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アイスティーは濃いめ

 昼食の席にアレクサンドル様の姿はなかった。どうやら彼は未だにお目目グルグルでお休みしているらしい。


 辺境伯家で食べる食事は、香辛料は控えめにして欲しいと正直にお願いしたから凄く食べやすくなった。というかめっちゃ美味しい。私がお願いした時にリリも便乗してお願いしていたから、リリも遠い目をしないで幸せそうに食事をする様になった。香辛料マシマシ料理も、きっと誰かにとってはご馳走なんだろう。


「昼食が終わったらノエルちゃんとリリアーヌは執務室へ来てくれるかい?」


 かぶりつきたくなるほど分厚いステーキを切っていると、フレデリック様がそんなことを言う。さっきの裁判は無事閉廷したし、魔法についての呼び出しかな? 一日に二度も執務室に行くことになるとは思わなかった。


 食後、フレデリック様のそろそろ行こうかという合図で執務室へとやってきた。

 私とリリはフレデリック様の対面のソファに座り、フレデリック様の後ろにアンドレさんが立っている。


 魔法について何か聞かれると思っていたのだが、裁判の時より若干空気が重いからもっと別の何かがあるのだろう。全員が集まっているのに、フレデリック様は一向に話し始めなかった。

 こんな事ならお菓子でも作ってくれば良かったと、紅茶を飲みながら思った。


「そうだな。何から話そうか」


「旦那様、先ずは現状の確認からがよろしいかと」


「では聞こう、リリアーヌは曾祖母であるアリアンヌ様と同じく水魔法使いだったはずだ。それは間違いないな?」


「ええ、そうですわね」


 確かリリの水色の髪はその曾祖母からの遺伝だって話だよね。その人も水魔法使いだったのね。遺伝、もしくはリリがその人と自分を重ね合わせた事で水魔法が発現したって感じなのかな。


「だが先程は間違いなく氷を出した。それはリリアーヌの魔法だろう?」


「ええ、間違いなくわたくしの魔法ですわよ。それがどうかなさいまして?」


 リリは私の洗脳……は言葉が悪いね。調教……もどうだろう。教育……そう! 教育のお陰で水と氷は同じだと理解しているから、フレデリック様の問いには何を当たり前のことをとでも言いたげに答えた。

 恐らくここで既にすれ違いが生まれてるね。


「あの、フレデリック様少しいいですか?」


「ああ、どうした?」


 リリに水と氷を出してもらって並べる。


「フレデリック様にとってこの二つは別物という認識なんだと思います。ですが、この二つは基本的に同じ物です」


 私は氷にティーカップを当てて、紅茶の熱でゆっくりと氷を溶かしていく。


「当たり前ですけど水が凍ったら氷ですし氷が溶ければ水です。二つは同じ物ですよ。今フレデリック様はリリに水魔法使いなのにどうして水が出せるのか、そう言っているのと変わらないのです」


「……やはり君が原因か」


 私のせいみたいな言い方はしないで欲しい。フレデリック様は眉間に皺を寄せて目を閉じた。最近フレデリック様は会う度に眉間に皺がよっている気がするよ。やはり領主というのは気苦労も多いんだろう。領民全員の命を背負っていると考えるとゾッとする。私には出来ないね。


「同じ物だから出せる、そう言っている訳か。だが水魔法使いが氷を出したなどと言う話を聞いたことが無い。アリアンヌ様にもできなかったはずだ」


「ではリリが世界一の水魔法使いって事なのでは?」


 紅茶に小さくなった氷をポチョンと落としてアイスティーにする。うん、全然冷えないね。


「リリもっと氷ちょうだい?」


「この世界一の水魔法使いにお任せなさい!」


 ソファーの背もたれに寄り掛かるくらい胸を張ったリリが氷をたくさん出してくれた。アイスティーには出来たけど、薄まってしまった分味としては微妙になってしまったが仕方がないね。アイスティーにするならやはり薄まるの前提で濃いめに入れないと。


「そう簡単な話ではない!」


 突然フレデリック様が大きな声を出した。私の真似をして紅茶に氷を入れていたリリもビックリしてピョンと跳ねる。そんなリリの様子を見たフレデリック様はバツの悪そうな顔をした。


「……怒鳴ったりしてすまなかった。確かにリリアーヌは世界一の水魔法使いになったのかもしれない。だが国には何と報告する? ウチの子が水魔法使いの中で世界一ですと宣言するのか? どう考えても厄介な事にしかならん」


 フレデリック様は頭を抱えている。世界一っていいじゃん。

 リリは何も悪い事をしていないのに、まるで怒られているかの様にションボリとしてしまった。


「リリ、おいで」


 私はリリにシャルロットを渡してから少し強引に膝の上に寝かせた。頑張って魔法の腕を上達させたリリがそんな顔をするのはおかしい。怒られるとしたら私であるべきだ。

 リリの頭を撫でながら、フレデリック様に話しかける。


「なんの話かよくわかりませんが、そもそも氷が出せるなどと報告する必要がないのでは? 先程から言っているではありませんか。水と氷は同じものだと。フレデリック様は何度も何度も水魔法使いのリリアーヌは水を出せると国に報告するのですか?」


 それじゃただの親バカだね。


「そんな事するはずがないだろう」


「そうでしょう? なら解決しましたね。わざわざ言う必要はないのです」


 屁理屈も立派な理屈だよ! これにて閉幕だ。


「差し出がましい事を言いますが、大切な娘が誰も成しえなかった偉業を成し遂げたのです。国に報告云々と言う前に言うことがあるのではないでしょうか」


 リリは私に朧気な化学知識を教えこまれ、その上で氷が出せるように日夜練習していた。リリが氷を出せた時、私は目一杯褒めたけどフレデリック様が褒めた所を見た覚えがないよ。


 フレデリック様は完全に失念していたのか、申し訳なさそうな顔をした。


「そうだったね……。リリアーヌ、よく頑張ったね。父として誇らしく思うよ」


 リリはシャルロットを抱いたまま私の膝の上に頭をのせて動かない。私にはわかる、リリは多分寝てる。毎晩一緒に寝てるから知ってるけど、この子寝付き良いんだよね。特に何かを抱いたり頭を撫でられると目を閉じてすぐに眠る。

 今はまさにそのダブルコンボだ。食後だと言うこともあって五時間目の古文の授業くらい抗えない睡魔に襲われた事だろう。


「リリアーヌ、お父様が悪かったから無視しないで貰えると嬉しいんだが……。よし、そうだ。今度ドレスを買いに行こう! リリアーヌが水魔法使いとして更なる高みへと至ったお祝いだ!」


 フレデリック様がこんなにも普通にお父さんしてる所は初めて見るよ。そして普通のお父さんは娘に甘く、逆に娘からはキツめに当たられるのが運命だ。

 寝ているだけなんだけど、無視されていると思っているフレデリック様は少し落ち込んで見える。


「では話も済んだ事ですし、私たちは失礼しますね。ほらリリ、寝るならちゃんとベッドで寝るよ」


「ふぇ? わたくし寝てましたか?」


 解放されたシャルロットを抱きしめて席を立つ。そういえばゴレムスくん何処に置いてきちゃったんだろう。食堂かな?


 秘技問題の先送りをした私はポカーンとした顔のフレデリック様と、呆れ顔のアンドレさんに呼び止められる前に執務室を出るのだった。

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