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歓迎の宴

 夕方になり、夕食作りでも始めようかと思ったらお母さんに止められた。


「今日は作らなくて良いわよ」


「なんで? お母さん作るの?」


「広場で宴会するんですって」


 以前は祭りやひと月に一度くらいの間隔で開かれていた会合以外、宴会なんてなかったけど、お金の使い道が飲み食いするくらいしかない小金持ちの村では結構な頻度で宴会が行われているらしい。

 私も来る度に参加してたけど、そもそも村に帰ってくるのが季節ごとって感じだったからその辺の違いはよくわかっていない。


「じゃあ皆と一緒に行っていいってこと?」


「……お母さんは反対だけど、村の男主はそのつもりよ」


「お貴族様組はいい思い出になるんじゃない?」


 彼女らにとっては宴会はパーティーだろうし、祭りもパーティーだよね。村の皆が集まって、馬鹿みたいに騒ぐお行儀の良くないお祭りは初めてだろう。


 ●


 そんな訳でやってきたのは宴会場である村の広場。リリとエマちゃんは経験者だから少し嬉しそうな顔を滲ませている。一方アデライト嬢、ベランジェール様、イルドガルドはこんな時間に外出て何すんだって不思議そうな顔をしている。


 村の広場は色んなところに即席で椅子やテーブルが設置され、昔より広くなった屋根付きの野外調理台ではおば様方が調理に勤しんでいた。

 そして目玉は中央に鎮座するサカモトと、その隣のキャンプファイヤーだ。


 サカモトはキャンプファイヤーで焼かれてるくらい近いけど平気なの?


「おーいサカモトー! それ熱くないの?」


「グルゥ」


「平気らしいですわね。ただ、見た目は直火焼きって感じですわ」


 サカモトの陰に隠れていた大型サイズのゴレムスくんも合流し、私たちは比較的サカモトの近くある席に集まった。

 この数日の間でサカモトも村の人にすっかり受け入れられたらしく、子供も大人もサカモトに触ったり寄りかかったり恐れている様子は見られない。

 

 とりあえず皆を席に座らせてから、私は寂しい思いをさせてしまったサカモトに寄りかかりながら魔力を流す。会話に参加することは難しいけど、皆の話声は聞こえている。


「……王都はあんなに大慌てって感じだったのに、この村ではあっという間にサカモトが馴染んでるのね」


「仕方がありませんわよ。先ず規模が違いますし、この村はノエルやキラーハニービーで慣れてますもの」


 その言い方だと私も魔物みたいになってますけど?


「リリアーヌ、ベルレアン辺境伯領はどこもこんなに豊かなのかしら?」


「残念ながらそんなことはありませんわよ。この村だけが特別で、この村だけが余裕があるんですの」


「あら。やはりベルレアン辺境伯領が特別なのではなく、ノエル様が特別ということね。そしてリリアーヌもベルレアン辺境伯家もその恩恵に与っているだけ、と」


「……否定したい所ではありますが、正直耳に痛い話ですわ。始まりは魔法が使えるノエルを保護する形で我がベルレアン辺境伯家が後ろ盾となりましたけど、今のノエルに必要かといえば……」


 まぁ自分の身を守るって意味ならもうあまり有効ではないかもしれない。厄介な貴族に目を付けられたら平民の身分ではどうしようもないのが問題だったけど、実際のところ変な貴族はあまりいなかった。

 知り合った多くの貴族は何だかんだで仲良くしてくれてるし、あまり知らない貴族か突っかかって来ることもない。


 だからと言って必要なくなったのでと恩も忘れて知らんぷりするほど薄情なつもりもないよ。後ろ盾とは少し違うかも知れないけど、スイーツショップの事とか、王様との謁見とか、色んな面でいつも世話にはなってるもんね。

 難しく考えないで持ちつ持たれつって感じで良いと思うけどね。

 リリとアデライト嬢は身を寄せあい、小声で話し合いを始めてしまったから聞こえなくなってしまった。聴力を強化してまで盗み聞きするのは無粋だろう。

 

 宴会場でも甲斐甲斐しくメイド業務に勤しむイルドガルド、エマちゃんに一生懸命話しかけているベランジェール様とちょっと塩対応なエマちゃん。皆思い思いの宴を楽しんでそうで良かったよ。


「おう、ノエルちゃん。ここにいたか」


「あれ? ザールさんどしたの?」


 皆を眺めていると近くに寄ってきたのは宴会大好きおじさん事ザールさんだった。小さい頃から何かと私を宴会に呼びたがるザールさんは今回の宴会でも私に会いに来たみたい。


「皆も準備が出来た頃だし、そろそろいつものあれ、始めないか?」


「あー。エリーズさんの命令?」


 ザールさんは力強く頷く事で答えてくれた。エリーズさんはとっくに引越して居なくなっちゃったのに、未だに宴会の席ではエリーズさんの名が聞こえてくる。言ってみれば居なくなってしまった事でより神格化されてると言っても過言じゃないよね。


「じゃあ折角だしエリーズさんの愛し子であるエマちゃんにやってもらおうよ」


「お! そいつぁいいな! ちと呼んでくらぁ」


 ザールさんは皆の所へ向かい、交渉を始めた様だ。エマちゃんは首をブンブン横に振って手をパタパタと動かしている。昔は人前に出るのが苦手だったし、今でも好きなことではないんだろう。エマちゃんは美人だから何処へ行っても注目される。人の視線に晒されることが不快なのかもなぁ。


 ザールさんの交渉の結果、私の所へやってきたのはベランジェール様だった。


「ノエルー。なんか命令下すんだって? 第三王女! の私が命令を受けるなんてダメ。だから命令下す役は私がやるわね」


「いいよー。ルールは理解してる?」


「ええ! 名前を言って命令を下した場合、指示に従わなければならなくて、そうじゃない命令に従うと失格、よね?」


「そだね。じゃあ早速行ってみよう!」


 私はベランジェール様をお姫様抱っこして、サカモトの頭に乗る。これが本当のお姫様だっこじゃん!


 サカモトは頭を上げて、宴会に集まってる人から見えるようにしてくれた。


 所々に置いてあるランタンのような魔道具と、キャンプファイヤーの光に照らされて、薄暗い程度で済んでいる。上から見下ろせば結構な人数が集まっていることに気が付いた。


 ベランジェール様を立たせて、後ろから支える。


「傾聴! これよりエリーズさんの命令を始める!」


 ベランジェール様は流石は王族、威厳のような物を身にまといながら号令を下した。


「モンテルジナ王国第三王女、ベランジェール・ヨランド・モンテルジナの名において命じる。右手を挙げよ!!」


 右手をバッと前に伸ばし、かっこよく命令をしたベランジェール様。雰囲気と勢いだけは素晴らしいけど、このゲームでその命令は誰も聞かないよ?

 不慣れな人達であれば流されたかもしれないけど、この村では長年に渡ってエリーズさんの命令に従ってきたのだ。今更王族がなんだと言うのか!


「あの。右手挙げなさいよ」


 誰一人として王族の指示に従わず、ただただ暗がりの中でジッと見つめてくる民達を前に、流石の第三王女もタジタジだ。


「ベランジェール様、この遊びはエリーズさんの命令って言うのがキモなんだよ? そうしないと従わないから試してみて?」


「わかった。エリーズさんの命令! 右手を挙げよ!」


 村の男衆が同時にガバッと右手を挙げた。これが軍隊なら凄い統率力だね。


「ノエル見て! ちゃんと私の命令に従うわ!」


 不安定なサカモトの頭の上だと言うことも忘れてガバッと後ろに振り返って嬉しそうに報告してきたベランジェール様。この村に来てからボロボロだった王女としての威厳を取り戻しつつあるんだろう。


「ちゃんと後ろで見ててね? 行くよ? エリーズさんの命令! 右手を下げよ!」


 ザッと全員が右手を下げる。振り返って私に抱き着きぴょんぴょん小さく飛び跳ねている。


「ね? ほらね? 皆ちゃんと私の指示に従うの! 王女だもん! 当然よね! 見てなさい、私が完璧に統率をとって立派な騎士団にしてあげるわ!」


 なんかゲームコンセプトが変わってしまったけど、ベランジェール様は大喜びだ。

 ルールを理解したアデライト嬢やイルドガルドも参加して、ベランジェール様は声が枯れるまで命令を下し続けた。


 王女としてのプライドを取り戻す事が出来たらしいが、ベランジェール様は気がついているのだろうか。

 王族として指示を出しているつもりでいたベランジェール様は、その実エリーズさんの命令を伝えるだけの部下になっていたに過ぎないと言うことを……。

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