久しぶりの集合!
この気持ち悪いオスを一体どうやって殺してやろうかと思いながら一歩一歩近づいていくと、オスは尻もちをついた。
「な、なんだお前! 俺はティボデ男爵家のギヨーム様だぞ! 平民のお前が――」
「うるさい。どうして私を平民だと決めつける」
「も、もしかして違うのですか……?」
「いや合ってるけど」
野次馬の中から微かに「合ってるんかい」ってツッコミが聞こえた。誰だ、友達になろう。
尻もちをついている男の肩に足を乗せ、そのまま地面に倒し、顔を上から覗き込む。
「お前さ、私のエマちゃんに手出してタダで済むと思ってんの?」
「キャー! 私ノエルちゃんのエマです! キャー!」
「わ、悪かった……」
男は顔を真っ白にさせて謝っている。だがそれで済むわけがない。もしシャルロットが気付かなかったらエマちゃんは叩かれていた。そうなっていたら強引にでもエマちゃんをどこかへ連れていって酷い目に合わせていたかもしれない。それを悪かったの一言で帳消しにできるわけが無いでしょ。罪と罰が釣り合っていない。
「私がこのままお前の肩砕いても『わ、悪かった……』って言えば許してくれるってこと? そういう事だよね? ねぇ、震えてないでこっち見て答えてよ」
「ノエルちゃん、そろそろいいよ?」
むぅ。エマちゃんがいいって言うならこれ以上お仕置きはしないでおこうかな……。
「そうですわよ。それくらいでやめてくださいまし。まったく、派手に光ってわたくしへの合図を出していると思って来てみれば、一体どうなってるんですの?」
「……あ、リリやっほー!」
野次馬を掻き分けてリリが出てきた。無理やり人を押し退けて通ってきたからか、髪が少し乱れている。神の造形美ことエマちゃんと、氷上の妖精ことリリが並ぶととんでもない絵だね。
「わたくしのことを忘れていた訳じゃありませんわよね? まぁいいです」
リリは地面に氷の小さな踏み台を作って一段登り、手を叩いて野次馬の注目を集めた。
「さあ皆さんご覧の通り、妖精さんは大層お冠です。怒らせたのはティボデ男爵家、原因は大切なご友人のエマですわね?」
「えっとそうだね。エマちゃんに酷いことしようとした」
「だ、そうですわ。そういう事でお願いいたしますわね」
なんかよく分からないけど野次馬がザワザワとざわめいた。きっと私と野次馬達は心をひとつにしている。つまりどういうことだ、と。
私は男の肩を怪我しない程度に強く踏んづけてから離れてエマちゃんの隣に立った。エマちゃんは「友人ではなく妻なのに」と可愛らしく唇を尖らせていた。
リリがした事がどういう事なのかはわからないが、恐らく上位貴族が黒を白と言えば、それが白になるんだろう。それが貴族社会。怖いね!
「まったく、ノエルはわたくしがいないと直ぐに問題を起こすんですから」
「いやだってあのオスがエマちゃんに酷いことしようと……。ゴレムスくんなにやってんの? おいでー」
ゴレムスくんは男の横に立ってモゾモゾ動いたと思ったらのっそのっそと戻ってきた。よく見ると男の両手人差し指がアダマンタイトで覆われてるね。アレじゃ人差し指は曲げられないな。地味にすっごい嫌な嫌がらせするじゃん。良くやったぞ。
戻ってきたゴレムスくんの頭を丁寧に撫でる。
「エマも久しぶりですわ。貴方も学園に通うんですのね」
「そうそう! それだよ! エマちゃんは私と同い年だからまだ十三歳にならないよね?」
「えっと、それは貴族の慣例であって大体それくらいの年齢なら良いって言ってましたよ」
「そうですわね。平民の中には自分の生まれを知らない方もいるので、凡そそれくらいであれば試験さえ突発できれば通えますのよ」
へぇー、そうなんだ。貴族が勝手に拘ってるだけで年齢制限はないんだ。
「でも入学はキャンセルします。ノエルちゃんが私のことを持ち帰って飾るらしいので、学園には通えなくなりました」
エマちゃんがはにかみながら退学すると言ってるが、リリはジトっとした目で私を睨みつけている。な、なんだよぅ! 制服が悪い! その制服が可愛すぎるのが悪いと思います!
「そもそもだよ? 学園は学び舎なんだから、私をおかしくするほど制服が可愛い必要ある? ないよね? じゃあ何で制服がそんなに可愛いと思う? それは私をおかしくする為だよ。だから私はエマちゃんを持ち帰るし、リリも持ち帰る。それが大いなる世界の意志だし、学園を設立した国の意思でもあるって事じゃん」
「とんでもない理屈で開き直りましたわね……。せっかく試験に合格して入学したんですから、エマもそんな事言わないで通いなさい」
「まぁリリの言う通りだね。私はわからないけど、試験大変なんでしょう? すごいじゃん、エマちゃん!」
エマちゃんは褒められた事が嬉しいのか、頬に両手を当てて左右に身体をひねっている。だが、注目すべきは胸だ。
私もエマちゃんも今年で十二歳になる。私もリリも年相応というか、平均的な胸の大きさをしているがエマちゃんは違う。胸というより、もはやおっぱいだ。王都で過ごす日々の中で、エマちゃんの胸は垢ぬけておっぱいになっていた。
リリの顔を見ると、恐らく同じことを考えていたんだろう。自分の胸、私の胸、エマちゃんの胸と何度も見比べている。
「エマは普段何を食べてるんですの?」
「ふぇ? 至って普通の食事ですけど」
「普通でそれですのね……」
「そうだ! おっぱいの話は一旦後にして、フレデリック様達と合流しないと!」
未だに私たちは囲まれているが、取り敢えずこの場を抜け出そう。スムーズに抜ける為にはリリの威光を借りた方が早い。私はシャルロットに飛んでもらってついでに虹色の光も出してもらう。
「はいはーい! 申し訳ありませんが、ベルレアン辺境伯家のご令嬢、我らがリリアーヌ様のお通りでーす! 道を開けてくださーい! 盛大な拍手でお見送りお願いしまーす!」
私は右へ左へ飛びながら手を叩いていると、徐々に喝さいが大きくなっていく。私が行きたい方向を指で指し示すと、付近にいた人たちが後ろに気を付けながら道を開けてくれる。
「ご協力感謝しまーす! ありがとうございまーす! ベルレアン辺境伯家、ベルレアン辺境伯家のリリアーヌ様を今後ともよろしくお願いいたしまーす!」
私はゴレムスくんを小脇に抱えてから、後ろを振り返って二人を手招きする。エマちゃんは私に呼ばれたことで嬉しそうに、リリは呆れた顔で歩み寄った。
拍手喝采の中、私たちは人が避けて出来た道を歩く。どうもどうもと手を振る私と、堂々と胸を張るリリ、そしてなんかすいませんって感じ歩くエマちゃん。
何を成し遂げた訳でもないのに、万雷の拍手の中を凱旋パレードの様に歩く。
ちなみにこの道がフレデリック様達に繋がっているかは私にもわからない。というか普通に考えたら繋がってるわけが無い。