手伝うことになっている。村での暮らしは共同生活だから、皆で協力し合っていかないとね! だから私も家族の一員として収穫を手伝うことにしたよ!
「よぉーし、パパはどんどん刈り取って行くからノエルもどんどん運んでね。名人のパパは凄く速いけど、初挑戦のノエルはゆっくりケガしないようにやってくれればいいからね!」
収穫は大きい鎌をブンブン振り回して刈り取って行くのかなってちょっとワクワクしてたけど、普通に小さめの鎌を使っての手作業だった。刃物を使うのは危ないから私の役割はお父さんが刈り取って置いた小麦を乾燥させる場所まで運ぶのが仕事だ。凄く単純な作業ではあるけれど、これだって機械もなしにやるには結構大変な重労働だと思うよ。少しでも役に立てるといいなーなんて思っていたけど、余り戦力としては期待されてなさそうな言い方をされると負けず嫌いの血が騒ぐぞ!
普通の子供だったら大して運べないだろうけど、私は精神的にはもう大人と変わりない。知恵を使って効率よく作業をすれば子供の身体だろうが十分戦力になるってところを見せてあげましょう! 要は短時間で多くを運ぶんだから、重要になるのは力だよ。それと運ぶスピードだ。つまりは筋肉だ。筋肉なら任せろい! ただむやみやたらに魔法を使ったら怒られるから、お父さんに気取られないようメリハリを付けてぱっぱか運ぶよ!
作業を始めてすぐの頃は心配だったのか私の様子を頻繁に確認してたけど、小さな体に小さな手で無理なく少しずつ運ぶ姿を見てからは徐々に集中していったのか振り返ることが少なくなった。やるならこのタイミングだね。身体強化を強めにかけて、抱きしめるように麦を一気に抱えてダッシュだ。大きな足音を立てたりしないように気を遣うのは疲れるけどしょうがない。しばらくはスピードをあげて仕事を進めていった。
「……結構刈ったつもりだけどそうでもない……? いや、運ぶのが早いのか?」
「お父さんどうかしたのー? でもお父さんは流石だね! もうこんなにたくさん刈ったんだ!」
「んふ。そうだろ? でもね、パパはまだまだ本気じゃないぞー? ここからは更に早くなるからね!」
気づかれそうだったからよいしょしてみたけど、こうかはばつぐんだ! お父さんと会話をしたり、こっちを見ている時は低燃費の身体強化に切り替えて、お父さんが作業に集中し始めた頃強めの強化に切り替える。バレないように慎重に慎重に。次にお父さんが振り返った時に刈り取ったはずの麦がほとんどなかったらどんな顔するのかな? なんだかスニーキングミッションみたいで楽しくなってきたぞ!
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お腹が空いてきたし、太陽もだいぶ高いところにある。もうそろそろでお昼ご飯かな?
「ふうぅー。ノエルー、そろそろ休け……い」
おお! 私に話しかけようと振り返ったお父さんは唖然とした顔をしてるね! 自分が刈り取った小麦が絨毯みたいに敷き詰められてる景色を想像してたのにほとんど土だもん、そりゃそんな顔にもなるよ。
「お父さん休憩にするの? いったんお家帰る?」
「あぁ、そうするけど、ノエル魔法使っただろ。流石に丸わかりだぞこれは」
「ごめんね。お父さん驚くかなって思ったら楽しくなっちゃってついやっちゃった!」
「はぁ……。使うなって言ってるのに」
「でもさ、村の人には洗礼式の日に結構見られちゃってるでしょ? 今更村の中で必死に隠しても遅くない?」
「言いたいことはわかるけど、用心するに越したことはないからなぁ。それに何よりママが怒るぞ?」
お母さんに怒られるのは嫌だなぁ。どうしようか、証拠隠滅か?
「あ、じゃあ小麦また畑に戻すのはどう? 証拠隠滅だよ!」
「それはそれで馬鹿馬鹿しいからいいよこのままで。さぁ一度帰るよ」
家に帰るまでの道すがら、お父さんは仕方がないなぁとため息を付きながら隣を歩く私の頭を撫でる。でもね、お父さん。魔法で得られた利益は享受するけどお説教は知らんぷりなんてのは許さないからね! 怒られるなら一緒だよ!
お母さんが家でお昼ご飯を作って待ってるだろうから早く帰らないとね!
お家近くの井戸で手を洗ってから家に帰る。家の近くまで来るとお昼ご飯の匂いがしてきた。この匂い、恐らく今日のランチはいつものヘルシー野菜スープだな! まぁだいたいこれしか出ないしね。でも冬になったら野菜も貴重になりそうだけどそしたらどうするんだろう?
「お母さんただいまー」
「あらおかえり。休憩? ご飯出来てるわよ」
「お母さん私も手伝うよ!」
「ちゃんと手を洗ってからにしてね」
お母さんの配膳を手伝ってからいつもの自分の席に着く。お父さんとお母さんは向き合うように座り、私はお誕生日席が定位置だ。予想通りの黒パンとヘルシー野菜スープを食べながら、やっぱどうにかしてお料理革命を起こさないとと私は使命感に燃える。
「ノエル、収穫はどう?」
「結構大変かな? 私、お父さんの役には立ってる?」
私の質問にお父さんは苦笑いを浮かべた。
「ママの手伝いが要らないくらい活躍してるよ」
「あら、凄いじゃない! そんなに頑張って偉いわね」
ふふん、そうでしょ? いつも自分のことばっかりだったからたまには家族の為に頑張らないとね! 誰かに褒められるってのは良い物だ。成長するにしたがって誰かに褒められる機会はどんどん減っていくものだから、今のうちに堪能しなくては! もっとほめんしゃい!
「そうでしょ? 一生懸命やってるよ!」
「凄いわね。これで魔法を使ってなかったら完璧だったんだけど」
「でも魔法使わなかったらいつまでも終わらないよ?」
「……やっぱ使ったのね」
「お母さんずっこい! 誘導尋問だ!」
これは危惧していたお説教ルートに入ってしまったぞ。このルートは誰かの生贄無くして生存ルートへはたどり着けない。荒ぶる御霊に贄を差し出して怒りを鎮めてもらおう。
「でもお母さん、お父さんが許可しました!」
「……ング!? 言い方! 許可は出してないよ!」
飲み込んだパンを少し詰まらせながらお父さんは言い訳をしている。往生際が悪いですな!
「でも魔法使って作業したらそのままでいいよって言った!」
「だから言い方ぁ! ママ、違うんだよ、ノエルが僕の目を盗んで魔法を使って作業をしちゃってね……それで――」
お父さんと二人でギャーギャー罪を擦り付け合う。私が魔法を使ったのが悪いのはわかっているけど、人は自分の命がかかっているといくらでも汚い事が出来てしまうみたいだね。お父さんだってノエルの事は守るとか言いながらも荒ぶる母を前にしては掃除機にビビる子犬同然だし。
「二人とも黙りなさい。勝手に使ったノエルも、どうせ使うだろうことがわかっていながら見逃したアルバンも同罪よ」
結局魔法を使って得たアドバンテージを台無しにするくらいには長い長いお説教が続いた。村の人にはもう見られてるからって説得しようにも、お黙りの一言で封殺されては為す術もない。こちらの言い分何て聞く耳持たないのだから、お父さんと二人で嵐が過ぎ去るまで震えて待つしかなかったよ。
そんなこんなで余計な苦労を抱えつつも無事に収穫を終えた我が家は、あとは収穫祭を待つばかりだ。