お説教はするけどされたくない
香り高い少女は、今日も弟妹を連れて出掛けていたらしい。先程の話しぶりから察するに、どうやら食べ物を分けてもらいに街へ出ていたみたい。わざわざ小さな子達を連れていくのは、恐らくその方が勝率が高いんだろう。『可哀想な子供達を前面に出す』、というのは教会運営のあの肥え太ったシスターと同じ様なやり方なのに、子供達なりに導き出した涙ぐましい努力の結果だと思えば悪辣さは感じないね。
「おばあちゃんの言った通り皆で行く方が多く貰えたよ!」
「アンタ達でかしたよ」
……うん、やっぱり感じ方が違うね。このおばあちゃん、第一印象では優しいおばあちゃんだったけど結構アクが強そうだ。
「それで凄くて綺麗なお姉さんはまた私達を助けてくれるの? 街の人達がみんな言ってたよ。べるレあん? 辺境伯家のご令嬢が私達を助けてくれたーって。このうっくつ? した王都に新しい風を巻き起こすーって、お祭りみたいに盛り上がってたよ! 助けてくれるの?」
「ベル、お客さんに失礼だよ」
「だ、だって……」
あの弟探しをしていた少女はベルと言うようだね。期待に目を輝かせて私を見ていたベルは、同年代のボーイッシュで香ばしい少女に諌められていた。
それにしても、その噂のされ方は私がリリアーヌって事になってないかなこれ。リリに怒られるパターンじゃない?
「一つ言っておくけど、私はベルレアン辺境伯家のご令嬢じゃないよ。お世話にはなってるけどさ」
「じゃあそのベルレアン辺境伯家が助けてくれるんですか?」
「いや、別にそういう訳でも……」
ボーイッシュな少女はベルという少女に比べて、理知的に見える。さりげなく他の子達を庇うように、私の視線を遮った。
さっきから助ける助けないと言ってるけど、どう考えても今回の案件は政治的な何かが複雑怪奇に絡み合ってるんじゃないの? どこかの悪徳貴族が裏で糸引いて、この孤児院の運営資金をちょろまかしてるとか、土地を取り上げようとしてるとか、王家が予算削減したいとか、そういう何かがあるでしょ。
だからおばあちゃんはどっかの誰かが悪さしてるってブチ切れてた訳だし。そこに私が首を突っ込むのは流石に不味い。フレデリック様に滅茶苦茶怒られる可能性あるんじゃない?
私はそういう政治的な話は避けてきたから詳しくはわからないけど、もしこれがフレデリック様の所属する派閥の貴族がやってたり、王家主導だったりしたら、ちょっかい出すのは立場的にややこしくなる。もし、私がベルレアン辺境伯家の関係者じゃなければテキトーに悪いやつ探してぶん殴ってもいいんだけどさぁ。
「ベルレアン辺境伯家は恵まれない子供達を見捨てるって事ですか? 街の皆が助けてくれるって言ってたのに、知らん顔するんですか?」
「やめな!」
理知的な少女は、半分脅迫とも取れるような言動をしている。危険な橋を渡っている自覚がないのか、それとも承知の上でしているのかはわからない。
おばあちゃんは流石にマズいと思ったのか止めたけど、本人は不服そうだった。
これは年上のお姉さんとして教育してあげるのが筋なんだろうなぁ。私は魔力をガッツリ練り上げて、身体強化レベルをどんどん上げる。恐らくこれで部屋の空気はだいぶ重く感じるハズだ。
「ねぇ、今のはベルレアン辺境伯家を脅してたの? それともこの私を脅していたの? いい度胸だね」
理知的な少女は、私から出るプレッシャーを感じてやり過ぎたことを察したんだろう。顔色は真っ青を通り越して真っ白だ。目の焦点が合わず歯をカタカタと鳴らしながら震えている。
正直私としては怒ってもいないんだけど、もし本当に貴族だったりしたら殺されてもおかしくないやり方だったと思う。取り返しのつかない痛い目を見る前に、今日この場で痛い目に合ってもらう。いわゆる授業料ってやつだね。
「私の話聞いてる?」
私は胸ぐらを掴んで持ち上げようと思ったが、継ぎ接ぎだらけのこの服が切れるかもしれない。たぶんこの子達にとっては貴重だろう。代わりに頭を掴んで持ち上げようかと思ったが、栄養失調気味の子にそんな事して平気か不安になった。結果として私は、震えるボーイッシュ少女の脇に手を入れて持ち上げる。
……これじゃ高い高いだ。子供を高い高いしながらめちゃくちゃキレている女の図になってる。なんだこれ。
私は少女をそっと降ろしてから身体強化を下げる。
「これで少しはわかったかな? 私は貴族じゃなくて平民だけど、もし本当に貴族だったら殺されてもおかしくなかったと思うよ。君は人より賢いのかも知れないけど、やり方間違えると命取りだよ」
ボーイッシュ少女はもう完全に泣き顔だ。少し脅し過ぎたかも知れないけど、そうでもしないとどれだけ危険かわからないでしょ。ちなみに私もわかってない。何故ならそんな悪徳貴族に会ったことがないからだ!
ボーイッシュ少女だけでなく、ベルも他の子も怯えた表情を浮かべている。これは完全に嫌われましたね……。
「お嬢さんには嫌な役回りさせたね」
「しゃーないです。役には立てないと思うけど、一応帰ったら上の人に相談してみますよ。期待しないで下さいね。私は政治とかわからないんで」
●
「って事があったんだよー。リリはどう思う?」
「どう思うって……ノエルは普通に観光できませんの? と思いますわ」
屋敷に戻って夕食を済ませた私は、リリとお茶を飲んでいる。今日は何してたんですの、というリリの何気ない会話にこれ幸いと孤児院での一幕を話した結果がこの感想だ。
「まぁ冗談はさておき、ノエルはどうしたいんですの?」
「どうしたいってそりゃ困ってるみたいだから助けてあげたいよ? でもそれは迷惑がかからないならって前提が付くかな。あまりこういう事は言いたくないけど、私にとってはあの孤児院にいた全員の命を合わせてもリリの方が大切だもん」
人ってそんなもんだよ。どんなに言い繕った所で自分や自分の身内が一番だ。火事で家を無くした人がいたら、何日間かウチで寝泊まりさせて上げるくらいは出来ても、家をプレゼントして自分が路頭に迷う奴なんていない。もしそんな人がいたら私は気味が悪いと思ってしまうね。
「もう! そんな自分を卑下する様な言い方はしないでくださいまし! 私にとっても領民と家族、仕えてくれる者達が優先ですわよ」
「そこに私は入ってる?」
「聞かなくてもわかるでしょう? 入っておりますわよ」
リリはそっぽを向いてツンと唇を尖らせた。愛いやつめ!
「そんなことより、早速調べますわよ。影! 聞いておりましたわね?」
「はっ!」
リリの言葉を聞いて、天井裏から黒ずくめの人が降りてきた。出たな忍者! 通称『影』、この人達はなんか裏で調査とか工作とかするんだって言ってた。暗い屋根裏に潜んでたから黒ずくめでも良いけど、日中移動する時は着替えるの? TPOに合わせて着替える影の部隊って言うとめっちゃオシャレさんだね。私は面倒だから今でも男装が多いぞ。スカートで動き回ると下着見えちゃうし。
影の人はリリの指示を聞いて、孤児院関連の調査に出かけていった。わざわざ屋根裏から出ていかないでドアから出ていけば良いのに。
「これで数日後には何かしらわかるんじゃないかしら? それで調査結果をお父様に報告して指示を待ちましょう。もしかしたらお父様もお母様ももう王都へ向かってるかも知れませんし、手紙は行き違いになったり、お父様達の到着の方が早いかもしれませんわね」
「さよで。ありがとね、リリ」
「ノエルの為なら構いませんわよ」
そんな風に言われると嬉しくなっちゃうね! 私はリリからそっとティーカップを取り上げてから勢いよく抱き着いた。
しばらくキャーキャー騒いで、メイドさんを喜ばせた後、リリが真剣な顔をした。
「さて、そろそろ王都の民にわたくしが人助けをすると誤解された原因について話してくださる?」
私は危険を察知してシュタッと天井裏に逃げた。
突然現れた私に、影の人達が驚いてるわ。お邪魔しますね。