突撃平民寮
貴族用の寮を出て、今度は平民の寮に行く。衛兵さんの教えてくれた通りに歩いていくと、こじんまりとした建物が見えてきた。
貴族寮が豪邸みたいな建物だったけど、平民寮は大きいけど質素だね。多分貴族家は多額の献金もしてるだろうし、差別とは言い難いよなぁ。言うなれば区別なのかな?
平民寮にも衛兵さんは立っていた。登録証を見せて入り、エマちゃんのお部屋を管理人さんに聞いて向かった。
寮のロビーに居た生徒は突然現れたメイドの私に警戒心を抱いている様子だ。
まぁ無理もないよね。お貴族様の遣いが来てるんだから何か良くない事でもされるんじゃないかと思ってるのかな?
……エマちゃんをここに置いとくのは何か不安になってきたぞ? 変な貴族にちょっかい出されないよね?
二階の端っこ、エマちゃんの部屋にやってきた。私は無遠慮にドアを開け放った。
「エマちゃん無事ー? 変な事されたりしてない?」
「ノエルちゃん!? ノエルちゃん!」
エマちゃんは驚きの顔を見せた後、スカートをひるがえして迷わず私の胸に飛び込んできた。制服姿で清楚が人の形にしたようなエマちゃんをギュッと抱き締める。
「突然どうしたんですか? やっぱり持ち帰る事にしたんですか? 荷物まとめますね!」
「落ち着いて落ち着いて。今日はお泊まり会のお誘いに来たの」
「お、おおおおおお泊まり会…………フヒッ」
「なんか変な笑い出たけど平気? お泊まり会だから寝る時の服用意してね」
「わかりました。どこでお泊まり会ですか? ノエルちゃんのお部屋ですか?」
「ううん、リリのお部屋だね。というか平民寮は相部屋なんだ。突然お邪魔してごめんね?」
私が入ってきた瞬間から固まったままの女の子に声を掛けた。勝手に一人部屋だと思ってたよ。愛嬌のある顔をした少女がエマちゃんの同室の子みたい。
「いいいいいいいえッ!」
「いえーい!」
「フフッ。ノラは言葉に詰まってただけですよ。ノラにも紹介するね。この素敵な人がノエルちゃん。私の大切な人です」
エマちゃんはエヘヘとハニカミながら私の胸に顔を埋めた。思春期のエマちゃんは親友って言うのが恥ずかしかったのか、大切な人って表現をした。それはそれで嬉しいけどね!
ノラと呼ばれた女の子もヤバい人ではないと安心できたのか、ふぅと息を吐いて肩の力を抜いた。
「あ、そうだ。エマちゃん貴族に虐められたりしてない? 妾にしてやる、とかこっち来いとか言われてもちゃんと断るんだよ?」
「大丈夫ですよ。お陰様で向こうから挨拶してくれる貴族の方も結構いるくらいです。お母さんも貴族は難癖つけてくる事が多いから気をつけてって言ってましたけど、私は平気みたいです」
それなら良かった。エマちゃんに何かあったら一族郎党皆殺しにする所だったよ。入試の時のメイドさん達も貴族が平民イジメして辞めていく事が結構ある、みたいな事言ってたけど情報が古いのかな?
「エマちゃんが無事ならなんでもいいよ。あ、そうだ。護身用にこれあげるよ。宝剣一発ギャグーン。国王陛下に貰った由緒正しい宝剣だから、貴族刺しても許されるんじゃないかな?」
陛下が好きにしていいって言ってたからね。ふざけた事言う貴族にぶっ刺して、「新しい鞘に収めただけです」って言い張ればギリッギリ『宝剣を好きにしていい』の範疇じゃないかな? ギリッギリだけど。
「許されないと思いますよ? でもノエルちゃんがくれた物は何でも宝物ですから嬉しいです。ほら、これも」
そう言って見せてくれたのはアダマンタイト製のブレスレット。エマちゃんもまだ付けてくれてるみたい。私も付けてるよって袖を捲ってアピールしておく。
「それじゃあ、お夕飯食べ終わったら貴族の女子寮に来てくれる? 衛兵さんには伝えとくからさ」
「わかりました」
私はじゃあまた後で、とエマちゃんに別れを告げて部屋を出た。
急きょ決まってしまったお泊まり会だけど、やるならやっぱりオヤツとかも欲しい。あまり良くないかもしれないけど、スナック菓子の王道ポテトチップスでも作ろう! 一旦報告も兼ねて御屋敷に戻ってついでにオヤツとかスイーツを作ることにした。
ルール違反かもしれないけど、ちんたら歩いてたらお菓子作りの時間が無くなりそうだったから、空飛んで一直線にお家に帰った。
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先にフレデリック様に今日はリリのお部屋に泊まりますと報告すると、少し驚いた顔をした後しきりに大丈夫なのかと心配していた。
「普通にお泊まりするだけですから危険はないかと」
「いや、そういう意味じゃないんだが……。大人しくするんだよ? お願いだから」
集合住宅において騒音トラブルはかなり厄介な問題だからね。夜にお泊まり会をするんだから騒ぎすぎないように気を付けるよ。それに貴族寮は広い部屋でメイドさん用の部屋もあるくらいだから余っ程騒がない限りは隣には聞こえないと思う。
報告と許可を得たことで、お菓子作りに取り掛かる。今日のお菓子はスナック菓子の定番ポテトチップスと、食べやすさを重視したプチシュークリーム、それとなんちゃってプチタルトでいいかな? さすがに今から試行錯誤してたらお泊まり会には間に合わないし、お茶会でも試食会でもないのだ。
女子で集まってキャッキャしながらスイーツをパクパクつまむ程度のものだからね。メインはスイーツではなく私たち女子なのだ!
厨房へ入り、痩せぎすの弟子に声を掛ける。
「ちょっと厨房の片隅借りてもいい?」
「師匠! 仕込みも終わったのでどうぞ好きに使ってください」
「じゃあちょっと手伝ってよ」
良く洗ったジャガイモを薄く薄ーくカットする。これはスライサーがあれば簡単だけど、無いから私がやる。
よく切れる包丁を使って身体強化増し増しにしてから出来るだけ薄く切っていく。他の人だと手を切っちゃうかもしれないけど、私の場合は包丁なんかじゃ薄皮一枚傷付けることすらできないからね、安全だ。
身体強化増し増しにした弊害か、多分周囲の人には鬼気迫る勢いでジャガイモを薄く切る女に見えてることだろう。圧かけてすいません!
スライスしたジャガイモを塩水に漬けた後、水でよくヌメリをとる。その後念入りに念入りにジャガイモの水分を拭き取ってから、少しの間乾かす。その間に他のスイーツ作りを進めた。
ある程度乾いたら、薄めに入れた油で揚げて塩をふって完成だ。簡単だね!
「弟子よ、これはポテトチップスという。スイーツではないが、これもまた美味いぞ」
パリパリ
私はシャルロットにもあげながらパリパリと食べる。うん、これだこれ。一枚一枚食べると焦れったくなってザァーってしたくなるこのもどかしさが、私を突き動かしてポテトチップスに無限に手を伸ばしてしまうのだ。
「師匠、これは止まりませんね。お酒にも合いそうです」
パリパリ
「合うんじゃない?」
パリパリ
私は前世も今世もお酒を飲んだことがないからその辺りは全くの無知なんだよね。お酒に合う合わないもわからないし、お酒の善し悪しも知らない。
パリパリ
大人になったら村のおっさん連中と大規模な宴会でもやろうかなぁ。高級な酒を買えるだけ買って皆でパァーっとさ。うん、楽しそうだ。
パリパリ
「…………弟子よ! リリ達に持っていく分がなくなっちゃったじゃん! 追加で作るぞ!」
パリパリ
「はい、師匠! ですが追加で作るのであれば、今ある物は食べてしまってもよいのでは……?」
パリパリ
「……そうだね。食べかけになっちゃうもんね。失礼のないように作り直そう! しかたないね」
パリパリ