懐かしい家
夜になり、皆で私の部屋に集まっている。ベッドは二つ並べてあるけど、ベッドがシングルだから子供五人もいれば流石に狭い。けれどベランジェール様がヨダレでも垂らしそうなほど恋焦がれていたお泊まり会だ。狭かろうが皆には我慢してもらおう。
「それにしてもさすがはノエル様。スイーツだけでなく通常のお食事も作れるのね」
「そうですわね。わたくしもノエルの手料理は初めてかしら」
「まぁジェフが私より美味しい料理を作ってくれるからね。最初は香辛料マシマシでどうなる事かと思ったけど」
今はトランプも終えてダラダラとお喋りタイムに突入している。話題は今日の夕飯。
夕飯は久しぶりに私が作った。作ったと言っても大した物じゃないよ。未だに味噌も醤油も見つからず、お米だってないのだ。私の料理力ではろくな物が作れない。
それでもこの村には各家に冷蔵箱が設置されてるし、セラジール商会が支店を置いてくれてるから以前よりは遥かに食材が豊富だ。
キラーハニービーのハチミツをセラジール商会に高額で買い取ってもらい、そのお金をセラジール商会で使うのだ。一旦お金を挟んではいるけど、物々交換とほとんど変わらないよね。まぁ貯金が出来てるからいいでしょう!
「私はノエルちゃんの手料理食べたことありますよ? 村では小さい頃からずっと一緒ですし、お泊まりもお昼寝も良くしました」
「ノエルは小さい頃どんな子だったの?」
何故か鼻高々って感じのエマちゃんに、ベランジェール様が素朴な疑問を投げかける。
「小さい頃なんて普通だよね、普通」
「ふふふ。小さい頃から特別でした。小さい子の面倒を見たり、大人の面倒を見たり、初めて妖精として物を売ったのも五歳くらいの頃でしたよ」
「もうそんな前になるのかー。年取ると時間の流れが早いや」
「この中ではノエルとエマが一番若いですわよ?」
リリが首を傾げながら言う。そう言えばエマちゃんはともかく、私も表向きは若いんだよね。一歳しか違わないけど。
その後もエマちゃんは私たちの幼い頃の村の話をし、リリも出会ったばかりの頃やティヴィルでの私たちの話をした。
それをベランジェール様はどこか羨ましそうに、アデライト嬢はメモでも取るんじゃないかってくらいに熱心に聞いていた。イルドガルドはイスに座って目を閉じて話を聞いていた。寝てるわけじゃないよね?
私の思い出話にも飽きてきたのか、それとも時間的に眠くなってしまったのか、一人また一人とうつらうつらし始めたので眠る事にした。
●
狭いベッドに皆でぎゅうぎゅうになって眠っていると、人の動く気配を感じて目が覚めた。
頭を浮かせて見てみると、エマちゃんが窓辺に立って空を見上げていた。
まるでスポットライトの様に月明かりを浴びて立つ姿は一枚の絵画のようだった。
私もそっと起き上がり、窓際に向かう。
「眠れなくなっちゃった?」
私が起きてきた事に気が付いていなかった様で、エマちゃんの体がビクッと跳ねる。
「そうですね。なんだか眠れなくなっちゃいました」
私も窓の外を眺める。相変わらず何もないような自然に囲まれた家。前世では考えられない、宝石を散りばめたような満天の星空。ここも街も空気の綺麗さに差なんてないだろうに、ここから見える星が綺麗に感じるのは、私の心がそう見せているからなのかな。
「……ねぇエマちゃん。少し付き合ってくれる?」
キョトンとした顔をしているエマちゃんにちょっと待っててと手を向けてから、皆に腕枕しているイルドガルドに近付く。彼女も私同様起きてるだろう。
「イルドガルド、エマちゃんと少しだけ散歩行ってくるね。ここはよろしく」
「……仰せのままに」
私は靴を履き、エマちゃんにも靴を履かせた後、さっとお姫様抱っこをして部屋の窓からぴょんと飛び出した。
少し高く飛び、地面に着地する寸前になってシャルロットが背中に張り付いて私たちを持ち上げた。
シャルロットは置いていった事に不満があるようで、背中越しにガチガチとアゴを鳴らして抗議している。
「ごめんごめん。シャルロットが寝てるところ起こすのも悪いと思ってさ。じゃあいつもの所にお願い出来る?」
シャルロットはゆっくりと飛びながら私の行きたい方へと飛んでくれた。エマちゃんはどこへ行くのかわからず首を傾げている。
ほんの1、2分で目的地へ辿り着いた。
「ここ…… 」
「そ、エマちゃん家」
村の皆の家は変わったけど、この家は当時のままだ。もともとエマちゃん家は新しめのしっかりした家だったから今でも十分住める。
エマちゃんをそっと地面に下ろすと、エマちゃんは少し遠い目をしながら家を眺めている。
「懐かしいです。まだ残ってたんですね」
「うん、王都行きの資金にする為に格安で村長に売ったんだって? 私が改めて買い取ったの」
村に来る度、一応換気したり軽く掃除したりしていた。何か使い道があるわけじゃない。ただ、知らない人が住んだり、取り壊されたりするのが何となく嫌だった。
「入ってみる?」
「いいんですか?」
「ダメな理由がないよ」
私はエマちゃん家のドアを押して入る。中には家具などもそのまま残っていて、住人と生活感だけが失われている。窓から差し込む月明かりだけを頼りに、エマちゃんは家の中を歩き、たまに懐かしそうに壁や柱、机の傷なんかを撫でていた。
「ふふっ。なんだか感傷的な気分になっちゃいます。もう何年も前なのにあの頃に戻ってきた様な気分です」
「ここだけは何も変わってないもんね」
エマちゃんはただの台になっているベッドに腰掛けて部屋を見渡した。
「今の王都での生活に不満があるわけじゃないんです。学園もそこそこ楽しいし、リリアーヌ様達と過ごすのも結構好きです。ノエルちゃんも居ます。だけど今でも小さい頃の夢を見ます。その度に何かをなくしてしまったような、もう戻れない日々に恋焦がれるような、そんな気分で目が覚めるんです」
私もベッドに腰掛けて、どこか泣きそうな顔で薄らと笑うエマちゃんの手を握った。
「ねぇノエルちゃん。学園を卒業したらどこへでも一緒に連れて行ってくれますか? 必要としてくれますか?」
エマちゃんが私の目を覗き込むように見つめているが、その目はどこか虚ろだった。感情のコントロールがきかないのか、体からはまたモヤが出ている。
「急にどうしたの? どこかへ行きたいなら連れて行くし、必要とか必要じゃないとかはよくわからないけど、エマちゃんがいないと寂しいよ」
「ふふふ。今はそれで良いです。でもあまりに寂しくなったらノエルちゃんの事閉じ込めちゃいますからね?」
エマちゃんがクスクスと笑いながら窓を眺めた。気が付けば窓も部屋も黒いモヤモヤに覆われて、またお互いしか見えないえちえち空間になっていた。
「閉じ込めるってこんな風に真っ暗にして?」
「そうです! 私しか見えない、私もノエルちゃんしか見えない特別な二人だけの世界に閉じ込めちゃいます!」
「それは大変だ! 出して貰えるように寂しさを忘れるくらいエマちゃんを可愛がっちゃうぞー!」
「キャー! 可愛がってー!」
私は昔のように、こちょこちょとくすぐってエマちゃんと遊んだ。やり過ぎてしまってエマちゃんはヨダレを垂らしながら何も映さない瞳で気絶してしまったけど、そこはご愛嬌だ。
これ以上ここにいても仕方がないと、眠るエマちゃんを抱き抱えてお家へ帰ることにした。
本当はエマちゃんに話したいことがあった。前回が突然だったし、今回は前もって伝えようと思っていたんだけど、タイミングを逃してしまったね。
何故か寂しさを感じていそうなエマちゃんに、近々王都を離れようと思ってるとは言い難かったんだから仕方がない。そんな言い訳を自分にして月明かりを浴びながらゆっくり歩いて家へと帰った。