売り物の試作
空から見る王都は乱雑なものだった。恐らく計画的に作られた都市ではなく、古くから少しづつ拡張していった結果なんだと思う。道は複雑に伸びているし、中心から離れていくほど建物は比較的新しい。
当然貴族街や王城は綺麗だけど、貴族街にも凄く古そうな御屋敷もある。由緒正しい言い伝えみたいなのがあるのかな? 街の景観とかは考えられてなさそうだね。
久しぶりの皆でのお空の旅が楽しいのか、シャルロットは孤児院に行くのに全く必要ないくらいに空高くを飛んでいる。シャルロットは嬉しそうにたまにアゴを鳴らしてフラフラ飛んでいるけど、ゴレムスくんは私に運ばれてるだけだし、私はシャルロットに運ばれてるだけだ。つまり飽きるんだけど、シャルロットの気が済むまでお散歩に付き合うのが私とゴレムスくんなりの愛情表現だね。考えてみれば、飛べるシャルロットはいつも地べたを這いずってる私たちに付き合ってるわけで、たまにこうして逆転してもバチはあたらないよ。
「シャルロットたのしー?」
ガチガチ
「そっかー。シャルロットが楽しいなら良かったよ。ゴレムスくん最近付き合い悪いからね。大きい体だと全然動く気なくなるんだもん」
そんな他愛のない話をしながら空の旅を楽しんだ。
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「すいませーん」
「おや? また来たのかい? まぁ上がっておくれよ」
シャルロットが満足して孤児院に着いたのはあれから一時間くらい経ってからだった。突然訪問した私たちを迎えてくれたのはおばあちゃんだった。
子供たちの声は聞こえないし、また街に食べ物を分けてもらいに行ってるのかもしれない。
前回と同じ広めの食堂の様な部屋で、これまた前回と同じ三本足のイスに座る。
「寄付金の回収にでも来たのかい? 金額が多かったから間違いじゃないかってまだ手を付けてないよ」
「いえ、それは合ってますよ。好きに使ってください。今日来たのはおばあちゃんに相談があったんだよ。はいこれ」
私は商業ギルドで作ってもらったばかりの営業許可証をおばあちゃんに渡した。目を細めながら営業許可証を見たおばあちゃんは机の上に置いて私に問いかける。
「何だいこれは」
「見ての通り、この孤児院で屋台をやる許可証だよ。国からの援助が期待できない以上、自分たちで何かやらなきゃいけないでしょ? そのための策かな」
おばあちゃんはそう言う私に胡乱げな眼差しを向けている。まぁそうなるのは仕方ないよね。おばあちゃんからしたら突然やってきて、高額な寄付をしたと思ったら勝手に営業許可証まで持ってきた怪しい美少女だ。目的はなんだ! って怒鳴りたいところでしょ。
「あのね、調べてもらったらやっぱめんどくさそうな貴族が絡んでたよ。小物がいて、その裏に多分大物がいて、だからベルレアン辺境伯家としてはまだ大々的には動けないのよ。だから私が個人で援助するって訳。勿論断ってもいいよ? 私は見捨てるのもなんかなってだけだしね。そっちが断るんだったら私はできることはやったんだからってぐっすり眠れるよ」
「……分け前は貰えるんだろう?」
「それはもちろん!」
それじゃあ詳細をって事で、会議を始めた。正直商売の事はよくわからない。スイーツショップの経営もフレデリック様とヘレナ様がやってるし、作った物だってセラジール商会に任せっぱなしだ。
私ははいどうぞとお小遣いの様に渡されたお金をわーいと受け取ってるだけだからね。エリーズさんでも居たらお願いしたかったけど、王都のどこにいるかわからないし、暇とも限らないしね。
今回も私はおばあちゃんに丸投げするつもりだ。作る物を決めて、経費は払うが実際に切り盛りするのは孤児院の人達って事だね。
売れる様な物じゃなきゃやらないと、至極当然のことをおばあちゃんに言われたので早速お買い物を済ませてから試作にかかる。
用意するのはお砂糖、水、果物、後は棒かな。
「それで一体何を作るんだい? 言っとくがアタシらは料理人じゃないんだ、難しい物は作れないよ」
「慣れれば簡単だから大丈夫! まぁ見ててよ」
水と砂糖を鍋に入れて、掻き混ぜてから火にかける。後はタイミングを見計らうだけでやる事はほとんどない。
鍋をかき混ぜるでもなく、ボーッと突っ立ってるだけにしか見えない私を見て、おばあちゃんはどこか呆れ顔だ。本当に売り物になるのか、こんなんで平気なのかと不安でいっぱいなんだろうね。
だが安心して欲しい! 私はボーッと突っ立ってるように見えるかもしれないけど、実際にボーッと突っ立ってるだけなのだ!
煮詰めている飴がきつね色っぽくなったら、ちょんと棒を付けて水にさらす。これで棒の先が固まってたらオッケーだね。
後は手早く棒にさしたイチゴを飴に突っ込んでクルッと一回転させたら完成だね。飴が固まってしまう前にどんどん潜らせていこう!
「ほい、完成! どう? 簡単でしょ?」
指でイチゴを叩くとカツカツと良い音がなる。しっかりとイチゴ飴になってるね! やっぱ屋台といったらフルーツ飴だよ。
「いや完成ってほとんどそのままじゃないか」
せっかく完成したというのにおばあちゃんは相変わらずの呆れ顔。なんなら呆れ顔通り越して、残念そうな顔ですらある。
「まぁ見ててよ。ほらシャルロットあーん」
私はしっかりと固まったイチゴ飴をシャルロットの口に近付けると、パリパリと音を立てながら美味しそうに食べている。
「ほらね? 美味しそうに食べてるでしょ?」
「ほらねって言われてもアタシには虫の事はわからないよ」
「ウチのシャルロットの事を虫呼ばわりしないで、人間。そんなに不信感あるなら人間も食べてみればいいよ。はいどーぞ」
私はおばあちゃん改め、人間にイチゴ飴を渡して自分も食べる。
薄く塗ったからパリパリとした食感になっていて、飴の甘さがイチゴの酸味を抑えてくれている。成功です!
人間も、何だかんだ言って美味しいと思ったみたいでパリパリ音を立てながら無心で食べている。
「どう? 売れると思わない? 人間」
「いけるね。それと虫呼ばわりしたのは悪かったよ。アタシはマルゴだ」
「私はノエル、この子がシャルロット、こっちの子がゴレムスくんだよ。宜しくね、マルゴさん」
「ああ、宜しく頼むよ。ノエル、シャルロット、ゴレムス」
シャルロットはアゴを鳴らし、ゴレムスくんは地団駄を踏んだ。
「この子はゴレムスくんだよ。ゴレムスじゃなくてゴレムスくんって名前なの」
「……そうかい。悪かったねゴレムスくん」
商売になると思ってニヤけていたマルゴさんは、わかればよろしいとでも言いたげに頷くゴレムスくんを見てまた呆れた様な顔に戻ってしまった。
「おばあちゃんただいまー! 今日も野菜クズ貰ってきたよー!」
丁度子供達も帰ってきたみたいだけど、私を見て固まってしまった。もう完全に恐怖の対象じゃん!
「こらぁー! 帰ってきたなら先ずは手を洗わんかぁー!」
「ひゃーごめんなさーい!」
私の喝に怯えながら走り去っていった。もう怖がられちゃってるならこの路線で行こう。
「全く最近の若いもんは帰ってきたら手を洗うなんて簡単なことさえ出来ないんだから。責任者出てこいってんだよ」
「呼んだかい?」
「……いえ」
おばあちゃんには弱いのが私だ。おっかなびっくり戻ってきた子供達を呼んで、イチゴ飴を食べさせる。売り始めるのに、お客さんからこれはなんですかって聞かれて、何でしょうねと答える店員はダメなのだ。
「はい、皆これ1個ずつ食べてねー。近々皆にはこれを作って売ってもらう予定だから、どんなものか味わって食べてくださーい」
子供達は味わって食べる余裕はないみたいで、早食いみたいな勢いで食べてしまった。味なんてしないだろうに、いつまでも棒をしゃぶっている。
商売を始めるのも大事だけど、取り敢えずおなかいっぱい食べさせる所から始めるべきだったね。