使者が来たらしい
王都に戻ってからも週に一度くらいは辺境伯領に戻ってフレデリック様に御用聞きしている。私は簡単に日帰りできるけど、フレデリック様はそうもいかない。
例えば辺境伯領に魔物の大群が押し寄せてきてます! って状況になった時に、フレデリック様は早馬でのんびりと手紙を送ることになる。どんなに急いだって少なくとも十日はかかる訳で、その間に壊滅なんて事になったら目も当てられないからね。
サカモトの運動や皆とのお散歩感覚でパーッと辺境伯領まで飛んで、ついでにモンテルジナ王国の皆にもサカモトに慣れてもらおうという一石三鳥の完璧な作戦だ。
幸いな事に、今のところ火急の要件などは無く本当にただの散歩になっている。
ついでにゴレムスくんの故郷から人を雇ったりもした。
今急いで建築している新居が、半ば悪ノリで大規模になってしまったから人手が足りなかったのだ。
雇ったゴーレム部隊をサカモトの実家の山に送り、鉄やアダマンタイト、ついでに宝石の原石なんかも沢山集めた。あそこの山は長年サカモトが縄張りにしていたからほとんど手付かずの資源の山だ。サカモトの魔力の影響を受けたせいか、それはもうザックザクのザックザクだったよ! ゴーレム部隊が山に手を突っ込んで、精錬しているのか吸い寄せているのかわからないけど鉄とアダマンタイトを集めている横で、私も手を突っ込んでそれっぽい塊を掻き集めた。
ちなみに私が沢山集めた原石をゴレムスくんに見せたところ、八割程ただの石判定をくらった時は唖然としたよ。ゴレムスくんが鼻で笑った気がしたから頭の一部バリムシャしてやったわ!
そんなこんなで職人達による『子供の頃の憧れ秘密基地計画』が終わり、冬の訪れを感じ始めた頃になってフレデリック様からマグデハウゼン帝国の使者が王都に向かっているという知らせがあった。
夏が終わる前にはマグデハウゼンにも連絡が届いていただろうに、随分のんびりだったね。その割には雪で身動きが取れなくなる可能性のある冬に使者を送るほど急いでいるという矛盾。
そんな訳で、私はいつ連絡が来ても良いように毎日王都へ向かい、学園に入り浸る日々だ。
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新居のお披露目も終わり、寮のリリのお部屋で寛いでいるとベランジェール様がやってきた。
「ノエル待望の知らせがお父様から来たわ。使者が王城にきたそうよ」
「へぇー。辺境伯領出てから随分かかったね? 三十日はかかってるよ?」
というか待望ではないけどね。もう王都近くに新居建てちゃったからそんな急いでもないし。
「各街で調査しながら王都へ来たんだと思いますわよ。それで、使者はなんて言ってるんですの?」
「是非とも一度マグデハウゼンに来て欲しいそうよ。ノエルに会って希望の日取りがあれば改めて迎えにくるみたい。味方に引き入れたいんでしょうね」
味方ねぇ。そもそも敵対してるわけでもないんだから、味方も何もなくない? その辺のバランス感覚が私にはわからないよ。
「あら。ノエルを引き抜きたいみたいですわよ? どうするんですの?」
「どうするってなに? 皆と一緒なら変なとこじゃなきゃ国なんてなんでもいいけどね」
別にモンテルジナ王国に対して愛国心がある訳じゃない。平民の私にとっては国名が変わろうと何が変わる訳でもないし。
「ダメよ! リリアーヌダメだからね?!」
「ふふ、悩んでしまいますわね」
「というか皆の中にはベランジェール様も入ってるからね?」
「ふぇ? そ、そうなの? そ、それなら引き抜きには応じちゃダメよ? さすがに私はいけないから」
ベランジェール様は少しキツ目な顔を真っ赤にして落ち着きなく紅茶をチビチビ飲んでいる。もう少しお友達耐性つけないとベランジェール様外交弱そうだよね……。
「引き抜きには応じないとしても、一度マグデハウゼンには行ってくるよ。どんなとこか気になるし、言ってみればお隣さんでしょ? やっぱ将来的には村に住むつもりでいるし」
「そうね。それなら明日あたり使者と会ってみる?」
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という訳でやってきたのは久しぶりの王城。一度学園に顔を出してから、王城の迎えの馬車を待ち、王城まで送って貰った。自分の足で向かった方が早いと思ったんだけど、それだと入るのに時間がかかるんだってさ。
メイドさんの案内で王城の中を歩いていると、噴水の近くでシャルロットが私を持ち上げて歩くのを無理やり止めた。
「シャルロットどうしたの?」
シャルロットはガチガチとアゴを鳴らしてから噴水と私を往復している。
「もしかしてまた噴水にお金入れたいの?」
シャルロットは我が意を得たりと言わんばかりにアゴを鳴らしながら激しく頷いた。投げ入れられたかは一考の余地があるけど、シャルロットにとって、何かを投げる数少ない成功例だからね。良い思い出になってるらしい。
私がポケットからガサゴソとお金を取り出していると、メイドさんが話しかけてきた。
「ご存知だったんですね。こちらの噴水、いつからか突然貴族の間でお金を投げ入れるのが流行っているんですよ? なんでも、願いが叶うとか」
「へ、へぇ〜。はい、シャルロット行っておいで」
シャルロットは銅貨を持って噴水の上で後ろ向きに飛び、チャポンと銅貨を落と……投げ入れた。うん、投げ入れた!
嬉しそうに戻ってきたシャルロットに上手に出来たねと頬擦りし、その間にゴレムスくんもアダマンタイトコインを投げ入れていた。戻ってきたゴレムスくんの頭をポンポンと叩いた後で、私も銅貨を二枚投げ入れた。私とサカモトの分だ。
「メイドのお姉さんはやらないんですか?」
「私がやったら破産しちゃいますよ。一日に何度も通るんですから」
通行料じゃないんだから通る度に入れなければ良いだけでは……? そう思いながらも、クスクスと笑うメイドさんにそれを言うのは野暮かなぁと思って歩き出した。
私たちが向かっているのは謁見の間ではなく応接室らしい。今回の使者との面会では、陛下は直接関与しないけど、私が良いように利用されないようにサポート役を付けてくれる事になっている。
そのサポート役の人と先に会ってから、使者と面会するんだってさ。軽い打ち合わせって事かな? こういう事言われたら気を付けてね、とか頷かないでね、とかそういう注意事項でもあるんだろう。それが国にとっての不都合なのか、そもそもマナー的な事なのかわからないけど、知識がないんだから正直助かる。
極端な話、よろしくねって握手求めたら、それはマグデハウゼンでは最大級の侮辱行為だった! みたいな事だって有り得るかもしれないし。
広い王城の中を歩きまわってようやく応接室にたどり着いた。メイドさんがノックして部屋に入る。
中は広めの部屋で、美術品などが飾られている。年季を感じさせるが古臭くはない木目の綺麗なテーブルと、金で縁どりされた真っ赤なソファー。
そしてソファーにはちょび髭を生やした渋いおじ様が座っていた。
「やぁ。君がノエルちゃんだね。こうして直接会うのは初めてだけど、君の話は妻から毎日聞いているから不思議と初めてって感じはしないな。私はヴォルテーヌ公爵家当主、アブデラティフ・ヴォルテーヌだ。よろしく頼むよ」