魔法の検証2
実は(?)裏でラブコメ作品として女装主人公ものをちょろっと書いていたのですが、昨今の風潮的に不安になってボツにしました。女装はセーフですか? 女学院に入学はアウトですか? ラインがわかりません!
翌朝、フレンチトーストを皆で食べてから馬車に乗って出発した。目的地はアレクシアさんのお家だ。
オルガちゃんが居ればいいんだけど、いなかったら皆でアレクシアさんと遊ぼう。
まだそれなりに早い時間ではあるけど、それでも夏真っ盛りだから日差しが強くて暑い。皆はドレス姿じゃないけど、貴族的にはあまり肌の露出をしないようで、長袖のワンピースの様なものを着ているから余計に暑い。
「王都から遠く離れても、暑いものは暑いのね。リリアーヌ、涼しくして」
「命令しないで下さいまし。わたくしは暑くないので平気ですわ」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、アデライト嬢とリリがまた少し言い合いを始めた。二人にとってはじゃれあいだけど、暑い車内が余計に暑苦しく感じるからやめて欲しい。
「リリアーヌ、私からもお願い」
「……かしこまりました」
ベランジェール様に言われてしまえば弱いみたいで、直ぐさま馬車の中が涼しくなった。涼しい室内から、炎天下で汗をかいている護衛の人たちを見てると、自分がいる今の環境がどれ程恵まれているかを客観視することができた。
「一言で言えば、愉悦……ッ!」
「ノエルちゃん、どうしたんですか?」
「ううん、何でもないよ。リリに感謝してただけ」
「むぅ……」
エマちゃんは馬車の窓にモヤモヤを張り付けて、直射日光が当たらないようにしてくれた。
「それにしてもエマのその魔法はなんなんですの? 光が入らないように遮るなら、普通は何も見えなくなりますわよね?」
「恐らく本質が違うのよ。光を遮る事ができるだけで、閉じ込めておくのがその子の魔法だと思うわ。他のものを拒み、対象を閉じ込める魔法ってところじゃないかしら?」
アデライト嬢がモヤモヤを扇子でつつきながらそう言った。それは何魔法っていうの? 監禁魔法? 斬新すぎるよ。
「へぇー。アデライト嬢はよくわかるね。魔法には結構精通してるの?」
「いえ! そんな事ないです。前にも言ったように、その子と私は似ていますから、私ならそんな魔法にするってだけですよ」
私は確認するようにエマちゃんの顔を見た。エマちゃんは少し悩んだあと、同意するように頷いてから口を開いた。
「そうですね。アデライト様が仰るように閉じ込めておく事はできますよ」
エマちゃんは両手を胸の前に構え、そこに黒いモヤモヤを出した。
「でも閉じ込められなくない? ほら」
私はエマちゃんが出してるモヤモヤに手を突っ込むと、触れる事さえなく、そのまま通過してエマちゃんのおっぱいを触ってしまった。突き指するんじゃないかってくらいの弾力だった。
「ひゃん! 何を閉じ込めるのかハッキリしないとダメなんだと思います。例えばこれです」
エマちゃんはそう言ってスカートの中から丸いモヤモヤを引っ張り出し、それを馬車の中全体に広げた。
すると馬車の中にはフレンチトーストを作っている私の姿がホログラムの様に現れた。
「これはなんなの?」
「今日の朝ごはんを作るノエルちゃんです。正確には今日の朝ごはんを作るノエルちゃんの光を閉じ込めたものです」
エマちゃんの説明がイマイチわからなかったのか、皆がキョトンとした顔をしている。
写真みたいな物なのかな?
「でもそれなら光を遮ったり閉じ込めておけるだけじゃないの?」
エマちゃんは広げたモヤモヤを小さく圧縮してからスカートの中にしまった。そこにしまうのはなんなの?
「アデライト様、その扇子をお借りしても?」
「ええ」
エマちゃんは手のひらに扇子を置き、扇子を覆う様にモヤを出した。
「ノエルちゃん扇子を取り出せますか?」
私はモヤの中に手を入れ、扇子を取ろうとするがエマちゃんの手をペタペタ触るばかりで扇子が全然見つからない。
「見つからないや」
モヤから手を出すことは出来るし、向こう側にも届くけど、扇子だけには触れられない。
「凄いね、これ。これでもかってくらい手のひら広げてるのに何故か扇子にはかすりもしないよ」
皆も順番に試してみるが、同じように扇子を取り出すことができず、不思議そうに手のひらを見つめるばかりだった。
エマちゃんはモヤを解除してアデライト嬢に返した。
「それとこんなこともできましたよ。例えば……これとか」
エマちゃんはスカートの中に手を入れて、少し大きめのモヤを取り出した。そのモヤを膝の上に乗せて解除すると、出てきたのはパジャマ。
「それ私が着てたパジャマ? もしかして複製できるの?」
「複製? 複製はできませんよ? ノエルちゃんの着てたパジャマを閉じ込めただけです」
なんでよ。洗濯できないじゃん! 返してもらおうと手を伸ばすと、モヤモヤで覆ってしまった。こうされると私にも取り出せないぞ。
エマちゃんは私のパジャマをしまったモヤモヤを、またスカートの暗闇へとしまいこんだ。普通に窃盗事件である。
「ちょ、ちょっと待ってくれる? エマ、お披露目はそこまでにして後で私と交渉しない?」
「ふふっ。良いですよ? ベランジェール様ならそう言ってくださると思っておりました」
「……王家は完全に後手に回っておりますわね」
どこか焦った様な様子のベランジェール様と、余裕の笑みを浮かべながら私の後ろ盾を証明するネックレスを見せるエマちゃん。いつになく王女様相手に強気な姿勢だね。
そんなことをしていると、馬車が止まった。どうやらアレクシアさんの家に着いたみたいだ。
私はシャルロットを抱えて降り、一人ずつ順番に手を取りながら馬車から下ろしていく。お貴族様達は慣れた様子で私の手を取って馬車から降りるし、エマちゃんもサマになっている。学園ではそういう授業もあるのかな?
イルドガルドはそのまま普通に降りようとしたので手を伸ばして止めた。
「イルドガルドお嬢様、お手を」
「いえ、私はメイドです。仕える方にその様な事をさせる訳には……」
「イルドガルド。メイドとしては確かにそうかもしれない。でもだからこそ手を取りなさい。禁忌だからこそ、甘美なものなんだよ」
戸惑いを見せながらも私の手を取るイルドガルドを馬車から下ろした。私の中ではイルドガルドもいつメンだけど、イルドガルドの中では仕事の側面が強いんだと思う。だから積極的に会話に入ることもないし、いつもベランジェール様に仕えるメイドとして一歩後ろに控えて、たまにベランジェール様をいじってばかりいる。
でもせっかくの夏季休暇だ。私もイルドガルドも夏季休暇は関係ないっちゃ関係ないけど、夏は特別な思い出やドラマが起きて欲しいって思ってしまうんだよ。
ひと夏の思い出、ひと夏の経験、寂しい別れであったり、忘れられない出会いだったり、映画やドラマのように何かあって欲しい。現実はそうもいかないけど、何も感じないまま夏が終わるなんてのはやっぱ寂しいよ。
馬車から降りたイルドガルドの手を引いて、耳元に顔を近づける。
「仕える人の手を借りて馬車から降りるだなんて、いけないメイドだね。イルドガルド」
「も、もうしわけ――」
「後で罰としてまた私手ずからスイーツを食べさせよう。メイドが主人にスイーツを食べさせてもらう。これがイルドガルドへの罰だよ。楽しみだね?」
「ノエルー、早く行きますわよー?」
「……はーい! また後でね、イルドガルド」
大人のイルドガルドにはひと夏の過ち、みたいなテーマで楽しんでもらおう。『私はメイドです』ってお仕事してるからこそできる遊びだね。イルドガルドが少し紅潮しているのはきっと夏のせい。イルドガルドは夏の魔性に魅入られたのだ。
私は小走りでアレクシアさん家の玄関に行き、ドアをノックした。