帰る
村では数日間過ごし、その後はティヴィルでも過ごした。
エマちゃんと一緒にセラジール商会へジェルマンさんに会いに行ったり、みんなと一緒にスイーツショップへ行ったり、観光や買い物を楽しんだりした。王都は全体的に古い物が多かったのに対して、辺境伯領ではどんどん新しい物が生まれている。王都と違って代謝が激しいんだよね。
普段王都に住んでいるベランジェール様や、辺境伯領は初めてのアデライト嬢は随分楽しんでいた。
夜になると皆私の部屋に集まって、結局毎晩皆でお泊まりだった。家を建てる時に客室を用意した意味よ……。
二、三週間程辺境伯領で過ごした頃、そろそろ王都へ帰るという話が出た。ベランジェール様も王族としてやることもあるし、王都での付き合いもあるそうだ。
そんな訳で、まだ夏季休暇は一、二週間程残っているが王都へ帰ることになった。
「辺境伯領は良いわねー。何もかも新鮮だし、変わった物や変わった人、変わった村何かもあって楽しかったわ」
「そのほとんどがノエルにまつわる物ですわ。ノエルが変なのであって、辺境伯領が変なのではありませんわよ」
「私は将来の伴侶を見つけたし、後は両親を説得するだけね」
「レオはあげないよ? 帰りは人が少ないし、皆でサカモトの上に乗る?」
「私はノエルちゃんと一緒ならなんでもいいですよ」
フレデリック様達は、王都でやる事も終わったらしく、このまま辺境伯領に残るそうだ。そのため、王都へ向かうのは学園組くらいなものだ。
どうせならゴンドラ型にして、サカモトに運んで貰おう。そうすれば下を見ることが出来るし、転げ落ちる心配もない。
ゴレムスくんに横長のゴンドラを作ってもらう。そうすればサカモトも両手でしっかり持つことが出来るだろう。
「ではお父様、お母様。次は冬季休暇の時にでも」
「ああ。王都でも頑張るんだぞ。あと出来ればアレクサンドルの事も気にかけてやって。それとノエルちゃんを宜しくね」
「体には気を付けるのよ」
ご両親とお別れを済ませたリリを、私がゴンドラに持ち上げて乗せる。乗り込む為の扉なんか付けてないからね。
皆が乗り込んだ所で出発だ!
わざわざ見送りに街の外まで来ていたフレデリック様やヘレナ様、護衛の人達に手を振って別れを告げ、サカモトが大空へと羽ばたいた。グングン高度が上がる中、小さくなっていくティヴィルを見下ろす。
「凄いですわね。ティヴィルって上から見るとこんな風になっていたんですのね」
「まぁ空から見る機会ってあんまないよね」
「あまりというか普通ないですわよ」
皆ゴンドラから顔だけ出して、数週間過ごしたティヴィルを見下ろしている。この夏季休暇で皆が何か得られていれば良いなと思いながら、見えなくなるまで離れていくティヴィルを眺めた。
ベランジェール様とリリ、それとイルドガルドは意外と好奇心が強いのか、空からの景色を楽しみ、エマちゃんとアデライト嬢は座っている私にピタッとくっ付いている。
王都までは数時間程度だし、今のうちに話しておこうかな?
「ねぇみんな、ちょっとだけ話聞いてもらえる? 景色はそのまま見てていいよ」
振り返った三人にそう言うと、また外を眺め始めた。街や村が見えたら教えてね? ベル鳴らすから。
「んとね、皆の夏季休暇が終わって、学園が始まったら私は王都から離れることにしたよ」
私がそう言うと外を見下ろしていた三人はガバッと振り返り、エマちゃんは固まった。
「……それはつまり旅の準備をしておきなさい、ということね? ノエル様」
「違うよ? 学園行きなさい学園」
「随分突然……ってわけでもないですわよね。わたくしの入学式を見たらちょっと観光してティヴィルへ帰るみたいな事を言ってましたものね……」
そうなんだよ。何だかんだ長居する事になったけど、リリが学園に通ってる間私が王都に居たってすることが無いから帰るつもりでいた。そしたらエマちゃんが居たり、ベランジェール様やアデライト嬢と知り合ったり、成り行きで孤児院を援助し、成り行きでスイーツショップまで開いた。
することが色々出来て、王都での暮らしも馴染んで来たところだった。
「スイーツショップももう落ち着いてるし、フレデリック様達もティヴィルへ帰ったでしょう? 家主もいないのにリリの家に居るのも気まずいし、何よりサカモトだよ。やっぱサカモトだけ王都の外に居るのは可哀想だし、野営するにも限界があるもん」
「……そうですね。ノエルちゃんがいない間、ずっと外でひとりぼっちで寝ているのは可哀想です。でも……」
優しいエマちゃんはサカモトを気遣ってくれているが、だからと言って私が王都から居なくなるのも嫌だ。そんな所だろう。
「王都から離れたら、辺境伯領で過ごすって事?」
「そうなるかな。私の中では村が第一候補だよ。家の裏にある木とか全部片付けちゃって、サカモトがすぐ近くに住める様にするの。王都でもティヴィルでもそれは難しいでしょ? 幸いにもウチの村は変な村だからサカモトに対する恐怖心もないし迷惑もかからないからさ」
「そうね。確かにそれならノエル様の希望を叶えられると思うわ。それに私が嫁入りすれば一緒に居られるし完璧かもしれないわね」
アデライト嬢の嫁入り発言は置いておくとして、辺境の田舎村なら周りの事も気にしないで伸び伸びとサカモトも暮らせるし、王都やティヴィルにだってすぐ駆け付けられる。自家用ジェットがある様なもんだからね、世界がギュッと小さくなったよ。
「……でも話はそう簡単には行かないと思いますわよ?」
リリが少し難しそうな顔で待ったをかけた。私が首を傾げていると、リリは説明するように話を続ける。
「ノエルと離れる事に対する個々人の気持ちは一旦脇に置いておくとして、辺境伯領にサカモトと住む、となると……外交上の問題がでてくる可能性がありますわよ」
「……マグデハウゼン帝国ね」
お貴族様組、いやエマちゃんもだね。私以外皆が理解したようで、眉間に皺を寄せている。誰か学園に通っていない人にも教えてくださーい!
「ベルレアン辺境伯領がお隣のマグデハウゼン帝国と隣接しているって話を最近したのは覚えてますわよね? つまり国境沿いにブラックドラゴンを配置している様な形になるんですのよ。数日間程度であれば、噂がたつとしても大きな問題にはなりませんが住む、となれば変わってくると思いますわよ?」
「そもそもどうしてドラゴンが住み着いてるの? って不思議に思いますよね」
「でも友好国じゃないの?」
「一応そうですけど、さすがに限度がありますわよ」
まぁそれもそうか。仲が良かったお隣さんが突然、滅茶苦茶武装し始めたら何事かと思うよね。
「ノエル様。ノエル様の下僕であり、参謀の私が妙案を思い付きましたよ。マグデハウゼン帝国に隣接してるから問題なの。つまり……盗ってしまえばいいんです!」
「何を?」
「マグデハウゼンを。隣接ではなく一部にしてしまうのです!」
「ダメですわよ?!」
うーん……。さすがにそれはしない。もっと問題が大きくなるでしょ。
「一個聞いてもいい? 玉座ってあるじゃん? あそこって座ったら王様になるって決まりなの?」
「王様が座るけど、座ったら王様って訳じゃないわよ? まさかマグデハウゼンの玉座にすわる気?」
「いや座らないけど、サカモトで空高く飛ぶじゃん? 王城の真上で私が飛び降りるじゃん? そのまま屋根突き破って玉座にドスンと座ったら新たなる王朝の幕開けなのかなってふと思っただけ」
「ほんと辞めてね?」
ヒューードスン。屋根を突き破って玉座に着地する私。その瞬間沢山の貴族が祝言を挙げ、兵士達がラッパを吹いて盛り上げる。皆が紙吹雪のように花弁を振りまきながら笑うのだ。そして今日という日を記念日にして、国民皆でスイーツパラダイスと洒落込む。
意外と楽しそうじゃない?
「何考えてるか分かりませんけど、それは禁止しますわね」