ノエルの新居2 リリアーヌ視点
王都で言う所の貴族街。そこは沢山の木々が生えておりましたわ。
森というほど鬱蒼とはしていませんけれど、かといって街中にあるような物ではありません。言ってみればしっかりと管理された、人にとって都合の良い森、と言ったところですわね。
「へぇー。凄いわね。森の中の家ではなく、家の敷地に森を作ったって感じかしら?」
「そうだね。シャルロットが安心して飛び回れる様に作ったの。作ったっていうか木を間引いただけなんだけどね」
季節柄、葉はほとんど落ちてしまっておりますけど、それもまた風情があって良いですわね。人が作った庭園とは違う、自然の力強さのような物を感じましたわ。
そして木々の隙間から見えてきたのが恐らくノエルの新居、ですわね。
小高い丘の上にあり、道はつづら折りになっています。登るだけでも時間が掛かりそうですのに、所々にアダマンタイト製の門まで用意されていて、訪問するのは大変そうですわ。
もっとも、本人たちは空を飛んで移動するんでしょうから高低差なんてないような物なんでしょう。
お家自体は結構普通な見た目をしております。貴族のよくある邸宅と相違ありません。
丘の下に辿り着き、今からここを歩いて登るのかと辟易としていると、ノエルが話はじめましたの。
「ここからは飛んでも良いんだけど、ゴレムスくんにも見せ場をあげよっか。お願いね」
そう言うとゴレムスくんは頷き、足元に手をかざしましたわ。すると、土で出来た道の上に、アダマンタイトが浮き上がり、その上に人数分の椅子ができました。
「さぁ座って座って。ゴレムスくん、今日はゆっくりね」
ゴレムスくんはカンと胸を叩いてノエルの言葉に了承しましたわ。わたくしたちもノエルの言葉に従い、少し冷たいアダマンタイト製のイスに座ります。
「それじゃあ出発!」
ノエルの合図に合わせて、わたくし達のイスが坂を登り始めました。そのまま門まで近付くと、門も勝手に穴が開き、難なくわたくし達を上へ上へと運んでいきましたわ。
「ノエル……まさかこの丘の中は大量のアダマンタイトが眠っていて、それが全て繋がっている、なんてことはないですわよね……?」
「一応見えないように土で覆ってはあるけど、この丘はほとんどがアダマンタイトだよ! そして地下で外壁にも繋がってるから、ゴレムスくんはほとんどどこからでも操作可能なの。この家はゴレムスくんの体の一部って感じだね」
呆れて物も言えませんわ。加工もできず、入手方法も確立されていないアダマンタイトを独り占めしてるじゃありませんの。
「それならサカモトよりもゴレムスくんの方が大きいってことですか?」
「ん〜そうなることもできるって感じかな?」
もうシャルロットが最後の良心ですわね。サカモト一匹、ゴレムスくん一体がいとも容易く国を落とせる大きさをしてるんですわね。
「そういえば面白半分で超巨大ゴレムスくんになってもらったことあるんだけどね? シャルロットはその超巨大ゴレムスくんを抱えて飛べたの! 知らない内にそんなにパワフルになっちゃって……ちっちゃいのに凄いねーシャルロットー」
ノエルはそう言ってシャルロットに頬擦りをしておりましたわ。最後の良心は呆気なく砕け散りました。考えてみれば、一番長くノエルと過ごしてるんですから誰よりおかしな影響を受けているに決まっておりましたわね……。
そんな事を考えていると、あっという間に丘の上にある邸宅まで登って来ましたわ。
先ず驚いたのはその大きさですわね。丘の下から眺めて普通の貴族の邸宅に見えた新居は、考えてみれば分かるように、近くで見れば想像より遥かに大きい物でしたわ。
「さ、ここがお家だよ! 一階の殆どはサカモトの為にあるの。一階っていうか半分地下だけどね」
丘の上に作られていたのはサカモトが寛ぐ場所を確保する為に、高さが必要だったんですわね。邸宅の裏手にはサカモトが入る為の入口があるそうですわ。
階段を上がり、二階から家に入る少し変わった作りになっていました。
ノエルが扉を開けると、そこは吹き抜けになっていて、下で寛ぐサカモトが見えるようになっておりましたわ。
「おーいサカモト! ただいま! 先に帰って来てたんだね」
「ぐるぅ」
手摺りに掴まりながら、サカモトを見下ろして手を振るノエルは楽しいそうに笑っておりました。サカモト一匹外に放置していた現状を凄く気にしておりましたし、それが解消されたことが嬉しいようですわね。
「さ、こっちこっち。二階はサカモトと直ぐに会えるように私達が使ってるから、お客さん向けは三階だよ!」
ノエルはエマとアデライトの手を引いて歩き始めましたわ。エマは嬉しそうにして、アデライトは目が血走っていて気持ち悪いですわね。気をつけてくださいまし。
屋敷の中を歩いていると、膝の高さくらいの小さなゴーレム達とすれ違います。アダマンタイトも入れば、アイアンもいて、自由気ままに歩き回っております。
「ノエル、あのミニゴーレム達は持って帰ってもいい? 王城にも欲しいわ」
「ちっちゃくて可愛いよね。だけどお腹減ると結構ワガママだよ。ミニゴーレム達」
ノエルの話によりますと、魔力をたんまりあげないとスネとかを叩いて来るそうですわ。
「不満があるなら出ていっても良いって言ってるのに何だかんだで住み着いてんだよね。あのミニゴーレム達。まぁ魔力なんて減るもんじゃないからいくらでもあげるけどさ」
「いえ減りますわよ」
減らないのは多すぎるノエルだけですわ!
ノエルは廊下を通って奥へ行き、三階へと続く階段を登りました。三階は至って普通の作りになっておりますわね。
広い廊下と沢山の扉、そして窓から見える景色は平民街の方まで見渡せました。
「凄いでしょ? なんか畑仕事とか得意な魔物居ないかな? 雇ったらあそこも賑やかになるよ」
ノエルがわたくしの隣に立ち、窓の外を眺めながらそんな事を口にしましたわ。
果たしてノエルはこのお家をどこへ向かわせているのかしら。
「ノエルはどうしたいんですの?」
「どうって?」
「広い敷地に自給自足が出来そうな作りに、外敵から身を守れそうな設備。一体何のためにこんな大掛かりな物をこっそり建てたんですの?」
わたくしの問い掛けに、皆が息を飲んでノエルの返事を待っていましたわ。ノエルは少し考える素振りを見せてからにへら、と力無く笑って話し始めました。
「なんでだろ? その場のノリと勢いだね! でもリリやエマちゃんを誘拐したとしても、ここなら守り通せるよ!」
「その時はお母さん達も一緒で良いですか?」
「いいよ! エリーズさんも一緒ね」
「それはただの引越しですわよ……。でも悪くないですわね」
お父様もお母様も政略結婚させるつもりはない、と仰っておりましたけど、例えば王家、例えば公爵家、上位の家から強く言われてしまえば規律を重んじる他家からも圧力がかかるかもしれませんわ。
以前までなら、アデライトが言うようにただの辺境の田舎貴族が関の山でしたけれど、今のベルレアン辺境伯家は一目置かれる家ですわ。
家の為になる政略結婚であれば、わたくしも納得できますけれど、ノエルの隣にいる以上に家の為になる結婚があるとも思えませんわ。
……これは言い訳ですわね。ただ、単純にわたくしが……。
わたくしもエマやアデライトの様に素直になれる日はくるのでしょうか。
「はぁ……。ノエル、勝手にこんな街みたいな物を作りはじめて……怒られても知りませんわよ?」
「やっぱ怒られる? でもそしたら超巨大ゴレムスくんになって即座に撤収もできるよ! 畑は無理だけど丘ごと移動出来ればもしかしたらお家も持っていけるかも? 期待してるよ! ゴレムスくん」
ゴレムスくんは躊躇いがちに、力無く、胸をコンと叩いた。どうやら難しそうですわね。
明日から帝国編? になります。